第二回:テレキャスターと私


お茶の水という街は、我々楽器好きな人種に取って特別な雰囲気を持つ 所だ。あるものは話題のニューアイテムに実際に触れ心躍らせ、あるも のはハイになり過ぎて帰り道では予期せぬ荷物が増えていたりする。

実に味わい深い。

あの日、私はテレキャスターだった。

お茶の水に降り立った時に、既に頭の中には自分の分身となるであろう ギターの姿が非常に具体的かつ鮮明に映し出されていたのだ。まぁギタ ーなんてまずはカッコであるというのがエセギタリストである私の信条 である。

駅の近く、クロサワ楽器に寄ってみる。思った通りのカラーリングのテ リーがいる。早速試す。なるほどトレブリーな音だ。薄い気がする。こ れでいいのか。愛の芽生えを感じない。

次に下倉楽器で Fender U.S.A 製を試す。こ、これは。これが同じ材同 じ形同じ色の楽器なのか。この太いトーンは。素晴らしい。しかし妙な ワイヤリングだな。そしてそもそも値段が相容れない。この子とは身分 が違うのか。そんなふうな、余り努力もせずに敗れた初恋のような甘酸 っぱくもいいかげんな気持ちを抱きつつ彼女に別れを告げる。

その後何軒かで Fender Japan 製テリーを何本か試すも、アメリカ娘の トーンに比べ薄い感じを拭えず。

Big Boss にて、壁にかかったテリーがふと目に留まる。Fender ではな いが思った通りのルックスだ。すぐ側にガンコそうな顔をした店員が暇 をもてあましている。すぐ下にはアンプが。すぐ横にはピックが。そし て私は腹が減っている。あまりに状況が揃いすぎている。

試奏をお願いする。ずっしりとした重さが印象深い。横では例の店員が Fender Japan との違いを得々と説明する。お客さん塗装がね。鼓膜の 1/4 ぐらいを使いながら話を聞き、残りはギターの音に耳をすます。

うむ、アメリカ娘に比べ太さの点ではかなわないがなかなかどうして味 わい深い音がするじゃないか。コントロールもしやすいぞ。ネックの仕 上げや指板の R はかなり Fender と異なるが自分には好ましいアレン ジだ。良き中流家庭という感じの値段も好感が持てる。

坂の下の路地裏、小さなカレー屋で遅い昼飯を食いながら考える。これ こそが出会いではないのか。今日会ったギター達を思い出してみると一 番鮮明に姿が浮かび上がってくる。そりゃ最後に弾いたんだから当たり 前ぢゃねーかという話もあるが恋に落ちた人間にそんな理屈は通用しな い。

そうだ。これは恋だ。

結論に満足して再び Big Boss へと向かう。再度弾いてみる。すっかり これしかないという気持ちになっていて困ったものである。一応細かい 部分もチェックしてみる。残念ながら恋を冷ますような点は見当たらな い。まぁこういう時のチェックなんて怪しいものかもしれないが。

バタースコッチのテリーを安っぽいケースに入れてもらって私は満足だ った。予算は随分とオーバーしたが楽器を買うなんてのはそんなもので ある。

そこで、はたと気付く。私はここへ何をしに来たのか。

私はスキーのセットを買いに来たのではなかったのか。

横には自分もスキーのセットを買うために来た連れが目に炎を燃やして いる。

これはいけない。

これはピンチだ。

その後「いやいや長いイントロだったねぇ〜」とかなんとかいいつつギ ターを抱えたままスキーの板を選びパフェをおごり板とテレキャスター を両方肩に抱えブーツを手に持ち途中何度も休みながら冬も近いという のに汗だくになり何度も「くそぅどっちか捨てて帰りたい」とか思いな がら帰ったのだった。

恋の始まりにはトラブルがつきものである。


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