第十五回:ドーラン、アフロと私


気が付いたら Earth Wind & Fire のコピーバンドに参加していた。既にライブハウスに二回出演している。これも人生。

このバンドは EW&F への愛に溢れている。溢れ出した愛はステージ衣装へと流れた。デカい襟のシャツにベルボトム、そしてドーランで顔を黒く塗り、頭にはアフロヘアのカツラといういでたちで大の大人が 18 人も、狭いステージの上に乗っかってお互いの楽器でお互いの頭を殴ったりしているのである。

ライブではフィリップ・ベイリー役のボーカリストが「宇宙のパワーが降りてきたっ!」とかのたまわっているのだが、私は思う。彼は多分本気だ。

ドーラン、アフロには何かがある。そう、神秘のパワーが。

黒人の肌の色。あの色にはナニかを奮い立たせる、現在の遅れた物理学では極めて説明の難しいなにかがあるのだ。多分黒という色が光波に及ぼす影響が地球の地磁気に一定方向のベクトルがバイアスでフレミングの法則にオーロラへ太陽風が吹いて桶屋が儲かる、といった影響を及ぼすのだろうが詳細は不明だ。しかし実際我々は奮い立つのだ。いやそこのおじさん、そういう方面に効果があるかはちょっと…

どのくらいすごいのか、ちょっと楽屋裏を紹介しよう。

ドーランというのは塗るタイミングがなかなか難しい。みんなライブハウスに着くやいなや塗りたいのだ。いやまて、多分電車に乗る前に塗りたいはずだ。おいみんな否定するなよ。家からベルボトムはいて来ちゃってるヤツもいるんだからさって俺か。

しかしこのドーラン、落ちやすいのだ。例えばちょっと袖で顔を擦ったりするとすぐ落ちて袖が黒くなってしまったりする。なので、塗るのは衣装に着替えた後、ということになる。

デカ襟シャツを来て「気分は 70 年代 Soul!」となるだけで結構盛り上がるものなのだが、ドーランパワーの前にあっては月とスッポン、ヒバとベイツガである。ってなんだかわからないが家を建てると分かるのである。

さて、一人が塗り始める。わらわらと数人がそれに続く。むむぅ、お前黒いな。ぬりぬり。しかしムラがあるぞ、などと言いながら第一陣は和気あいあいと塗り進める。

複数バンドを兼ねていて、別のバンドで黒い顔して出るわけにいかない等、都合上まだ塗れないメンバは禁断症状が出始める。

「いいなぁ…俺も塗りたい…」

塗ればいいではないか。塗れば。ふふふ。この鼻の下あたりが塗り忘れやすいところなんだよな。ぬりぬり。そいや鼻の辺り、鼻かむと取れちゃうんだよなぁ。をぅ、オデコがちょっとムラになっている。ぬりぬり。

「俺、もう一個のバンドも黒い顔で出ちゃおうかなぁ…」

そうしろそうしろ。ぬりぬり。ブラックスピリットを叩き込んで感謝されるぞ。おいお前腕も塗ってるのか。スポンジにあんまり付けすぎると早く塗れるけどムラになりやすいんだよな。ぬりぬり。

「はーっ、寒いけど、俺も衣装に着替えて塗っちゃおうかなぁ…」

塗れば身体からエナジーが溢れるぜ。うぉお前は胸まで、え、はだけるとここだけ白くてヘンだ? そりゃそうだな。ぬりぬり。よしかなり黒くなったぞ。白い歯が目立つぜ。アフロと合わせてみるか。装着! きたきたっ! 勝手に腰がビートを刻むぜっ。かくかく。

「ぅぉぉぉ、もう我慢できないっ! 俺も塗るぜっ!!」

わらわらと第二陣が塗り始める。ばかである。

しかしドーランパワーには気を付けなければならない。気が上がり過ぎて他のバンドを見ながら踊りまくり誰彼かまわず「ヘーイ! メーン」などと挨拶していると、本番までにパワーを使い果たしてしまう恐れだってあるのだ。

これは悲しい。悲しいぞ。

格好は 70 年代 Soul でドーランでアフロなのだ。なのに。なのに。既にフォースを使い果たし目はうつろ、動きは緩慢、余生を送る老人のように遠くを想うその表情。敗北だ。こうならないように並々ならぬ注意を払わねばならない。なんと険しいのだ、アフロ・ドーラン道。ってここへ来てついに「道」になってしまったが。

その他ステージ上での汗の拭き方、アフロで蒸れる頭、付け出っ歯で乾く口内等、まだまだ苦労はあるのだが割愛する。

* * *

ライブが終わった後、クレンジングクリームを塗り付けて我々アフロの戦士は普通の日本人に戻ってゆく。なんだ、もう取っちゃったの? その前にみんなでプリクラやろうっていってたのにぃ〜、などという会話とともに静かにブラックパワーは我々を去ってゆく。所詮ブラックパワーにとって我々の肉体は仮の宿なのだ。

日本人に戻った我々は、次のブラックパワー降臨の計画で盛り上がる。ブラックパワーを知った、しかし所有はしていない日本人達はその憧れをパワーの源として酒を飲む。


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