昨日、トニーに何かあったらしいというニュースが飛び込んで来て、何 かの間違いであってほしいと願っていたのですが、今朝(97/2/26)の朝 日新聞に死亡記事が出ていました。 そんなわけで、不定期連載「音楽と私」はちょっとしんみりです。すみ ません。

第十一回:トニー・ウィリアムスと私


Tony Williams の最後のアルバムは "WILDERNESS" であろうか。それと も "YOUNG AT HEART" か。WILDERNESS は国内盤が最近やっと店頭に並 びはじめたが、私が輸入盤を入手したのは YOUNG AT HEART の発売前だ った記憶がある。

有名ミュージシャン(Michael Brecker, Stanley Clarke, Herbie Hancock, Pat Metheny)を起用しながら、意表を突くオーケストラ風サ ウンドで幕を開ける WILDERNESS や、まったくもってまっすぐなジャズ ピアノトリオアルバムである YOUNG AT HEART を聴きながら、今この人 は過渡期なのではないか…長年続けたクインテットも事実上解散したよ うだし、新しいことを模索しているのではないか…私はそう思っていた。 そして次のステップに期待していた。

そもそも、私がジャズを聴き始めたきっかけは、Tony Williams だった のだ。多少ドラムを叩く私は、その頃ドラム雑誌で生半可な知識を拾い 集め、いろんな人のインタビューに登場するこの Tony というヤツを取 り敢えず聴いてみようという気になっていたのだ。

そして、これも良く分からないのだが「ジャズと言えば Miles だろう」 という思い込みもあった。

この二つの思いが合体して、私が初めて買ったジャズ・アルバムは Miles が吹き Tony が叩く "In Europe" になったのだ。

これが全然わからない。"枯葉" は知ってるぞ、と思って聴いてみると テーマなんて全然まともに吹いてくれない。続く "MILESTONES" ではた だ狂ったように速いシンバルレガートにおいていかれるばかりであった。 困った。俺は間違っているのか。でもやっぱり Tony と Miles だよな、 という思いを捨てられない私が次に買ったアルバムが "Four and More" で、これがさらに過激で速い。今何小節目なのか見失う始末である。

こうなると私はしつこい。

次に買ったのが "My Funny Valentine" である。実はこのアルバム、 "Four and More" と同日録音なのだが、そんなことはつゆ知らず、きっ と "星影のステラ" とか分かりやすくやってくれてるんだろうと期待し て買った私であった。結果はというと、スピードこそ遅いが難解なコー ドについていけず、いったい My Funny Valentine というのはいかなる 曲なのか、そのテーマもさっぱり解らないまま就寝前の BGM に成り下 がってしまったのだ。実際、良く眠れた。

その後 ing 時代の Miles (Tony 参加以前、ずっと分かりやすいハード ・バップを演奏していた)やら Clifford Brown (これもハード・バップ のトランペッターで Max Roach というドラマーとの双頭コンボが有名) に助けられてジャズから離れずに済むのであるが、とにかくヒドい目に あったのだ。Tony には。

しかしまだあきらめない。

ついで New Lifetime 時代のアルバムを入手。有名なギタリスト、 Allan Holdsworth も参加するこのアルバムは、元々ロックやフュージ ョンを聴いていた私にもわかりやすく、ドラムも派手でカッコ良かった。

そう。元々フュージョンだったのだ。私は。その前はハードロックだっ たが。私の耳には Tony のドラムはなんというかルーズというかラフと いうか荒々しくというか…に聞こえた。Tony のクローンになりたいか と問われれば答えはノーだ。

けれど、Tony は私の心を捉えた。フレーズも面白かった。超アップテ ンポの 4 ビートにおける、半拍ほど先を叩いてませんかと言いたくな る強烈なスピード感にもしびれる。ダークで粒立ちの良いライド・シン バルのサウンドも素晴らしい。

しかし、何が良いって、インタビューでもなんでもとにかく偉そうなの である。

Miles バンドで脚光を浴びたのが若干 17 歳。その後天才と誉めそやさ れたまま年を取っちゃってどうしようもないエバりおやぢになっちゃっ た、を絵に描いたような人なのである…いや会った事はないのであくま で推測だが…

「一つのロックバンドで成功したぐらいで偉大だと? サラ・ヴォーン のバックをやって次の晩はローレンス・ウェルク、その次はミッキー・ ギリー、そしてプリンスについてやってみろ。そうしたらお前がどのく らい良いドラマーなのか俺から教えてやる。」

なんていう、そこら辺の普通の一流(?)が言ったらアタマに来そうな発 言がなんとなく似合ってしまうのだ。

逸話も楽しいものが多い。Miles の自伝の中にこんな一説がある。

ある日 Tony が新式のテープレコーダを持ってきた。Tony より先にメ カマニアである Herbie Hancock がその製品について説明を始めてしま った。みんなに見せびらかすのを楽しみにしていた Tony は激怒した。 その晩のギグで、Tony は Herbie のソロパートに来るとばったり演奏を 止めて一音も叩かず、ソロが別のヤツに回ると間違いないところにピタ リと戻って叩き始めた。

もうこの子供のような振る舞いが最高だ。

ちなみに同書の中で Miles はこうも言っている。

「彼ほどすばらしい演奏をオレとした奴は、誰一人としていない。本 当に恐ろしいくらいだった。」

「バンドを去来したたくさんのミュージシャンの中で、『どうして練習 しないんだ!』とオレに喰ってかかった、唯一の奴だった。」

Tony 自身のクインテットも、私は好きだった。

1992 年に行われた東京でのライブを収録した "TOKYO LIVE" を聴いて みる。一曲目、Geo Rose という、Tony 自身のペンによる美しく静かな 曲なのだが、いきなりドラムソロ、それも 3 分近く続くという仰天の 導入部である。

Tony のバンドのレコードはとにかくドラムがでかい。プレイが豪放で ある。ジャズバンドでチマチマ叩くなんてとんでもない。雄弁なドラミ ングは爽快だ。そして反面、バラードプレイで語るような演奏もまた魅 力的な一面。この辺が私の Tony 好きの核だろうと思う。

Elvin Jones も Max Roach も Jack DeJohnette も素晴らしい。けれど 私にとっては Tony こそが No.1 のジャズ・ドラマーだった。

バンドの中でドラマーとしての役割をいかに演ずるか、その大胆な方法 論に私は心底惚れ込んだのだ。

熱心に作曲を学んでいた彼が向かっていたのはどこだろう。

しかしもう、次のアルバムは出ない。

 

 

「ドラムは他の楽器同様、詩的でロマンティックなものだ」 - Tony Williams

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