第十回:アコギと私(挫折編)


まず最初に。アコギな私、ではない。

立春は過ぎ、明日辺りはチョコレートが飛び交うらしいが、まだ寒い。 鍋とぽん酢、こたつにみかん、そしてアコースティックギターの季節で ある。

最近私はアコースティックギター(以下アコギ)を聴いたり弾いたりする のがお気に入りである。しかしついこの間までは、演奏するにはあまり 気の乗らない楽器だった気がする。しかししかし、私が最初に買ったギ ターはフォークギターだった。

そもそも、なぜ私はギターを手にしたのであろうか。記憶の糸を辿って みよう。

確か、中学二年生。

音楽の授業で「ギターの時間」なるものがあり、その時に初めてクラシ ックギターを手にしたのだった。その頃フルート少年であった私は一応 普通の音感があって、隣のヤツのギターをチューニングしてあげたりし ていた。期末にはテストもあって、「禁じられた遊び」を弾いた記憶が ある。ただし、左手が指一本で弾けるところだけ。それでもクラスの中 では進度は早い方だったように思う。

だが、そこまで。別につまらなかったわけではないのだが自分でギター を買ってXXのようになろう! という気にはならなかった。だいたい ギターを意識して音楽を聴いていなかったから「XX」に当てはまる名 前も知らなかったのである。

中学三年生。

雑誌で見た記事「君も一週間でビートルズが弾ける!」。な、なんと、 たった一週間で Yesterday が弾けるのか。そういえば俺禁じられた遊 びも弾けるしな。指一本の所だけしか弾けないくせに妄想は大きい。

フルートを習いに行っていたヤマハ音楽教室。そこに置いてあったフォ ークギターのパンフレットをもらってきて眺めてみる。

誰にでも弾けて、
はかり知れないほどの奥行きを秘めたアコースティックギター。
それは僕たちの楽器だ。

とか書いてある。そうだ、俺の楽器だ、という気にだんだんなってくる。 カタログの裏面にはギターの手入れの仕方なんてのが書いてある。買っ たら手入れしようなどと思ったりする。

貯金を握り締め、お茶の水へ向かう。考えてみれば、楽器屋がお茶の水 に集まっている、なんていう情報を私はどこから仕入れたのであろうか。

パンフレットで「YAMAHA」のメーカ名が頭に焼き付いている私は、シモ クラ楽器で YAMAHA のフォークギターを見つけ、早速試奏する。が、試 奏といっても指一本の禁じられた遊びだし音が良い悪いなんて全然分か らない。

店のお兄ちゃんは「トップが単板だから良い」とか言うのだがこっちは トップってなんだ単板ってなんだ何が良いんだという状態。超初心者に 対してはもっと気の効いたセールス・トークがあるんじゃないのかシモ クラ楽器よ。

何が良いんだか分からないけれど、雪の結晶のようなポジションマーク が可愛くて気に入ったのでそれにする。YAMAHA FG-350D。

さて、とにもかくにも「一週間でビートルズが弾ける」である。

最初の方のページには「Dm を覚えて『月の砂漠』を弾こう」とか、そ ういう感じのことが書いてあった記憶がある。とにかく、ローコードを いくつか覚えてじゃらんと鳴らして、簡単な何曲かのバッキングをする というものだったと思う。

なるほど。C はこうか。G は・・・小指で 1 弦 3 フレットを・・・小 指はなかなかうまく使えないな・・・なに、これを続けて弾けってのか? 出来るわけないじゃないか。一瞬でコードチェンジするためになんか秘 密の技があるんじゃないのか。どうでもいいけど指先が痛いぞ。

疑惑の雲が広がりはじめていた。

本当にこの楽器、「誰にでも弾ける」のか?

早くもくじけかかっている私である。そしてページをめくっていくと ついに「あれ」が出てくる。フォークギターで挫折した人の 80 % はこ いつのせいではないかと思われる最難関。 そう、

F コード

である。悔しいので図まで書いてしまおう。

1 |-人-|----|----|----|
2 |-人-|----|----|----|
3 |----|-中-|----|----|
4 |----|----|-小-|----|
5 |----|----|-薬-|----|
6 |-人-|----|----|----|
    1    2    3    4
こんなコードだ。人差し指を伸ばして一弦から六弦までまとめて押さえ てしまおうというふざけたコードである。

この雑誌では Yesterday は Key=F で書いてあり(実際も Key は F な のだが・・・)、曲の出だしがこの F である。出だしが弾けないのでは どうしようもない。あえなく玉砕。

いや今考えれば出来るところからやれば良かったのかもしれないが・・・

ちくしょうだましやがって中三時代。俺の青春を返せ。たった一週間で 青春もないものだが、やけに腹立たしかった。雑誌を捨てギターをケー スに放り込む。

この後、このバレーコード(指一本で複数の弦を同時に押さえる形のコ ード)への苦手意識はしばらく続く。高校二年の時にエレキギターを手 にして、あの名曲「天国への階段」をコピーした時にトラウマはよみが える。

出だしは「ら ど み ら」か。ふむふむ。

1 |----|----|----|----|-ら-|----|----|----|
2 |----|----|----|----|-み-|----|----|----|
3 |----|----|----|----|-ど-|----|----|----|
4 |----|----|----|----|----|----|-ら-|----|
5 |----|----|----|----|----|----|----|----|
6 |----|----|----|----|----|----|----|----|
    1    2    3    4    5    6    7    8
こうだな。こう・・・こっ・・・こっ・・・これはぁぁぁっ! ばばば バレーコードなのかぁっ! 卒倒しかける私。

いやまてよ、次の四つで使う音は「らb ど み し」だから

1 |----|----|----|----|----|----|-し-|----|
2 |----|----|----|----|-み-|----|----|----|
3 |----|----|----|----|-ど-|----|----|----|
4 |----|----|----|----|----|-らb|----|----|
5 |----|----|----|----|----|----|----|----|
6 |----|----|----|----|----|----|----|----|
    1    2    3    4    5    6    7    8
で、その次は「そ ど み ど」だから

1 |----|----|----|----|----|----|----|-ど-|
2 |----|----|----|----|-み-|----|----|----|
3 |----|----|----|----|-ど-|----|----|----|
4 |----|----|----|----|-そ-|----|----|----|
5 |----|----|----|----|----|----|----|----|
6 |----|----|----|----|----|----|----|----|
    1    2    3    4    5    6    7    8
だ。2 弦と 3 弦は 5 フレットを押さえっぱなしで 1 弦と 4 弦も 5 フレットより下には行かない。ということは、5 フレットにアレをつけ ればいいんじゃないか。フォークギターを買った時に楽器屋がオマケに つけてくれたカポタスト。使ったことなかったけど。

つけてみる。

やった、指二本で弾けるじゃないか。そうかジミーペイジはこうやって 弾いてたんだな。俺様の前ではそんな小細工は通用しないのさふふんと かわけの分からないことを考えてみたりする。

楽勝だぜらくしょ・・・あれ?「そ ど み ど」の後は・・・「ふぁ# ら れ ふぁ#」・・・

                      カポタスト
                          ↓
1 |----|ふぁ#|----|-----|-■-|----|----|----|
2 |----|-----|-れ-|---- |-■-|----|----|----|
3 |----|-ら--|----|-----|-■-|----|----|----|
4 |----|-----|----|ふぁ#|-■-|----|----|----|
5 |----|-----|----|-----|-■-|----|----|----|
6 |----|-----|----|-----|-■-|----|----|----|
    1     2    3     4    5    6    7    8
カポタストより下のフレットを押さえなきゃいけないじゃないの。変だ。

ここで普通の人は「そうか、カポタストは使ってないんだ」と気付くも のであるが私は脳の発達が悪かったのか、はたまた思い込むと一途な性 格なのか、そうは思わなかった。

「そうか、ここで一瞬のうちにカポタストを外しているんだ。」

しばし外す練習をしてみたりする。当たり前だがうまくいかない。だい たいその後もう一度最初のポジションに戻るのだ。今度は瞬時に取り付 けているのか?

さすがの私もここでやっとカポタストを使っていないということに気付 く。というより、バレーコードを使わなければいけないことを認めざる を得ない。しぶしぶ。

神は私を見捨てなかった。エレキの弦は柔らかかった。バレーコードは 押さえられたのだ! 1 弦 〜 4 弦をセーハして、5 弦 と 6 弦は取り 敢えず人差し指でカバーしなくても良いのだということに気付いたこと も大きかった。やはり俺は天才だったと勘違いに磨きがかかる。

しかし久々にアコギを引っ張り出して試してみるとやはり指が痛い。エ レキなら出来るのにな、という感じで、この後ずっとアコギへの苦手意 識は払拭されることなく続くことになる。

多分、今も。今は苦手意識に憧れが足された感じかもしれない。余計始 末に悪いという話もある。いつの日かアコギで美しいインストナンバー が弾きこなせたらいいなぁと思う。

まぁ人生まだ残りはあるからゆっくりやろう。

あ、でも次のセッションまでに仕上げなきゃいけない曲があるんだっけ。 ドラム叩こう。


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