Sunshine Days ...サンプル

 その日、寝不足と二日酔いのタッグに襲いかかられながら、ロイは山積みの書類の間に突っ伏していた。
 眠ってはいない。頭痛と吐き気でそれどころではない。しかしそろそろ頭を起こさないと、我が副官殿が次の仕事を携えて執務室に来てしまう。一インチたりとも減っていない未処理の書類群を目にして、彼女がどんな行動に出るのか想像するのも恐ろしい。
 と、分かってはいるのに身体が動かない。
 ああ、アレが欲しい、ほらアレだアレ、洗面器…。
「───大佐ァ!」
 バァン!、と扉が壁に跳ね返る音に、ロイは思わず怒鳴り返した。
「やかましいッ 不用意に大きな音を立てるな!」
 叫んだ勢い、こめかみを巨大な針で突き刺されたような衝撃でまた机に崩れる。動きにつられて胃袋もねじれる。真っ白な顔でロイは慌てて自分の口に蓋をした。
「だ、…大丈夫ですかっ?」
 自分もさして顔色のよくないハイマンス・ブレダ少尉は、その小太りの体型に似合わぬ俊敏さで、大きな執務机の正面に駆け寄ってきた。
 大丈夫に見えるか、こんちくしょう。
 決死の思いで胃液(プラス、その他の何か)を喉奥に押し込み直し、ロイはよろよろと顔を上げる。
「…う、けん、…なん…」
「はい?」
「……用件はなんだ…っ 爆破予告か鉄道ジャックか立て籠りかッ! 何ならまとめてかかって来い、片っ端から消し炭だ!」
「そんな小物じゃありません」
 ブレダは真顔でキッパリと言い切った。
「昨日の件、中尉にバレてます」
 窓も開いてないのに、冷たい空気が執務室に流れ込んだ。真っ白を通り越して自分の顔が青ざめるのをロイは感じた。
「昨日って、…誰からだ。いや!、いやそれより『どこまで』だ」
「ほぼ全て、との認識でよろしいかと」
 しーん。
 そのあまりの国家機密的重大さに、軽く心神喪失状態に陥りそうになる。
「天地神明かけて誓いますが、オレとハボックからじゃありません。あの酒場に居た誰かが口を漏らしたと思われます」
「にしたって、リークの早さが尋常じゃないだろう…!」
「オレがこの目で見たのは、中尉が車両部で昨夜の送迎担当者を確認しているところまでです。本人が問い詰められるのは時間の問題ですよ」
 ロイは昨日の気の弱そうな警護兵を思い浮かべた。アイアンレディ、リザ・ホークアイ中尉を相手に、持ちこたえられる器でないのは明らかだった。(とゆーか、そんな人間が居たらお目にかかりたい。もし居たら最敬礼とともに心からの畏敬の念と賛辞を贈る)
 ふらぁ、っと無意識ながらも執務机から身体が離れる。
「ちょ、大佐、どこへ! 逃げるんですか、そりゃもっとヤバくないですかっ」
「馬鹿者、戦略的一時撤退と言えッ! 状況完全把握にまず務め、のちに体勢を立て直す!」
「遊んでる場合じゃないですよ、本気で中尉は怒ってますよ!」
「私も本気だ!」
 本気も本気、このまま全力ダッシュで司令部外まで駆け去りたいくらいには本気だった。それがブレダにも伝わったのか、彼はチラッと背後を伺う素振りの後に、「大佐、せめて」と誰に対してだか声を潜めた。