Sweet Destiny ...サンプル

「───実を言うと私は」
 ロイ・マスタング、二○代(ギリギリ)にして東方司令部副司令官・地位は国軍大佐は、苦虫を潰したような顔で呟いた。
「アルコールにさして強くはないんだ」
「知ってます」
 こちらもしごく真面目な顔で、側近の一人であるハイマンス・ブレダ少尉は即答した。
「というわけで、だ。ここいらで今日はお開きにした方が良くはないかな?」
「お言葉を返すようですが、大佐。自分がそう進言申し上げたのは、もう一時間は前のことです」
 二人は居酒屋のテーブルを挟んで、そのままグググと睨み合った。
「だったらなぜもっと強行に自分の主張を通さないッ!?」
「通そうとしましたよッ あんたが聞かなかっただけでしょーがっ!」
 ロイの真向かい、そしてブレダの横には、へろんへろんになったもう一人の金髪の少尉が伸びきっていた。テーブルに上半身ごと突っ伏し、それはもう見事なまでに潰れていた。
 ああもう、とロイは頭の上で掌を振って、居酒屋の親爺を呼びつけた。オロオロとさっきからこちらを伺っていた小柄な親爺は、もみ手をしながら駆け寄って来る。
「ハイ、何か」
「すまん、水をもらえるか」
「あー…ハイハイ。グラスで三つ、お運びすればよろしいですか?」
「いや、バケツでだ」
 親爺は頬を僅かに引きつらせた。
「それは、あの、ちょっと」
「冗談だ」
 ホントかよ、という呆れた顔を隠さずにブレダが首を振る。それから上官を気遣って、というよりは明らかに親爺へのフォローで、
「冷たい水をグラス三つ。あと、すまねえが勘定を締めてくれるかい?」
 いいんですよね、とロイの方にも念押しの視線を寄越すが、これも「お開きで本当にいいんですね」という意味よりは「ここの勘定、あんたですよね!」の意をより多く含んでいる。
 不承不承、懐から札入れを出しながらロイは頷いた。確かに奢ると言い出したのは自分からだ。上官として男として、この後に及んで前言を撤回するなどという、みっともない真似ができるわけがない。
「…しかしものには限度ってのがあるだろう……。こいつはこんな酒癖が悪い奴だったのか…?」
「場合によりますよ。今日は酒の肴がまずかったんですな」
 飯の味についてではない。話題のネタのことである。
 飯は旨い。値段もそこそこ。おまけにツケも利くとあって、司令部近くのこの居酒屋は客の六割がたが軍人、プラス二割がそれら目当ての女で占められている。どっちを向いても軍服姿が視界に入って、落ち着くと言えば落ち着くのだが。
「どうも私は浮いているな…」
 チラチラと視線を送ってくる女達に条件反射で微笑み返しながら、ロイ・マスタングは思わずぼやく。
「自覚あったんですか」
「お前、私を馬鹿にしてるだろう」
「そんなつもりじゃありませんよ。まあ、ここは士官も来ないってこたァないですが、下級軍人の方が圧倒的に多い店ですから。間違いなく大佐が来店者の階級トップの記録を塗り替えましたね」
 あげく、店外にやっぱり警護兵は張り付いてるし。
 親爺が置いた水を飲み干してからブレダは笑った。
「前代未聞の話でしょうな。おかげでいつもよりサービスは良かった、なぁ親爺」