ASAP-2- ...サンプル

 ハボックに担がれたまま執務室に登場した上官を見て、当たり前だがホークアイ中尉は頭を抱えた。
「……そこまでしろとは言ってません……」
「こーでもしなきゃ捕まらなかったんです!」
 頭からホカホカと湯気を出しながらハボックが怒鳴る。それに被せて大佐も怒鳴る。
「オイ、いい加減降ろせッ 目が回るッ!」
「目が回るのは暴れるからですッ 第一、降ろしたらアンタまた逃げるでしょーが!」
「この後に及んで逃げ出すと思うか!」
「思いますね!」
「そこまで私は往生際が悪くはない!」
「ああーッ!? どの口裂いて言ってんすかァ!?」
 勘弁してくれというようにホークアイ中尉は片手を振った。いいからもうソレを降ろしなさい、とハボックには目では告げて、しかし自分がさり気なく扉前に移動することは忘れない。
 その中尉の立ち位置を確認したあと、ようやくハボックは肩の荷物を床へ落とした。
「さて。この状況をご説明願えますか、大佐?」
 氷の女、ホークアイ中尉の声が彼女の異名に負けず劣らず冷たく響いた。
「………黙秘する」
「失礼、訂正いたします。現在の切迫した状況を、懇切丁寧に私がご説明さしあげてもよろしいですか、大佐?」

- ◆◇◆-



「───ああそう、だから煙草!」
 ヒューズ中佐は真顔で向き直り、ハボックの両肩をガシィ!、と掴んだ。左肩に添えられた中佐の右手指には煙草が挟まれたままで、下手に振り払えも出来ずに「はあ」とハボックは漠然とした合の手を入れた。
「ロイの家でお前、煙草吸ってるな!?」
「は、はははははいィ!?」
「吸ってるな? いいんだ、誤魔化すな! 女がこんなキツい両切り吸うわきゃーない! 吸い殻があったんだよ、前に行った時に! 俺の知る限りあいつの周囲でこの銘柄ふかすのはお前だけだ!」
 使った食器はなるべく洗って帰るようにしていたはずだ。ハウスキーピングが定期的に入っているので確かに隅々までの掃除はハボックもしない。しかし灰皿は使った時はいちいちちゃんと片付けて、……ああでもマイ灰皿を与えられる前はあっちこっちの客用灰皿を適当に使い分けてて……中には洗わず帰っちゃった物もあるような…。
「や、あの、それはっ」
「いーんだっ 他人をホイホイ家に上げないロイにそういう友人…部下が出来たのは俺としても喜ばしい! 女性の中尉が泊まったとなりゃまた話は別でややっこしいが、忠義なポチなら俺も安心だっ」
 何気に失礼な単語を吐かれた気がしたが、そこはとりあえずスルーで頷く。もしくは中佐が怒濤の勢いすぎて、頷くしかハボックには出来ない。
「……んで、どうよ? お前なら知ってんだろ?」
「……は?」
 ここでようやくハボックの台詞の順が来たらしい。らしいが、「?」以外に返せる反応が思い付かない。
「は、じゃねえ! 男なら腑抜けた返事をするなポチ!」
 なのに畳み掛けるように罵られ、
「あのですね、中佐! 俺がポチかどうかはともかく、あんたの飼い犬でないことだけは確実ですんで! サインと問いかけは他人にも分かるようにお願いしますッ!」
「くそっ、躾がきいてやがる…!」
 いやもう、なんか思ってたよりこの人凄くガラ悪いんですけど。言ってる意味も分かんないんですけど。今日は分からんことばっかりだ。
「中佐、あのう、マジで! 真剣に! 何を尋ねられてるのか俺には理解出来てませんッ」
 ああーん?、と恫喝じみた低い声で中佐はハボックをねめつけた後、眼鏡の位置を中指でちょいちょいと直し、ふうっと息を吐き出した。
「……マジ?」
「マジです」
 そう言ってるがな。
 持ってるのを忘れてたらしい煙草を一服ふかし、「あれえ?」と中佐は首を傾けた。
「そうか、すまん。あー、うん、すまん。家に出入りしてるくらいだから、お前は一口噛んでるのかと思ったのよ」
「だから何に!」
「ロイの秘密のステデイちゃんに」
 ハボックの口から出たのは「ひょえっ」とも「ひゃう!」とも付かない怪しいシャックリのような音だった。
「い、……要るんですか、大佐に決まった相手が!? あの、デート何回とか適当な女性でなく!?」
「お前も知らんのか。うーん、こうなるとよそに家持って囲ってるとか…。あいつの財力ならそれも理屈では可能なんだよなぁ。でもそこまでして隠す意味が分からねえ…」
「ちょ、待って下さいよ! 俺はそんな相手知りませんし、中尉も、ウチの司令部の誰もそんなん知りませんよ! その上中佐も知らない見たこともないって──『居ない』って結論のほうが妥当な気がするんですが!?」
「いんや、居るッ」
 素晴らしく、キッパリと中佐は言い切った。
「俺には分かる!」
「何を根拠に!」