ASAP-1- ...サンプル

 席を立ち、新しい煙草をくわえようとしたところで、大部屋へホークアイ中尉が無表情に入って来た。鋭い視線でぐるりと周囲を見渡し、軍靴の音高くハボックに近寄ってくる。
「な、なんすか」
「隠してない?」
「は? 何を」
「大佐を」
「知り…ません?」
 一瞬、今日の監査用の資料をかと思った。別に痛い腹はないはずなのに、心臓が跳ねそうになったのはホークアイ中尉の口調による。
 ふうぅー、と深い吐息をついて、ホークアイ中尉は俯いた。それと一緒に視線を落としかけ、「ええッ!?」とハボックは次には叫んだ。
「大佐、居ないんすか!?」
「居ません。……執務室にも食堂にも仮眠室にも居ませんッ!」
 怒鳴られたのはちょっと八つ当りくさかったがそれどころではない。ハボックはまだ火を点けていなかった煙草を机に叩き置いた。
「どーすんですかっ? だって、…今日これからお偉方が来るんですよね!? 汽車ん乗って中央から来るんですよね!? 肝心のトップが居なかったら監査はともかく、会議…接待……、どうすんですかッ」
「分かってますッ 分かってるから私も慌てているんです、見れば分かるでしょう!」
 その意味で言うならロイ・マスタング大佐は最高責任者ではなく、便宜上でもグラマン中将が東方軍司令部の最高司令官だったが、不敬罪スレスレで副官二人は無意味なまでに噛み付きあった。
 やがてこの言い合いに部屋の全員が集まってくる。
「居ない?」
「大佐が居ないそうです」
「ブラハに探させたらどうでしょうか!」
「そこら中に匂い付きまくりじゃねえか、可能なのかよ」
「軍用犬! 誰か犬舎行って軍用犬を借りて来い!」
「やめろおォ! 営内にあんなもん放すなああッ!」
 軽くパニックの様相を呈してきて、我に返ったホークアイ中尉は「静聴ッ」と吐き捨てた。
「よく分かったわ。この部屋はもう仕方ないとして、これ以上騒ぎを大きくするわけにはいきません。以後、この件に関しては私の一存で軍隊規に準ずる守秘義務を課します。いいですね?」
 アイサー、と敬礼するよりは、イエス・マム、のノリで全員が頷いた。それから中尉はハボックをキッと見上げ、
「あなたが探してちょうだい」
「は、俺…っすか?」
「要らない時まで大佐のお供でサボッてるのは知ってます! 大佐の行動形式、思考形態、おおむね理解しているあなたがこの場合の適任です!」
「中尉だって、そんなの、」
「女性の私では立ち入り出来る場所に限界があります! だいたい軍用犬を借り出すなんて真似が出来ないんだったら、近いところで手を打つしかないでしょう!」
 えらい言われようだったが、あながち間違ってもいなかった。ばたばたと気軽にハボックが上官を探し回っているのもよくある事で(まさか普段は中央のお偉方から逃げてるわけではないが)、騒ぎをごくごく内輪で納めるには確かにハボックは適任だった。
「もしもの時を考え、私はジョンストン中佐の副官にだけ会議資料を渡して話を通しておきます。でもそれはあくまで最悪の場合を想定しての対処です。ハボック少尉、いい? どんな手を使ってでも大佐を刻限までに引きずり出して来てちょうだい」
 中尉の目は据わっていた。腰のガンベルトから愛用のシングルアクション38口径を引き抜き、誰かの額に向かってブッ放しかねないほどには据わっていた。
「イエッサー!」
 ハボックは慌てて敬礼し、ライターを掴んで胸のポケットに突っ込んだ。