ロワイヤル ...サンプル

 ───秋名山の幽霊。
 あの騒動の、すべてはそこから始まったのだ。
 最初にそいつを見かけたのは啓介だった。忘れようったって忘れられない。いくら地元じゃなかったとは言え、あんなオンボロ車によもや自分がぶっ千切られるとは思わなかった。見たのが自分独りだったら、本気でこの世ならぬものだと信じたかもしれない。

「お前は昔からオバケの類いが嫌いだったな……」
 朝食の席、新聞から顔も上げないで兄は言った。
「そーいうハナシじゃねえって! 信じらんねぇくらいの突っ込みで連続コーナー流して行きやがったんだ。だいたい、えーと、30Rってとこか?、2つめのそこに後追いで突っ込む俺から見たらほとんど車体が真横で、ケツだけじゃねえ、全部滑らせて、───」
こう、こう!、と手で形を作って食卓に乗り出す弟を、涼介はやっと視線だけでチラッと見た。
「へぇ」
「しかも外見(そとみ)がハチロクだぜっ?」
「…ほう」
 まるっきりマトモに聞く気がない態度だった。あげくに、「お前、もう食べないんだったらそれ下げろよ。カトウさんの仕事が片付かないだろ」(※通いの家政婦さん)なんて宣いあそばして、自分は新聞をバサバサと畳み始める。
「アニキッ、もっと真面目に聞いてくんねえ?!」
「真面目に、たってなあ…」
 椅子の背に手をかけ、立ち上がった涼介は苦笑で啓介を見下ろした。
「引き上げ間際で、お前がちんたら走ってたってだけじゃないのか? 俺が行かないって言い出したもんだから、テキトーに走ってそれで済まそうなんて魂胆で…」
「ち、が、うッ」
 違います。ちゃんと兄の名に恥じぬようにと、キッチリガッチリ走り込んできた。帰りのガスがヤバくなるまでマジで走った。いっそタイムの数字だけでも、兄が目を細めて感嘆の吐息を漏らしてくれやしないかと。
「ふうん…。何時頃だ、それ」
 時間が関係あんのか?、と謎に思いつつも「ええとぉ」とまた啓介は唸って考え込んだ。
「4時…にはなってなかったんだよな、まだ。でもそのちょい前くらいか?」
「丑三つ時ってのにはやや時間がズレるが」
 涼介は畳んだ新聞を小脇に挟んで、ニィっと口の端を吊り上げた。
「───啓介、知ってるか?」
「な、何を?」