Overtake,Overthrow ...サンプル

「教えてやろうか、啓介」
 その夜。
 二人きりになって叱責を予想していたのに、意外と静かな声音で兄は言った。
「お前がなぜ抜かれたか」
 静かで、淡々とした口調だった。だが啓介には分かる。分かってしまった。それは滅多に聞かない、兄が身体の奥底からせり上がる興奮を、無理に押さえ込んでいる時の声だった。
「───こんなことが起こるから峠は面白ぜ、つくづく」
 瞳の奥に炎が過る。彼の本能のエンジンに火が入る。
 でも。
 でも、なあ、待ってくれよアニキ。お願いだから。
 俺を、置いて行かないで。



「おい、涼介は?」
「知らねー、訊くなよオレに!」
 怒鳴った後で、気まずさを感じて煙草をくわえる。怒鳴られた史浩はと言えばびっくり眼で、啓介の向かいに座るケンタを見た。
「……。今日は、こっちには顔出してないッスよ、涼介さん」
「ふうん…。お、サンキュ」
 ケンタに渡されたファミレスのメニューを一応は広げながら、でもどーせこいつはバカの一つ覚えみたいにコーヒーを頼むに決まっているのだ。メニュー見る意味ねえじゃねえかよ、と内心でごちてみて、啓介はそんな自分にうんざりして頭を抱えた。
 もー、何でもかんでも気に障る。見るもの触れるもの腹が立つ。
 それがどのくらい凄い割合でかというと、何たって今日はFDのステアに八つ当たりをしちゃったくらい。いくら啓介でもこれはさすがに珍しい。FDは自分の分身であり、そして兄の想いと魂の一部であり、彼の自分に対する愛がこもっているとさえ思っているから。
「またえらくご機嫌斜めだなあ、お前」
「見て分かること言うな。うぜえ」
 横でケンタは竦み上がったが、はっはっは、と軽く史浩は笑い飛ばした。
「拗ねんなよ」
「ああ? 拗ねてネェよ」