カリギュラ ...サンプル

 息苦しい夢を見ていた気がする。
 熱帯雨林の中でじわじわと首を絞められ、生い茂る蔓に手足まで絡め取られ、悲鳴も上げずに何かに食い殺されていくような、ただひたすらに苦しくて辛い夢。
「──…目ェ覚めた?」
 覗き込まれた気配で涼介は瞼を動かした。
 だが開いたつもりなのに視界はハッキリしない。顔にかぶさるようになっている影が動いて、額にひやりと冷たいものが押し付けられた。
「まだ熱あんな。やっぱ熱冷まし飲んだ方がいいのかな。…なんか食える?」
 そうか、こんなにだるいのは熱があるからか。ぼんやりと納得しながら、涼介は否定の意味で首を微かに動かした。
「でも食べねえとさあ、薬も飲ませらんねぇしさ。ゼリーかなんか。そういうのもムリそ?」
 それぐらいなら。
 言葉にしない意思表示は今度も伝わって、「分かった、テキトーに後でなんか買ってくっから」と弟の声は優しく言った。
 今はいつなんだろう。朝なのか夜なのか何曜日なのか、そしてここは俺のいつもの自室でいいのか。熱のせいだけじゃない、どうしてこんなにどこもかしこも体中が重いんだろう。頭痛や喉の痛みはないのに、とにかく指の一本を動かすのも億劫だった。明確な思考すら長く保つのに苦労する。
「ん? なに?」
 おかしい。現実感がまるでない。
 弟の声もどこか遠くから波が響いてくるように聞こえる。
「ガッコの事かな。史浩に電話入れといたよ。アニキは熱出して寝込んでるって」
 そうか。じゃあ今日は平日なのかな。せめて啓介の言うように腹に何かを入れる努力をして、一度は起きたほうがいいのかな──…。
 手を貸せよ。
 そう言うつもりだったが、口の中がカラカラでほんの少し唇が動いただけで終わった。仕方なく霞んだ視界の中に弟の顔を探す。すると柔らかく唇に何かが触れて、湿った音を立てながら舌が絡め取られた。
「喉はヘイキ? …痛くない?」
「…っ、……」
 囁かれ、耳の横の汗に濡れた髪を梳かれ、何度もあやされるように行為が繰り返される。それが弟からのキスだと気付いたのに身動きが出来ない。おかしい。

 覆いかぶさる弟は吐息のように息を継いだ。それから掌がゆっくりとあちこちをまさぐり始める。冷たさに反射的に肩が震えた。逃げるほどの力はなかったのに顎で強く押さえ付けられる。
「ああ、ごめんね。手ェ冷たかったねオレ。でもすぐあったまるよ」
 シャツの胸元が開かれ、そこにも唇と掌が這い回るのが分かる。なのに抵抗どころかまともに声を上げる事すら出来ない。言われた通りに温度はすぐに感じなくなり、粘度のある水にまとわりつかれているような感覚の中、涼介は呼吸をするために必死に喘いだ。