国土交通省 水管理・国土保全局
   岡久宏史下水道部長インタビュー 
 下水道を巡る環境が急展開して来たような感じがします。その象徴的な動きが、この4月1日から施行されたいわゆる一括法(地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律)が下水道法にも適用されて、従来の認可から同意なし協議または届出に変わったことです。これは日本の下水道行政を根本的に変革するもの―という見方もできます。
 そこで国土交通省水管理・国土保全局 岡久宏史下水道部長に緊急インタビューをしました。その一問一答をお届けします。
――この法改正で地方自治体は下水道の整備がやりやすくなったと思いますが、国交省としての立場は大きく変わるのでしょうか。
 
岡久部長 今政府では、地方分権を進めていますから、これは基本的に適切な法改正だと思っています。これからの下水道は各自治体が事業主体ですから自主的に建設して、運営して行くというやり方が良いと思います。
 
――すると、下水道行政は国の手を離れるということですか。
 
岡久部長 いえいえ、今まで日本の下水道は国の主導で、その普及率を上げる、ということに主眼を置いてやってきました。私は昭和55年(1980年)に建設省に入省して、以来一貫して下水道畑を歩いてきました。私の入省当時の日本の下水道普及率は約35%でした。それから30年、普及率75%まで向上しました。これは入省当時の私の予想を大きく上回る数字です。それは国民の生活環境の改善を求める声、身近ではいわゆるポットン便所ではなく水洗トイレが欲しい、という声が強かったこと、さらに、汚濁した公共用水域の水質改善や地球的規模で環境問題への関心が非常に強くなったことなどが背景にあると思います。お陰で東京都や大阪市などの大都市の整備はほとんど終わりました。後は残された地域を整備して行く、今後は時代の流れで、地方自治体が主導でやって行くことになると思いますが、国としては今後とも新たな制度を作り、あるいは必要な施策を実施し下水道の整備が円滑に進むよう地方自治体を支援していきたいと考えています。
 
――今、大都市圏の整備は終わった、と言われましたが、やりやすいところを優先してやってきた。残ったところは地方の山間部や過疎地帯で、下水道整備のやりにくいところです。つまり、下水道整備の問題点が残った、という言い方はできませんか。
 
岡久部長 確かに残ったところは今までのように大規模に管をめぐらして、集中的に一ヵ所で処理をするというやり方は、通用しないところが多くなっていると思います。だからこそ、その地域にあった整備計画を策定し、ローカルルール的な整備手法も取り入れて整備を進めていくということになると思います。その意味でも「同意なし協議・届出制」という今度の一括法のやり方は地方自治体の自主的な取り組みが進められるという点でいいことだと思っています。
 
――しかし、地方の自主性にまかせる、というのは耳によく聞こえますが、下水道整備にはお金がかかります。地方の自主性と言って、国から補助金などの金の援助がなければ、やはり地方は下水道を作ることができない、ということになります。自主性とは「金の切れ目」ということになるのではないですか。
 
岡久部長 そうであっては何にもなりませんよね。下水道はナショナルミニマムですし、東京湾や琵琶湖のような公共用水域の水質保全を図るという使命がありますから、国としても財政支援をするのは当然です。ところが、国も地方も財政はますます厳しさを増してきていますし、公共事業費も削減されています。そこへ今回の大震災もありました。限られたお金をどこに使うか、これは国の大きな課題です。
 
――大震災のことは後で触れますが、その前に今回の市町村合併に伴う問題についてお尋ねいたします。これまでの下水道整備のやり方として「流域下水道」という方法ですね。いくつかの自治体が集まって、つまり流域を共有する自治体が共同で下水道整備を行ってきた。その整備主体は都道府県など大きな単位だった。今度の市町村合併で何がおこったか、今までいくつかの自治体であったものが、合併で一つになってしまった。すると流域ではないからその自治体で運営しろ、ということになって県から市町村に移管されていく。この事態に対して、各自治体の首長さんたちの怒りを伴った戸惑いはかなり激しいものがあります。この事態をどう考えられますか。
 
岡久部長 これは大きな問題ですね。市町村合併は国交省の管轄ではありませんから、軽々に発言はできませんが、合併を進めた地方自治体の中にはこうした事態を想定していなかったとおっしゃるところもあります。しかしこのような場合下水道法上は、市町村管理の公共下水道になってしまいます。県も市も厳しい財政状況にありますが、ともかくなんとか国も協力して知恵を出し合い、良い解決方法を探さなくてはなりません。
 
――いわゆる縦割り行政というのですか、各省庁の縄張り意識みたいなものが、問題をこじらせていく、という典型のように思います。下水道も国交省、農水省、環境省、厚生省などいくつもの省庁が関係して、それが縦割りで横の連携がないという事態が続いてきました。
 
岡久部長 過去、汚水処理の整備事業に係わっているこれらの省庁による縦割り行政の弊害が問題視された時期がありました。しかしもうそのような時代ではありません。実は平成22年4月より、国交省、農水省、環境省の3省の政務官による「今後の汚水処理のあり方に関する検討会」というものが開催されて、つい先日「中間とりまとめ」がまとまりました。今後も、関係3省が連携し、より一層の公衆衛生、生活環境の向上と水環境の改善を図っていこうという方向性が出されたところです。これは、3省の政務官が一同に会して2年間に渡り検討を行なった検討会という初めての取り組みでして、今までなかった画期的なことです。時代の転換ともいえますよ。
 
津波により破壊された
南蒲生浄化センター
(仙台市)
――それはニュースですね。そもそも下水道は流れて行くものですからね。縄張り意識でやったのでは、迷惑するのは国民ということになります。今度の大震災でも、大規模処理場が軒並みやられてしまった。一か所が止まったら、すべてが麻痺してしまうという施設では、住民は大迷惑です。
 
岡久部長 その通りですね。日本の下水道というのは汚水をきれいにして、ある基準を満たすようにして捨てる、といういわば一方通行のシステムだったのですね。私はこれは限界に来たと思っているのです。捨てる、ということは考えようによっては「無駄」ということになりかねません。これからは「水を回す」ということに主眼を置いて考えて行かなくてはならない。東京など大都市では始まっていますが、汚水処理をした水を捨てるのはなく循環させて再利用する、というシステムを作っていかなくてはならないと思います。また、下水処理には必然的に汚泥が発生します。これは下水処理の宿命ですが、この汚泥の再利用ができれば、下水道の在り方は大きく変わります。汚泥から肥料を作り出す、あるいは、エネルギーを取り出すということが行われてきていますが、汚泥は捨てれば廃棄物、再利用できれば資源です。従来だと、ここで様々な法律が絡んだりして、官庁の縄張りの問題が起こってくる。しかし、先程の3政務官による検討会のとりまとめとして、循環型社会・低炭素社会の構築に貢献するため、汚水処理施設の有する資源の有効利用を3省協力して促進すべきとの方向性を打ち出しています。
 これに関連して国交省では「下水道ビジョン2100」というのを策定しまして、今までの20世紀型下水道はまず下水道の普及拡大に重点が置かれてきた。つまり、汚水の効率的な排除・処理による公衆衛生、生活環境の向上
ということに主眼が置かれていたのを、21世紀型下水道では「排除・処理」から「活用・再生」への転換により、美しく良好な環境の形成、そして安全な暮らしと活力ある社会の実現を目指す……という「循環のみち」という方向性を打ち出しました。下水は厄介なもの、その処理施設は迷惑施設というのではなくエネルギー源という考えに変えて行く。震災の関連でいいますと、大被害を受けた宮城県の気仙沼市で下水処理の過程で発生するメタンガスを燃料化するというプロジェクトが始まろうとしています。下水処理場が実は電気などエネルギー再生工場になるというのが、これからの下水道だと思います。
 
――最後にわれわれの土壌浄化法という技術についてコメントいただけませんか。
 
岡久部長 いい技術だと思います。特にこれから山間部など、従来のやり方では整備できない地区などでは大変に有効な技術です。これからは地域にあった整備手法を取り入れるべきで、一つの手法にとらわれるのではなく、様々な可能性を探っていく必要がある。土壌浄化法連絡協議会が大きく発展して行くことを期待しています。
 
――ありがとうございました。
 
(聞き手:遠藤 満雄)