愛知県豊田市下水道施設課長
小島郁夫氏

 日本が変わる、日本は変わらなければならない2012年(平成24年)の幕が開きました。あのいまわしい大震災から間もなく1年になります。日本にとって、いや世界にとって、そして人類にとって、この1年はいかなる年であったのか。もちろん結論はまだ出ていません。しかし、今までの歴史を根底から覆す問題点が次々と明らかになってきました。「原子力発電は人類に何をもたらしたか」という大命題を初めてとして、地震・津波の予知とその襲来を見込んだ災害対策の問題など、今まで「想定外」としていたことの根本的見直しも課題となっています。
 下水道に関して言えば、今まで莫大な費用とエネルギーを費やして作ってきた大規模な下水道施設が軒並み壊滅的な打撃を被ったことから、今までの下水道建設、および下水道行政が間違っていたのではないか、という根本的な疑問も提示されています。
 この根本疑問こそ、全国市町村土壌浄化法連絡協議会が、その創設以来、一貫して主張してきたところであります。ひところ(高度経済成長時代)、「大きいことはいいことだ」とか「重厚長大に価値がある」、とされた時代がありました。下水道も例外ではなく、大きく広く、という考え方で巨大な施設を作ってきました。原子力発電所の開発とも通じるような構図です。しかし、その考え方が間違っていたことは、今度の震災でいやというほど思い知らされたはずです。下水道は「小さく、分散して・・・」、「安く(建設費、維持管理費を含めて)、きれいに・・・」、「土壌の力を借りて(利用して)、自然に返す・・・」という考え方こそが、最重要なのです。そのすべての条件を満たすのが土壌浄化法です。
 この技術は決して新しいものではありません。いわばコロンブスの卵、気が付きさえすれば「なぁーんだ」と誰もが納得できる技術です。この技術と情報は、残念ながらまだ十分に行き渡ってはいません。われわれ「連絡協議会」の力不足を反省します。しかしあえて言わせていただけば、下水道に携わる人々の「大きいことはいいことだ」、「上が認める技術はいい技術」という保守主義、頑迷固陋とも言うべき固定観念が大きくのしかかっていた、ともいえるのではないでしょうか。それが今回の大震災で根本から再検討の必要に迫られています。
 我々は、今こそしっかりしなくてはならない、と2012年をいわば「土壌浄化法元年」とも位置付けて活動して行きたいと考えています。
 その第一歩が、このホームページの充実を柱として、情報発信を早く、正確に、豊かにしていくことだと考えました。

 新年2回目のホームページ更新の目玉は「新春インタビュー」と名付けて、全国各地の下水道関係者、土壌浄化法の第一人者などを訪問して、ご意見を伺うという企画です。
 1回目は、今、さまざまな意味で世界が注目しているトヨタ自動車の「城下町」、豊田市の小島郁夫下水道施設課長です。
 小島課長は昨年の大震災後に開催した「全国市町村土壌浄化法連絡協議会第12回全国大会」にもゲストスピーカーとして、豊田市の現状を報告していただきました。「その後の豊田市はどうなったか」を伺うため、豊田市を訪れました。


――昨年7月のお話では、豊田市も土壌浄化法の採用を検討している、という事でしたが、その後はどう進んでおりますか。
 小島課長 止まっております。あれから進んではいないのです。その理由はその後の世界、日本の経済情勢によるものです。
 市町村合併後の下水道をどうするか
−大きな課題に取り組む豊田市役所
下水道施設課は、今、プレハブに
借り住まい。世界の経済危機は、
市庁舎改築にも影響している。
――いきなり大きなお話ですが、もう少し分りやすく話していただけませんか。
 小島課長 ご存知のように円高、ユーロ安、ドル安はトヨタ自動車を直撃していますよね。豊田市はトヨタ自動車があっての市ですから、トヨタ自動車がどういう状態にあるかがもろに市の行政にも係わってきます。財政、行政がことごとくトヨタ自動車とかかわっています。企業からの税金が大きな収入源ですし、豊田市民はその半分以上がトヨタ自動車の関係者ですから、この人たちからいただく住民税も大きなものです。
 ちょっと大げさな言い方になりますが、豊田市はトヨタ自動車で成り立っているのです。
――それと下水道はどういう関係になるのですか。
 小島課長 今、豊田市は全体として財政を引き締める、という状態にあるのです。ですから下水道の建設もストップせざるを得ないのです。この経済状況はいつ改善されるのでしょうかね。
――なるほど、そういう事情ですか。これは世界の経済情勢の問題ですね。それはトヨタだけの問題ではなく、まさしくグローバルな大問題です。世界の情勢が改善されない限り、トヨタだけが良くなるという事はありえませんね。特に自動車産業というのは世界の経済情勢をもろに反映するものですからね。世界経済が大きな問題を抱え、曲がり角に来ているときに、日本は東日本大震災という未曾有の出来事があった。自動車産業も大きな打撃を受け、日本の自動車の生産が大きく落ち込みました。トヨタにとってプラスに考えられる要素というのは今のところ見つかりませんね。
 小島課長 豊田市の下水道を大局的に見れば、都市部の旧豊田市の下水道建設は終了しています。平成17年度に周辺部の4町2村が合併して「新豊田市」が誕生してからの問題です。この新しく加わった町と村は旧豊田市の東北部に広がる山間の町村です。当然下水道の整備は遅れています。技術的にも従来のような大規模に集めて、1箇所で処理するというやり方は、出来ません。こうした分散した山間部の下水処理は今までと違う方法、私はそれに土壌浄化法がもっとも相応しい、と考えたのですが、下水道計画そのものがストップしてしまいましたので、進もうにも進めなくなってしまったわけです。
合併浄化槽ではダメと力説する小島課長
――それでは旧町村の住民を差別する事になりますね。住民からの不満はないのですか。
 小島課長 当然該当地区の住民は不満でしょうね。それで最近起こってきている議論が「合併浄化槽」にしたらいいではないか、という考えです。これは一見正当な意見に思えます。しかし、これには大きな問題が潜んでいます。先ず合併浄化槽は下水道ではないということです。あくまでも個人の施設です。ということは行政は関与しない。せいぜい建設に補助金を出すとか、維持管理費の一部を補助する、とか言う事になります。公共下水道は個人がやるものではなくて、国や地方自治体、つまり行政がやるものです。ここを間違えると、それこそ将来に禍根を残す事になります。また技術の面から見ても合併浄化槽にはさまざまな問題があります。その大きなものの一つに維持管理があります。定期点検、維持管理は必須です。しかし、個人の施設となったら、その定期点検など維持管理は住民任せになるわけですから、住民の負担が発生しますし、本当に正しく維持管理されているかチェックする事もできなくなってしまいます。ですから僕の意見は「お金が無いから合併浄化槽で」という考えは棄てなくてはならない、というものです。
――ところがあの大震災の後、「下水道の復旧には合併浄化槽で」という声が大きくなってきて、被災地では、業者が走り回って合併浄化槽の売込みがすさまじい勢いで展開されていると聞きました。合併浄化槽の業界は政治力も含めて商売が上手なようですね。
 小島課長 下水道は今現在の市民生活と直接かかわるものですが、同時に50年、100年先を見越していかなくてはならないものだと思うのです。子孫のためにどういう施設を作るか、下水道関係者は今こそ真剣に考えるべきときです。
土壌浄化法と全国連絡協議会の発展を期待するところです。
――そこまで言っていただいてありがとうございました。 



 平成23年7月28日に行われた第12回全国大会にて小島課長が講演された際の資料
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<後記>
豊田市が世界の政治・経済情勢と直結している、という認識は、小島課長を訪ねるまで当方には欠落していた。でも言われてみればそのとおりである。豊田市は自動車産業の町である。今現在の世界情勢と繋がっている事はもちろんだが、自動車産業の将来を考えると、この産業の大テーマは「環境問題」である。そう遠くないうちに100年余り続いた「ガソリンで動く自動車」の時代は終わる。化石燃料の枯渇の時が来る事ははっきりしているし、化石燃料を使い続けることは、地球環境の破壊に直結するという大命題もある。トヨタ自動車は会社創立以来、化石燃料で動く車を作り続けてきたが、その有り様の根本が問われ始めているのである。ハイブリッド、電気、燃料電池など世界の自動車メーカーは、次世代の車をどう作るか、そしてその競争にどう打ち勝つか、を真剣に考え始めている。トヨタはその競争に勝ち抜かなくてはならない。豊田市の将来はそこにもかかっているのだ。
下水道事業と自動車産業は、ひとり豊田市だけの問題ではなく、日本人全体、いや少し大げさに言えば人類の未来がかかっている、といっても言い過ぎではない。と小島さんと話していて痛感した。