田中先輩のお悩み相談室



居残りで練習に付き合ってもらった田中に礼を言おうと振り返った影山は、豪快にTシャツを脱ぎ捨てたその背中に目を奪われた。
田中は気にせずポイポイと服を脱いき、「暑ちー」と言いながらパンツ一丁になった。パタパタと手で顔を扇いでいる。
そこでようやく、着替えもせずにじっと自分を見つめる影山に気付いた。
「何だァ?何見てんだよ」
影山が普段からその目つきの悪さ故、ただ見つめているだけでもガンを飛ばしていると捉えられてしまう。気の短い田中が相手だから、田中の方も眉間に皺を寄せ下からなめるように睨み付けてきた。
そんな田中に敵意はないと示すように、影山が口を開いた。
「いや、この前菅原さんが……」

***

最近、部室でみんなで着替えているときに妙に視線を感じる。誰が見ているんだと不機嫌に周りを見渡せば、ボーッとこちらを見る菅原と目が合った。菅原は目が合うと肩をびくっと揺らし一瞬焦った素振りを見せたが、すぐに笑いかけてきた。その笑顔に何かを誤魔化そうとする胡散臭さを感じながらも、まあ菅原なら別に良いかと気にせず着替えを再開した。

そんなことが何度か続いた後、その日は隣で着替えていた菅原が、Tシャツを脱いで剥き出しになった肩や二の腕に突然触れてきた。
「?どうしたんスか?」
「えっ」
声をかけるとハッとしたように顔を上げる。なにやら真剣な顔をしていたし、深く考え込んでいたのかもしれない。俺の体が何か?という思いで影山が聞くと、慌てたように口を開く。
「あ、えっと……き、筋肉がね」
「え?」
言われ、自分の体を見る。
「あ、いや、もちろん筋肉はついてるんだけどね?やっぱりまだちょっと細いかなーと。影山だけじゃなく、1年みんなそうなんだけど」
妙な早口でまくし立てる。ただ、内容は納得できた。たしかにこの間まで中学生だった体はまだ発達途中だ。月島なんかもタッパはあるが、大地などの3年生と比べるとやはりまだ体が出来ていないと感じる。
「まあ、俺が言えることじゃないんだけど」
そう言うが、細く見えて意外としっかり筋肉のついている菅原だ。2年の差はでかいよなあと改めて思う。
そして、これで今までの疑問が一つ解けた。
「それで最近着替えてるの見てたんスね」
「!!」
「もっと筋トレとかした方がいいとか?」
聞くと、慌てた様子で言葉を探す。
「あ、いや、部活でもやってるし、やり過ぎもよくないって言うし、ほどほどでいいんじゃない?焦っても怪我の元だし」
「それもそうっすね」
とりあえずは今のままで良いか、と呟く。
そこで会話は終わり、再び着替え始めた。

***

「ってことがあったんスよ」
「ほお」
田中はふむ、と頷いた。
「それでこの俺の素晴らしい筋肉に見惚れていたと」
「……」
そこは無表情でスルーする。
「ま、確かに1年はまだひょろっちいかもな。でも日向も影山も、結構うまく筋肉ついてると思うぜ?」
「そっすか?」
「俺には敵わないけどな!」
「……」
「しかしスガさんもさすが副主将って感じだな。そんなとこまで見てんのか」
特に影山は同じセッターだから心配されてるのだろうか。それとも『王様』だから?
ぼんやりとそんなことを考えながら影山もTシャツを脱ぎ捨てた。



それからしばらく後。烏野高校バレー部では(エセ)プロレスごっこが流行っていた。
休憩時間になると1,2年が転がり回りながらじゃれ合っている。先頭切ってイキイキと獲物を探しているのは田中だ。もちろん手加減はするが、あの顔で迫られるとそれだけで怖い。今は日向が犠牲となりギブギブと手足をばたつかせている。
そんな日向に「ギブはねえ!」と叫びつつ、田中は視界に入った光景に一瞬眉を寄せる。
(ん?)
壁際で珍しく菅原がプロレスごっこに参加していた。いつもは大地と菅原は、立場上田中たちのこの遊びを見逃すという形で傍観し、ヒートアップしてやりすぎそうになるときには止る役目をしていた。
その菅原が一緒になってじゃれ合っている。珍しいなと思い相手を見ると、菅原は影山の首に手を回していた。
ただしそれは、田中の一応はしているという程度の手加減などの比じゃなく。手をこれ以上ないというほど抜いて、もはや技をかけるというより抱きついているといった方が正しい気がする、と遠目でも思う。
スガさんは何がしたいんだ……と思いつつも、なんだか妙に楽しそうで顔を赤くして笑っているし、影山もどう反応して良いか分からないのか妙に大人しい。
大地さんは、と視線を巡らすと、いつものように部員を見守りつつもその視線は主に菅原と影山に向けられているようだ。嬉しそうな寂しそうな、例えるなら娘の成長を喜びつつも若干の寂しさも感じている父親の表情といったところか。
なんだか大地にも菅原にも不可解なところを感じる。違和感というのだろうか、今までとは違うような……

「た、田中さん、マジでギブ……」
知らない間に力を入れすぎていたのか、腕の中の日向が泡を吹きそうな勢いでギブアップを訴えてきた。
「やべ、ワリィ!」
慌てて手をほどいて日向の背中をさすってやる。

しかしなんだか妙なものを見たな、と田中は首をひねった。



そんな田中のささやかな疑問は、ある日の昼休みに解決することになる。

昼休み、弁当を食べ終わり昼寝場所を探しながら中庭をウロウロし、ちょうど良さそうな木陰を見つけ座り込んだときに遠くから菅原の声が聞こえた。
「あれ、影山?」
「菅原さん」
「何?飲み物買うの?」
「ッス」
木の陰から顔を出すと、自販機の前に菅原と影山がいる。背を向ける形になるので向こうからはこちらは見えていないようだ。
「影山が好きなのってヨーグルトだっけ?」
「え?はい」
菅原は返事を聞くと、ポケットから小銭を出しボタンを押した。出てきた紙パックを影山に差し出す。
「最近、田中と居残って練習がんばってんだろ?ご褒美」
「あざっす!」
にっこり笑って言う菅原にやっぱりスガさんは優しいなあと思っていると、「あ、でも」と何かを思いついたように菅原が手を引っ込めた。
「影山からお礼がほしいかな」
「お礼?」
「うん。えーと、ちょっと目閉じて」
ヨーグルトに釣られているのか素直に目を閉じる。菅原は辺りを見回し人がいないのを確認すると、
影山の額にキスをした。

(ええええええええ!!??)
ばっちり目撃してしまった田中は動揺を隠せない。叫び出さないように思わず自分の口を両手で覆った。
そんな田中の様子など知るはずもない2人は何事もないように会話を続けている。

「……もう目開けて良いよ」
「??」
影山は額をさすりつつも何が起きたのか分かっていない。
「はい」
菅原が影山の手に紙パックを握らせる。
「え?お礼はいいんすか?」
「うん、もうもらったから」
「は?」
眉間に皺を寄せ訳が分からないという表情の影山に「じゃあ部活でな」と声をかけ、菅原はその場を離れこちらに向かってくる。

(ヤベッ)
慌てて身を縮めて隠れるが、真っ赤な顔を掌で覆い早足で歩く菅原は回りなど何も見えていない様子だった。
そんな菅原の背を見つめながら、先ほどの光景を思い出す。
(え、え、え、キス、だよな……?デコだけど。え、なんでスガさんが影山に??)

グルグルと考えていくうちに、この間の部室での話や休憩時間のことを思い出す。
(そういやあれも……)
ということは。

あまり頭のよろしくない田中は、それでも勘は悪くない。そして思いこんだら一直線というタイプだ。

(そ、そういうことだったのか……ッ!)
眠気なんてぶっ飛んだ田中はガバリと起き上がり、導き出した結論に1人震えた。



その日も田中は影山の居残り練習に付き合った。そして部室で着替え終わった後、神妙な顔で影山に向き合った。
「影山」
「?何スか」
「俺は大地さんもスガさんも、3年の先輩はみんな大好きだ」
真剣な顔で恥ずかしげもなく言ってのける田中に影山の方が引いてしまう。
「それで」
そんな引き気味の影山にぐっと顔を近づける。
「おまえも可愛い後輩だ」
面と向かってそんなことを言われると思わなかった影山は思わずぽかんと口を開けた。
「そりゃあ生意気だし口悪いし、偉そうだしムカつくことも多いけど、俺らにとっては初めての後輩だしな」
田中の褒めてるんだかけなしてるんだか分からない物言いにムッとしつつも、田中は日向との早朝練に付き合ってくれたり、今もこうして一緒に残ってくれている。その面倒見の良さに助けられているし、感謝もしている。だから文句は我慢した。

しかし田中はクッと顔をそらすと絞り出すように言った。
「だから悩むが……個人的な心情としては、どうしても1年の長さの分、スガさんを応援したくなるワケよ。あの人が色々気を遣ったり、苦労してるのも見てきたしな。幸せになってほしいっつーか」
「は?」
正直、田中が何を言いたいのか分からない。一体田中の頭の中では何がどうなっているんだ。どうして急に菅原が出てくるんだ。
影山は何言ってんだこいつは、という思いで田中を見つめる。しかし完全に自分の世界に入っている田中には何も通じない。

「っつーわけで」

肩をがしっとつかまれ、顔をグッと寄せて言われた。
「覚悟を決めろ」

なんだかとてもシリアスな雰囲気になっている。が。
「何の話なんすか」
ずっと置いてきぼりの影山がイライラしながら聞くが、田中にその声は聞こえないようだ。
「スガさんは優しいからな」
そう言って影山の背をバンバン叩くのみ。
いい加減切れた影山は、「お先ッス!」と叫んで部室から、いや、田中から逃げるように勢いよくドアから飛び出した。






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