大地さんのお悩み相談室



昼休みトイレに行った帰りに、大地は窓枠に肘をつき大きなため息を吐く菅原を見つけた。

「はあぁぁぁぁぁ」
「何だ、悩み事か?」

隣に立ち問いかける。菅原はこちらを向くと「大地……」と弱々しく呟いた。
「だいぶ悩んでるみたいだな」
その弱り切った顔を見て苦笑する。
「何なら相談に乗るぞ?」
バレー部主将として、だけではなく、大切な友人として、菅原に悩みがあるなら力になってやりたい。それが部活関係だったら尚更だ。
「んー……」
大地の言葉に一瞬躊躇するような素振りを見せた菅原だが、「ま、大地なら良いか」と振り切るように顔を上げる。

「影山のことなんだけど」
そう切り出された話に、大地はやっぱりと思う。菅原は同じセッターの1年が入り大分喜んでいた。強い奴と争いたくないと言いつつも、同じポジションに後輩が入るのはやはり嬉しいものだ。それがあの有名な「王様」でも。
しかし菅原の次の言葉に思わず絶句した。

「俺、影山のことが好き、かも」


「…………そうか」

一瞬思考が停止したが、なんとか声を絞り出す。菅原を見ると、顔を真っ赤に染めている。
「……その、好きって言うのは、後輩として、じゃないんだよな?」
その顔を見れば一目瞭然だが、念のため確認する。案の定菅原は真っ赤な顔のままこくんと頷いた。

「最近さ、部室で着替えてるとき、つい影山を目で追っちゃうんだよね」
バレー部は強豪だった頃の名残で1年から部室を使える。よって着替えも1年から3年まで一緒だ。
「まあ、そういうこともあるよな」
大地も部員の体調や成長をチェックするため着替え中の身体を見ることがある。特に心配な奴は無意識に目で追ってしまうこともある。しかし菅原の目線の意味はそういうこととは違うのだろう。そこまで頭が回らないあたり大地も予想外の菅原の悩みに未だ動揺を隠しきれない。

「ついにこの前着替え中の影山の体、触っちゃったし」
「え!?」

はあぁ、とまたもや大きなため息を吐く菅原を思わず勢いよくふり返る。
「あ、いや、触ったっていっても肩とか腕とかだよ!?」
その大地の反応にびくっとした菅原が手を振りながら弁明する。
「怪訝な顔されたから筋肉チェック~って誤魔化しちゃった」
はは、と困ったように笑いながら言う。ああ見えて意外と素直な影山のことだ、あっさり納得しただろう。

しかし。
「その、変なことを聞くけど」
「うん」
「なんで影山なんだ?」

菅原とはセッターという共通点があるものの、特別菅原が恋をする要素があるとは失礼ながら思えない。最初は実力はあるけど口の悪い生意気な奴、という印象だったし、あれで案外素直だったり天然だったりする一面が見えて可愛い後輩と思えてきてからも、それはやはり「可愛い後輩」止まりだ。菅原が影山を、というのは素直に疑問だった。


ぶっちゃけ、菅原はモテる。顔は良いし、性格も優しくて穏やかで、烏野の正セッター。女子からの人気も高いし、よく告白もされている。その中の子と付き合ったこともある。詳しくは知らないが、菅原の行動からそうなんだろうな、という時期があった。

だが、菅原から誰かを好きになったという話を聞いたのは初めてだ。そういう話を聞けるのは嬉しいが、まさか相手が男、しかも同じ部活の後輩とはさすがに驚いた。菅原の性格からして、好きだと認めるまでに相当な葛藤があっただろう。それをこうも言い切ったのだから、もう俺に言えるようなことはないはずだ。しかし、ただ単純に、気になる。
「あー、なんでだろうなあ」
困ったように笑いながらも、その顔は楽しそうだ。

「最初は口の悪い奴だな~って思ってたんだよ。でもさ、なんか一緒にいる内に意外と幼い面とか見えてきて、結構可愛いじゃんコイツって思うようになってきて……」
頬を紅潮させて話す菅原の目はキラキラと輝いている。

「気がついたら目で追うようになってた。最初は同じポジションだし、あの王様だし、だからかなって思ってたんだけど、そのうち触りたいって思うようになって、挙げ句夢にまで出てきて……」

その夢の内容については突っ込まない方が良いんだろうな、きっと。

「で、あ、俺影山が好きなんだ、って気付いたら妙にすっきりしたんだ。なんかそれがすごく自然なことに思えたっていうか」
影山のことを話す菅原は幸せそうだ。そんな親友を応援しないはずはないだろう。
「そっか。うまくいくといいな。応援する」

大地がそう言うと、菅原は心底ほっとした顔をした。
「よ、よかったぁ~。俺、大地に話すの相当勇気いったよ」
「そうか?」
気付かなかった。
「だって、もし俺の気持ちを否定されたり、気味悪がられたらどうしようって思ったもん。大地はそんなことしないって分かってたけど、やっぱりちょっとは不安だった」
こんなに信頼されていると知り、大地は何となく胸がくすぐったくなった。菅原の信頼を裏切らなくてよかった。そして何より、大地を信頼して全てを素直に話してくれたことが嬉しかった。
「俺がスガのこと信じないわけないでしょ~。何年チームメイトやってんの」
安心させるように頭をぽんぽんと叩く。菅原がニッと笑った。
「さっすが主将!ありがとうな」

肩の荷が下りた、という顔で菅原が笑う。
その時、窓の下に中庭を歩く影山の姿が見えた。後ろからついてくる日向となにやら言い争っている。

「あ、影山」
「えっ」

菅原がバッと窓の下をのぞき込む。そして影山の姿を認めると頬を緩めた。

「あー……可愛い。キスしたい」
「えっ」

今度は大地がバッと菅原をふり返った。
菅原はそんな大地は気にせず、愛おしそうに遠ざかる影山の姿を眺めていた。

(そ、そんなに可愛いか……?)

首をひねりながら同じように影山を眺める大地の頭を、『恋は盲目』という言葉がよぎった。






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