いとし、いとしと言う心



青い空が広がる土曜日。
今日の練習は午前のみで、練習を終えた部員たちは各々片付けや着替えを行っていた。

体育館にモップをかけていた影山は、方向転換をしようと立ち止まったときに後ろから肩をたたかれ振り向いた。
「影山さ、今日このあとヒマ?」
ジャージを抱えた菅原が影山の顔をのぞき込む。
「別に予定はないスけど」
「じゃさ、デートしない?」
にこっと悪戯っぽく笑いながら言われ、影山は「でーと?」と訝しげな表情をした。

そんな影山の表情に苦笑しながら、菅原が弁解するように言う。
「今日色々買いたいものがあるんだけど、大地も旭も予定合わなくてさ。付き合ってくんない?」
「そうなんですか」
大地や旭の代わりということかと納得し、でもなんで自分なのだろうと首をひねる。
「俺でいいんですか?」
「俺は影山と一緒に行きたいから誘ったんだよ」
力を込めて、噛みしめるようにゆっくりと言った。

菅原は、バレーに関しては自信を持っているくせにこういうときに戸惑う影山を歯がゆく思う。中学時代の経験が根を張っているのだろうが、こういう影山を見ると「もっと自信を持てよ!」と背中を叩きたくなる。普段バレーに関しては自分が背中を叩かれることも多いのだが。
だからだろうか、同じポジションということもあるが、妙に影山を構いたくなる。先輩に対して臆さず自分の意見をはっきり言いながらも、どこか遠慮しているように見える影山は、先輩への普通の接し方がわからないのかもしれない。
そもそも「普通」が何かなんて菅原にも分からないのだが、甘えたり頼ったり、そういった自分たちが当たり前にやってきたことを影山は怖がっているような気がする。
たしかに生意気だし口も悪いけど、俺たちにとっては可愛い可愛い後輩なのに。

だから、安心させるような言葉を敢えて選んだ。
影山は菅原の言葉を聞くと「じゃあよろしくお願いします」と頭を下げた。表情はあまり変わらないのに、目の輝きや上気した頬で嬉しそうだなというのがわかり、誘った菅原の方も嬉しくなる。
「んじゃ、家帰って飯食って、2時に駅前集合な」
「はい」
こんな、先輩後輩なら普通であろうことが影山にとっては特別に嬉しいことなのだろうと思い、これで喜ぶのならいくらでも誘うのに、と菅原は思う。
ともあれ、今日これからのことを思うと自然と顔がにやける。何を着ていこうかと、本当にデートのようなことを考えながら鼻歌交じりに部室へ向かった。



「影山、おまたせ」
「菅原さん」
待ち合わせする人でごった返す駅前で、そわそわしながら待っている影山に声をかけると安心したような表情を見せる。いつもはジャージか制服なので、私服の影山を見るのは新鮮だ。思わずまじまじと見ていると、影山が感心したように言った。
「菅原さん、オシャレですね」
「えー、そう?」
何を着るか悩んだ末、結局シンプルなカーディガンとベージュのパンツにした。旭と買い物に行ったときに選んでもらい買ったものだ。旭はセンスが良く、見立ててもらったものを着ていくと褒められることが多い。旭自身もいつもオシャレだ。
「旭に選んでもらったんだ。1年はあんま見たことないかもしれないけど、旭ってすごいオシャレなんだよ」
「そうなんですか」
「つーか影山もカッコいいじゃん」
「いや、俺はバレー以外は興味なくて」
もごもごと恥ずかしそうに言う。たしかにファッションに強いこだわりがあるわけじゃないだろうが、パーカーに黒いパンツというシンプルな格好でも影山が着るとそれなりに見える。スタイルが良いって得だよなと菅原はしみじみと思った。
「今日さ、影山の服も買おうな」
「え!?別にいいですよ」
「俺が選びたいの!」
自分好みの服を影山に着せるなんて、想像しただけで楽しそうじゃないか!菅原は焦り戸惑う影山は無視して、自分の思いつきに満足げに笑った。

「とりあえず、スポーツ用品店行きたいから付き合ってくんない?」
「いいっすよ」
二人で並んでだらだらと歩く。学校からの帰り道以外を二人で歩くのも新鮮だ。
「何買うんですか?」
「んーとりあえずスプレーと、あとテーピングとかも見たいな。シューズも」
最初は少し緊張しているようだった影山も、いつも通りの会話をしていくうちに表情が柔らかくなってきた。その様子に安心しつつ、菅原は影山が楽しんでくれるといいなとそっと思った。


「よし、必要なものは買ったし、今度は影山の服だな!」
「え、本当に買うんすか?」
「買うよー!ちなみに影山、お金どれくらい持ってきた?」
「これくらいです」
「よし、じゃあとりあえず色々見て回るか」
正直センスにそんなに自信があるわけではないが、「影山に着てほしい服」ならたくさんある。「影山が着るとカッコいいだろうな、と思う服」も。
「影山、覚悟しとけ」
にっこり笑いながら、これから散々マネキンにするぞ宣言をすると、影山は眉間にしわを寄せながらも渋々頷いた。

「なあ、今度はこれ着てみて!あ、これも」
「……まだ着るんですか」
色々な店を覗いたり試着したり試着したり。値札ともにらめっこしながら、次々に影山に洋服を渡していく。影山は試着室で先ほどから一人ファッションショーを繰り広げている。
「あ、ピンクも意外といけんじゃない?でもさっきの水色の方がよかったかなー」
真剣な表情で舐めるように全身を見られ何だか居心地が悪い。しかも菅原が選ぶ洋服は普段影山が自分では選ばないようなものが多く、気恥ずかしい。
「影山はどう思う?」
「……もう、なんでもいいです」
菅原さんの好きにしてください、と丸投げした。

結局、黒のポロシャツや柄物のパーカー、えんじ色のパンツなど、菅原のお眼鏡に適った何点かを購入した。買い終わると影山はぐったりと疲弊しきっていた。
「ごめんな、疲れただろ?どっかで休もうか」
「はい」
疲れ切った影山とやりきった菅原は近くにあったカフェに入ることにした。
「じゃあ、俺注文しとくから影山は席取っといてくれる?」
「わかりました」
「影山、なに頼む?」
そう言われても、こういう店にはあまり来たことがない。メニューを見てもよくわからず、すぐに諦めた。
「菅原さんと同じので」
「なんかプレッシャーかかるな……わかった、じゃあ適当に頼んどく」
「お願いします」
菅原に頼んでおけば大丈夫だろうという信頼感もあるが、菅原の好きなものを知りたいという好奇心もあった。菅原が選んだものなら、自分もきっと好きになれるような気がする。

そこそこ込んでいる店内を席を探しながら歩いていると、いやな人物を見つけてしまった。
「げ」
つい声が出てしまったらしい。声が聞こえたのかこちらを向いた人物と目が合った。
「トビオちゃん」
自分を見つけると、及川は目を細めた。おもちゃを見つけたときの顔だ。反射的に顔をしかめると、ちょいちょいと手招きをされる。行きたくなかったが、ここで時間を食うと菅原を巻き込むことになる。それは避けたいと、仕方なく及川の方へ歩いて行った。
「どーも」
「久しぶりだね。元気そうじゃん。なに、今日はデート?」
そんなわけはないと確信していながらわざわざこういうことを聞いてくるところが及川らしいと思う。
「及川さんこそデートですか?」
「もちろん」
質問に質問を返したことにそれほど腹を立てた様子もなく、及川は本心の見えない笑顔を浮かべている。
「そっかー、トビオちゃんもデートとかするようになったんだね。相手は彼?」
スッと指をさした先にはトレイを持った菅原がいた。菅原も及川と影山に気付いたらしい、険しい顔をしている。
「たしか彼3年生だよね。先輩とデートとか、中学の時じゃ考えられなかったのにね」
思わず唇を噛む。菅原はどうしたらいいか迷っていたようだが、トレイを持ったままこちらに歩いてきた。
「どうも。及川さんでしたっけ」
「そっちは飛雄の先輩だよね。菅原クン?だっけ?」
「そうです」
「一緒に遊ぶなんて仲良いんだね。よかったじゃん、トビオちゃん」
影山に笑いかけるが、その目は笑っていない。
「中学の時はあんなに嫌われてたのにね」
「ちょっと!」
影山の肩がびくっと揺れ、思わず菅原が大きく声を上げる。そのまま菅原は言葉を続けようとしたが、その声は女の子の甘ったるい声に遮られた。
「ね~トオルくん。いつまで話してるのぉ?」
「もう行くよ、ミキちゃん」
気がつくとカウンター近くにピンクの服を着た女の子がいて、不機嫌そうな顔で腕組をしている。どうやら及川のデートの相手らしい。
「じゃあね。またね、トビオちゃん」
片手を上げると及川はさっさと女の子のところへ行ってしまった。完全なる言い逃げだ。人のことを引っかき回すだけ引っかき回してさっさと自分は逃げるのは、中学の頃から及川の得意とするところだ。
残された菅原と影山は、もやもやとした気持ちのまま近くの席に座った。

「すみません菅原さん、嫌な思いさせて」
「なんで影山が謝るの?俺がムカついたのは及川にだよ」
「……すみません」
「だから影山は悪くないの!ていうか俺こそごめん。影山があんな言われ方してるのに何も言えなくて」
「いえ、菅原さんが庇ってくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
「ヤなやつだな、及川って」
「性格悪いっすよ」
「くそー」
頭をガリガリとかくと、菅原は「ま、終わったことはしょうがない」と言って顔を上げた。
「飲みもんこれでよかった?」
「ありがとうございます」
菅原に渡されたカップにストローをさす。飲んでみると、ほのかに甘い味がした。
「ヨーグルト……?」
「そう。なんか新発売なんだって。影山よくパックのヨーグルト飲料飲んでるじゃん?好きなのかなって思って。よかった?」
「はい、おいしいです」
「よかった」
そう言って自分も同じものを飲み「お、なかなか美味いな」と嬉しそうな菅原を見て、影山は口元が緩みそうになるのを必死に抑えた。
菅原が、自分の好きなものを知ってくれていた。自分が菅原の好きなものを知りたいと思ったように、菅原も影山の好きなものを知ろうとしてくれていた。
そのことがとても嬉しくて、緩んだ口元や赤くなったであろう顔を隠すために横を向いた。

「影山、疲れただろ?ごめんなー引っ張り回して」
「いえ。服いっぱい着るのは疲れましたけど」
「だよなぁ。しかも色々買わせちゃったし」
「や、俺、あんま服とか持ってないし買いに行ったりもしないんで、むしろ有難かったっす。選んでもらってありがとうございます」
「選んだっつっても俺の趣味だけどな」
影山の足元には紙袋がいくつも置いてある。すべて菅原が選んだものだ。
「なあ、今度また遊ぶときにそれ着てきて?」
ふと思いついて言ってみると、影山は目を丸くした。
「また遊んでくれるんですか?」
「当然だろ!」
先ほどの及川の言葉を思い出す。影山の過去は消せないけれど、新しい思い出をたくさん作ってやりたい。楽しい記憶で塗り替えてやりたい。
菅原は、そうやって積み重ねていく思い出の中に自分の姿もあればいいな、と思った。

「今度は影山が俺の服選んでよ」
悪戯っぽく言うと、影山は大真面目な顔で「がんばります」と言った。
「今日、すごい楽しかった。影山、ありがとう」
大地も旭もいないし、せっかくだから影山ともっと話してみたいと思って誘ったが、予想以上に楽しかった。くだらない話をしながら歩いたり、色々な服を見てあれこれ言い合ったり、どれもこれもすごく楽しい。
「俺も、すごい楽しかったです!」
影山も目を大きく開いて少しでも気持ちが伝わるように大きな声で言う。その必死な様子に思わず菅原は笑ってしまう。飼い主に必死に尻尾を振るペットのようだ。
「あの、またいっしょに遊んでください」
「もちろん!」

部活や学校で一緒にいるときとは違う姿を見て、もっと影山のことを知りたいと思った。もっといろいろな所に行って、色々な話をしたい。

こういう気持ちってなんて言うんだっけ?

ぼんやりとした自分の気持ちにうまく名前を付けられないまま、菅原は目の前の後輩に笑いかけた。






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