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へそからスイカ 今日も今日とて蝉がうるさい。短い生を主張し続けるようなその声にうんざりしながら菅原は部室への道を歩く。じりじりと照りつける太陽に体力が奪われていくようだ。やっと部室へ辿り着くと、まだみんな来ていないようで影山が一人で着替えていた。
「おース」 「ちわス」 「あれ、影山一人?」 「はい」 窓は開いているものの熱がこもって部室は暑い。噴き出す汗を鬱陶しく感じながら自分も着替え始めると、ふと影山が着替えの途中、上半身裸のままじっと俯いているのに気がついた。怪訝に思い様子をうかがう。 具合でも悪いのかと声をかけようとした時、俯いたまま影山の手がそっと自分のへそを撫でるのを見てようやく思い出した。 「ぶっ!」 思わずこらえきれずに噴き出す。菅原のその声に驚いたのか、考え込んでいる様子だった影山が顔をあげた。不思議そうにこちらを見つめる影山に悪いとは思いながらも我慢できなくて、体をくの字に折り曲げて肩を震わせる。 「菅原さん?」 「っ、ごめ……」 影山に心配そうに声をかけられてもなかなか笑いをおさめることができない。声を押し殺してひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いながらようやく影山に向き直る。 「大丈夫っすか?」 「悪い、影山。うん、もう大丈夫」 菅原がここまで笑ったのには理由がある。先日、部活帰りに烏養が部員みんなにスイカをご馳走してくれたことがあった。甘くみずみずしいスイカを夢中で貪ったのは記憶に新しい。 大量のスイカにテンションが上がった田中たちとスイカの早食い競争なる馬鹿げたことを行っていた影山は、そのときスイカの種を吐き出さずに飲み込みながら食べていたらしい。それに目を付けた月島が影山にある話を吹き込んだのだ。 ――スイカの種を飲み込むと、へそから芽が出てそれが成長してスイカができるんだよ。そのスイカに栄養を吸い取られてミイラになるって……知らないの? 馬鹿馬鹿しい話だ。こんなの今時小学生だって信じないだろう。 しかし、影山は信じてしまったのだ。それは月島の話し方であったり、田中の協力(という名の悪ノリ)であったり、田中に言いくるめられ日向までも月島の側に付いたりといろいろ要因はあるのだが、結局は影山が素直で単細胞だということに尽きるだろう。 「影山、へそから何か出てきたの?」 「いえ、まだ大丈夫です」 緩みそうになる口を必死に抑えながら問いかけると、不安そうな顔をして影山が答える。先ほどからへそを気にしている影山はまた自分の腹を撫でた。 「いつ芽が出るんですかね」 ぽつりと呟かれた言葉に肩が震える。笑いをこらえるあまり歪んだ顔を見られないように俯くと、早口で告げる。 「個人差があるらしいけどね」 これも月島が言っていた話だ。全く、よくぞここまでぬけぬけと嘘で塗り固められるものである。 「菅原さんはこれ治す方法知ってますか?」 ようやく普通の表情を維持できそうになったので顔をあげると、縋るような影山の視線とぶつかった。影山は本気で悩んでいるらしくその表情は険しい。散々笑っておいて何だが、ちょっと影山が可哀想になってきた。 「うーん」 「あの、何でもいいんで知ってたら教えてください」 影山の必死な姿にほだされてしまう。かわいい後輩にこんな風に頼られたらどうにかしてやりたくなってしまうではないか。月島ももう十分満足しただろうし、そろそろ助けてやってもいいだろう。 「うん、わかった。俺がなんとかするべ」 「え!」 影山の瞳がきらきらと輝く。一瞬罪悪感やらときめきやらで複雑な気持ちになるが、振り払ってシャツを脱いだ。たった今思いついたばかりの方法だが、きっと影山には有効だろう。 お互い上半身裸のまま向かい合う。そっと手を伸ばして影山の腹を撫でると驚いたように体が跳ねた。構わずへその周りをさわさわとさする。 「へそ、なぁ」 「どうするんですか?」 腹を触られ少しくすぐったそうにしながら不安と期待の入り混じった目で見つめられる。影山を安心させるように微笑むと、影山の背に手をまわして抱き寄せた。腹と腹をぴったりとくっつける。 「え、菅原さん?」 戸惑ったような影山の声を耳元で聞きながら、ぎゅうと腕に力を込めた。影山の体温を肌で直に感じる。ひとしきりそれを堪能したあと、突然のことに体を固くしている影山の背中をぽんぽんと叩くと一度離れた。真面目くさった顔で告げてみる。 「あのな、影山。こうやってへそとへそをくっつけて、俺が影山の種を吸い取ってやる」 「そんなことできるんですか!?」 「ああ。俺ならお前を助けてやれるんだ」 「菅原さん……!」 自分で言っててちょっと、いやかなりどうかと思うが、影山は尊敬するような眼差しで見つめてくる。これを信じるのかと内心呆れながらも最後まで続けてみることにした。 「でも、そうしたら菅原さんがやばいんじゃないっすか? 菅原さんのへそから芽が……」 「ん、平気。18歳以上は大丈夫なんだ。芽が出る前に自分で抑え込めるんだよ」 「そうなんですか!?」 すげー、と素直に感心している影山に生温かい視線を送る。本当にこれが高校一年生か。いいのか、それで。しかし菅原はこんなチャンスをみすみす見逃すつもりはなかった。 「じゃあ、もう一回」 再び影山を抱きしめる。菅原の言葉をすっかり信じているようで、今度はおずおずと影山からも手が回ってきた。へそとへそをくっつけるとぴったりと肌を合わせて抱き合うことになり、重なった胸から影山の鼓動が聞こえる。たまらなくなってぎゅっと力を込めて抱きしめた。 「俺さあ、影山のことが不安だよ」 「え?」 ぽつりと吐き出す。この単細胞な後輩は何でもかんでも信じてしまう。いつか騙されてひどい目にあうんじゃないかと心配になるが、よくよく見てみると誰の言うことでも無条件に信じるわけではないらしい。月島などの言葉はまず疑ってかかっているようだ。 だが先輩、特に菅原の言うことは素直に信じることが多いと気づいたとき、なんともいえない感情が込み上げてきた。単純で馬鹿で愛しい子。 俺以外に騙されないで、という言葉は胸の内に呑み込んで、そっと耳元で囁いた。 「でもそんな影山が好き」 自分でも驚くくらい甘い声だった。 そのとき、部室のドアが勢い良く開いた。 「オース」 入ってきたのは東峰だ。靴を脱ぎながら部室の中に視線を向け、状況を認識した瞬間固まった。部室では同級生と後輩が半裸で抱き合っていたのだ。 「わわ! ご、ごめん!」 とんでもない現場に立ち会ってしまったと慌てて出て行こうとする東峰に菅原が呆れた声をかける。 「おい、誤解するなって。これは俺、影山を助けてんの」 「は? 助ける?」 今の光景と『助ける』という言葉が結びつかない。東峰がぽかんと口を開けていると、やれやれといった様子で菅原が説明を始めた。 「お前も知ってるだろー。ほら、影山この前スイカの種飲んでへそから芽が出るとか騒いでたじゃん。あれを治してやってたの」 「は? 治す?」 菅原に説明されても相変わらず訳がわからない。たしかにこの間影山は月島や田中にからかわれていた。あの話を影山が信じ込んでいるらしいというのも知っている。だが、それを治すとは? ていうか何で半裸で抱き合ってるんだ? 東峰がぐるぐると悩んでいると、影山が目を輝かせて東峰に教えた。 「菅原さんが俺の種を吸い取ってくれてたんです。こうやってへそとへそくっつけると吸い取れるって……」 それでやっと何となくだが話が飲み込めてきた。つまり菅原は、この状況を利用して楽しんでいたらしい。 「旭も知ってたよな? この方法」 にっこりと菅原に微笑まれ東峰はこくこくと頷いた。今の菅原に逆らってはいけないと本能が告げている。 「よ、よかったな影山。もう平気なんだろ?」 「はい! 菅原さんのおかげです」 「大したことじゃないけどなー。影山が安心したならよかった」 菅原はにこにこと影山の頭をなでる。東峰は複雑な思いでその様子を眺めていた。 「あざっす!」 Tシャツを着た影山は勢い良く礼を言うと「お先です!」とこれまた勢いよく部室を出て行った。心配事がなくなったからかその足取りは軽い。 二人きりになった部室で、東峰がため息をつきながら菅原に言った。 「あんまりからかうなよー」 「だって可愛いだろ」 菅原は悪びれずに言う。影山は菅原のことを信じ込んでいるようだが、もうちょっと気をつけろと教えてやりたい。 だが自分がそれを言ってもどうにもならないことは分かっている。二人がそれでいいなら他人がとやかく言うことではないのだ。きっと菅原は影山に気付かせないようにうまくやるのだろう。 「スガってさあ……」 言いかけて、結局やめた。きっと菅原は、自分のことは一番よく分かっているはずだ。にこにこと楽しそうな菅原を見ると毒気を抜かれてしまう。 タイミングが悪い自分を呪いながら東峰は先ほどより大きなため息をついた。 |