ハロウィン小話



 先ほど一緒に歩いてきた商店街はすっかりハロウィン一色だった。ハロウィンというイベントを意識し始めたのも、実はつい最近のことだ。カボチャのお化けを見るたびにカボチャスープを飲みたくなってしまうのは当然のことだと思う。しかしそれを菅原さんに言うと「お前はほんと、そういうとこ色気がないよな」と呆れられてしまった。カボチャスープは美味いのに。

 俺はハロウィンに興味など無いが、今年の菅原さんは妙に張り切っている。菅原さんの部屋に着くとどこからか紙袋を持ってきた。「じゃーん」と取り出したそれは、どうやら何かの衣装のようだ。黒を基調にして背中に小さい羽のようなものが付いている。尖った角の付いたカチューシャもセットになっていて、これは……悪魔か?
「何ですか、これ」
 嫌な予感がして眉間に皺を寄せながら問うと、「なんかなー、小悪魔? のコスプレ衣装」とあっさり返ってきた。衣装を手にうきうきと楽しそうである。
「菅原さん、こんなものも持ってるんですね……」
 そういえばこの人は女子高生の制服だとかナース服だとかも持っている人だった。どうやら菅原さんはこういうコスプレ的なものが好みらしい。多少マニアックだとは思うが、菅原さんが楽しいならまあいいかと思う。結局、俺もそれだけ菅原さんに惚れているのだ。
「まあ俺が買ったワケじゃないんだけどな。でもせっかくあるんだし、影山着てみない?」
 期待に満ちた表情で尋ねられてもこれは簡単にうなずくわけにはいかない。いま菅原さんが手に持っている衣装は明らかに女物で、しかも相当露出度が高そうだ。こんなに思いきり胸元や足を出して一体どうするというのだ。悲惨な状態になるのは目に見えている。
「着ません」
「えーいいじゃん。仮装だよ」
 軽く言っているが結構な大問題である。いくら菅原さんに頼まれてもさすがにこれは無理だ。ただし、精いっぱいの譲歩はしようと思う。
「……じゃあ、これだけで」
 そう言って角の付いたカチューシャだけを被る。こんなもののどこがいいのかさっぱりわからないが、角を付けた俺を見て菅原さんはでれっと相好を崩した。
「うん、影山かわいい。すごいかわいい」
「はあ」
 べた褒めだ。なんだかいたたまれなくなってしまう。可愛いだなんて、俺には全く縁のない言葉だというのに。

「なあ、影山あれ言ってよ。『トリックオアトリート』」
 そういえばそんな言葉を聞いたことがある。言われたとおりに「トリックオアトリート」と言うと、菅原さんは面白そうに俺の顔を覗き込んだ。
「残念だけど、俺、いまお菓子持ってないんだよ。だから影山に悪戯していい?」
「あれ、そういう意味でしたっけ?」
 菅原さんは意味ありげに目を細めた。そうか、俺はお菓子をもらえないしさらに悪戯されるのか。なんだか俺ばかり損している気がするが、そんなものなのだろうか。
「じゃあ悪戯しちゃうぞ」
 俺の疑問は流されたまま菅原さんがこちらに手を伸ばす。ぎゅうっと抱きすくめられると菅原さんの匂いに包まれた。しかしすぐにその手が不穏な動きを見せ始める。肩胛骨のあたりを撫でられたあと、背骨をつっと指でなぞられてぞわりと背筋が粟立った。明らかにこちらを煽ろうという意思を持った動きに、気を抜くとそのまま翻弄されてしまいそうだ。
「あの、菅原さん、これちょっと……」
「感じちゃう?」
 意地悪そうに微笑みながら見つめられて答えに詰まってしまう。むすっと口を引き結んでいると、菅原さんは笑いながら顔を寄せてきた。ちゅっと音を立てて唇と唇が触れ合う。
「ちゅーした……」
「そりゃするだろ。俺お前のこと好きだし、付き合ってるんだし。それに影山かわいいし」
 頬を親指で撫でながら綺麗な瞳で覗き込まれる。
「なに、嫌なの?」
「や、全然! 俺も菅原さんとちゅーするの好きです」
「その、『ちゅー』って言うの可愛いよな」
 もう一回ちゅー、手のひらで頬を包まれる。そんなとろけそうな顔で言われたら素直にうなずくしかない。もともと菅原さんに逆らうつもりはないのだ。いくら多少、特殊な趣味を持っていたって。

 何度も口づけられて息が上がってくると、菅原さんは再び指を俺の体に這わせ始めた。今度は脇腹を重点的に攻められる。というか、くすぐられている。
「ちょ、待っ……!」
「こちょこちょー」
「わ、やめ!」
 必死に声を上げるのを堪えようとするが菅原さんはテクニシャンだった。耐えきれずに吹き出す。
「おお、影山の珍しい姿が見られた」
 菅原さんは嬉しそうに笑っているがこっちはそれどころではない。酸欠状態になりながら必死に菅原さんとの攻防を続け、気づいたときには俺は額に汗をかいて荒い息を繰り返していた。
「菅原さ……もう……」
「うん、俺も結構満足した。影山のかわいいところいっぱい見られたし」
 やりすぎた? ごめんな、と言いながら先ほどまで俺を弄んでいたその手でカチューシャの付いたままの頭を撫でる。打って変わって優しい手付きに心までとかされていくような気がした。だからこの人はずるい。

 やられてばかりも悔しいので、顔を上げると菅原さんの頬に口づけた。
「俺だって悪戯してもいいんですよね」
 今更になって『トリックオアトリート』の意味を思い出した。結局お菓子はもらっていないのだ。
 俺の宣戦布告に菅原さんは満足そうに目を細めた。
「もちろん。影山の望むままに」
 手を大きく広げて挑戦的に微笑む。俺はその中に勢いよく飛び込んだ。
 
 まずは、今度は俺から、思う存分ちゅーしてやる!






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