All are given.



 六月十三日を目前にして、影山飛雄は悩んでいた。
 尊敬する先輩であり、恋人でもある菅原孝支の誕生日を祝いたい。しかし、どうすれば菅原が喜んでくれるのかが分からない。
 小学生の頃は『お誕生日会』なる習慣があり、男同士でも祝い合うこともあったが、中学校に上がる頃にはそんなこともすっかり無くなった。誕生日といっても「俺今日誕生日なんだ」「へえ、おめでとう」くらいのあっさりしたものである。
 影山ももちろん例に漏れず、自分の誕生日ですら家族に言われて思い出すという有様だった。友達に特別祝われた記憶もない。というか、友達に自分の誕生日を教えたこともなかったように思う。
 自分の誕生日でそんな状態なので、当然のように人の誕生日に何かをするということもなかった。そもそも人の誕生日を覚える気などなかったし、自分の誕生日を主張する人間(例えば及川だ)がいても「おめでとう」の一言で済ませていた。
 そんな影山が、はじめて心の底から誕生日を祝いたいと思う人に出会ったのだ。

 悩んだ末に、影山は日向に相談することにした。
「おい、なあ」
「ん? なんだよ」
「誕生日にもらって嬉しいものってなんだ?」
 訊ねた瞬間、日向は信じられないものを見たというように目を見開いた。
「え! もしかしてお前、誰かに何かあげんの!?」
「どうでもいいだろ」
 あからさまに目をそらす仕草に日向は確信をもったようで、口を大きく開けている。
「えー! なになに、マジで?」
「うるせー! いいから答えろ」
 恥ずかしさを誤魔化すために睨みつけながら、影山は日向を相談相手に選んだことを若干後悔する。しかし日向は未だ驚いた表情をしながらも真面目に考え始めた。
「うーん、誕生日にもらうものかぁ。何でもうれしいけど、食べ物とか?」
「食べ物か」
 ふむふむとうなずく影山に、日向はでも、と口を開く。
「それって結局あげる相手によるんじゃないの? もらってうれしいものなんて人それぞれじゃん」
 もっともな意見に影山が唇を尖らせると、日向は首をかしげて言った。
「あげる奴に聞くのが一番早いと思うけど」
「……そうだな」
 なんとなく本人には聞き難くて日向に相談したが、やはり日向の言うとおりプレゼントはあげる相手に合わせて選ぶものだ。一般的に喜ばれるものというのはあるだろうが、それが菅原にも当てはまるとは限らない。

 納得して、たまには日向のくせにまともなことを言うじゃないかと上から目線で内心認めてやっていると、日向は大きな目をくりっと動かして影山を見た。
「で、誰にあげんの? 誕生日近い奴って誰だっけ? もしかしておれ!?」
「ちげえよ! ボゲ!!」
 興味津々に迫る日向の期待を速攻で否定しつつ手で追い払う仕草ををすると、むくれた日向がパッと思いついたように顔を輝かせた。
「あ、わかった! 菅原さんだろ?」
「!!」
 まさか日向に当てられると思っていなかった影山は目を見開いて固まった。相当驚いた表情をしたのだろう、その反応を見て日向がにやにやと笑う。
「当たった?」
「っちっげーよ!」
 しかしいまさら否定しても真っ赤な顔ではまったく説得力がない。日向は笑みを浮かべたまま「別に隠すようなことじゃないじゃん」と影山の腰をたたいた。
「菅原さんが喜ぶものかあ。うーん、やっぱ激辛麻婆豆腐?」
「作るのか?」
「え、作れるの?」
「作れるわけないだろ」
「じゃあ無理じゃん」
 真面目くさった顔で言う影山に日向が呆れたようにぼやく。お互い不毛な会話だと感じながらも必死に頭を働かせてうんうん唸っていた。
「よく使う物とかさあ……文房具とかは?」
「でも好みもあるだろ。俺、何が好きとかあんま知らねぇぞ」
「無難にシャーペンとかさ」
 色々と候補は出るのだが、どれも決め手に欠けていてこれと思うものが出てこない。

 結局長い時間を費やした末に出た結論は、「やっぱり本人に聞くのが一番だ」というものだった。あれだけ悩んだ末の結果に二人はぐったりと脱力する。
「まあ、欲しいものをもらうのが一番うれしいしな」
 ぽつりと日向がつぶやいた言葉には珍しく疲労の色が滲んでいた。


 さっそく影山は菅原に欲しいものを聞くことにしたのだが、そういう時に限ってなかなか二人きりになる機会がない。気がつけば誕生日は翌日に迫っていた。
 焦った影山はこれではいけないと決意を新たに、今日こそは必ずと意気込んでいたのだが、なんと今日に限って菅原は学校を休んでいた。影山はそれは動揺した。誕生日当日、つまり明日渡すためには今日プレゼントを用意しなければならない。しかし今日菅原が欠席し、欲しいものを聞くチャンスは失われた。
 そこで影山が無い知恵を振り絞って考えた選択肢は二つだ。自分のセンスでプレゼントを選ぶか、明日菅原に欲しいものを聞いてから用意し後日渡すか。
 前者なら当日に渡せるが、自分のセンスには自信がないので菅原の欲しいものは多分渡せないだろう。後者なら相手が喜ぶものを渡せるだろうが、やはり誕生日なのだから当日に渡したいという気持ちもある。どちらを選んでも一長一短ということだ。
 悩みどころである。時間をかけて悩んだ影山は、最終的に運に任せるという結論を出した。ポケットの小銭を探る。
 ――表が出たら自分で選ぶ、裏なら明日聞いてから。
 ピンとはじいた十円玉を手の甲でキャッチする。――裏だった。
 ほっと息を吐く。そうと決まればすべては明日だ。なんとなく清々しい気分で小銭を再びポケットにしまったとき、ちょうど休み時間終了のチャイムが鳴った。
 残念なことに、焦りのあまり極端に視野の狭くなっている影山の頭に電話やメールという選択肢が浮かぶことはなかった。


 次の日、六月十三日。影山にとって勝負の日だ。
 もし今日も欠席だったらと不安に思っていたのだが、朝練のときに快復した菅原の姿を認めて影山は胸をなでおろした。しかし今日も邪魔が入り、なかなか菅原と話す時間が取れない。なぜ今日に限って世界地図を運ばされたり、清掃当番だったりするのだろうか。
 部活中はもちろん部活に集中しているので、結局まともに菅原の姿を見たのは部活終了後、あたりも暗くなったころ坂ノ下商店の前で、だった。
 今日が菅原の誕生日だということはみんな知っているので、菅原は激辛まんやらカップラーメンやらを奢ってもらって嬉しそうだ。そんなに食えないって、と笑いながら大量のおやつを抱えている。
 その光景を見て、こういったものでも喜んでもらえるのかと少し拍子抜けした。さんざん悩んだが、もしかしたら本当はすごく簡単なことだったのかもしれない。
 もし自分だったら、と考えて、たぶんこうしてみんなにおめでとうの言葉をもらえて肉まんを奢ってもらえたらめちゃくちゃ嬉しいなと思う。想像しただけでちょっとドキドキした。
 なんだか肩の力が抜けたようだ。プレゼントをすることが大事なのではなくて、喜んでもらいたい、笑顔が見たいから贈りたいのだ。自分は少し、大切なことを見失っていたのかもしれない。


 みんなと別れる間際、菅原を呼びとめた。菅原もわかっていたようで、二人で少し歩いて小さな公園に入る。人気のない公園には貝のような形をした滑り台があり、その中央部分はまるく空洞になっている。その狭く砂っぽい空間に二人で入った。ちいさい頃、こんな遊具で遊んでは秘密基地みたいだと喜んでいたのを思い出す。狭く暗い中に二人でぴったり並んで腰を下ろすと、それだけでしあわせな気持ちになった。
「菅原さん、誕生日おめでとうございます」
「うん、ありがとー」
 改めて伝えると菅原がふにゃりと笑う。その笑みにつられるように頬を緩ませて、しかし思い出したように影山は表情を曇らせた。
「あの、俺プレゼントとか買ってなくて」
「んー? いいよ別に、そんなの」
「でも、なにか菅原さんにあげたくて」
 真剣な顔で菅原を見つめてたずねた。
「なにか欲しいものありますか」
「俺の希望聞いてくれんの?」
「だって、やっぱり菅原さんに喜んでほしいんで」
 好きな人に贈るものなのだ。自分の贈ったもので好きな人が笑顔になってくれるなら、そんな嬉しいことがあるだろうか。
「かわいいこと言ってくれるなー、もう」
 菅原が影山の頭をわしわしとなでる。影山は照れたように顔を伏せた。
「じゃあさ、物はいらないから、俺のお願い聞いてほしいな」
「お願いですか?」
 意外な答えに顔を上げると、菅原は楽しそうに指を唇にあてた。
「うん。あのさ、影山、好きって言って?」
 そんなことでいいのかと怪訝に思いながら、影山は菅原の望むまま言葉を口にした。
「好きです、菅原さん」
 その言葉に嬉しそうに笑って菅原が続ける。
「ぎゅってして」
「はい」
 向き直り、間近にある菅原の体を正面から抱きしめる。菅原からも背中に手が回されて、触れ合った箇所から伝わる体温が心地良い。ぎゅうっと力を込めると笑うような吐息が首筋をくすぐった。
「キスして」
 すぐ傍にある菅原の頬に口付けると、背中をトンとたたかれた。
「口にしてよ」
 甘えるような口調に頭の芯がカッと熱くなる。顎に手をかけると噛みつくようなキスをした。すぐに菅原が応えるように舌を絡めてくる。
 互いの咥内を十分味わってから名残惜しく唇を離す。先ほどより艶っぽい雰囲気をまとった菅原が、影山の頬に両手を添えてその目をまっすぐに見つめた。
「影山、俺だけ見てて」
 影山もじっと菅原の色素の薄い瞳を見つめ返す。少し潤んだそれは簡単に影山の理性を崩そうとする。必死に耐えながら、影山は口を開いた。
「それは、今日だけですか」
 菅原はにやりと目を細める。
「俺がいいって言うまで」
「望むところです」
 影山が不敵に笑うと菅原はひどく嬉しそうに破願した。菅原が「もういいよ」という日が遅ければ遅いほどいい。願わくは、そんな日は永遠に来ないでほしい。
「じゃ、最後な」
 再び顔を近づけた菅原が唇に触れるだけのキスを落とす。
「おまえのすべてをちょうだい」
 口元は笑っているが、間近で見るその瞳は真剣な色を帯びていた。本心が剥き出しになるのを必死で押さえているような、余裕のない色。下腹のあたりがずくりと疼く。
「ワガママすぎ?」
 悪戯っぽく、しかしどこか不安な色をにじませて菅原がきく。影山はぎゅうと菅原に抱きついた。
「まさか」
 柔らかな髪に指を絡め、菅原の耳元で囁いた。
「俺のすべてを菅原さんにあげます」
 瞬間、菅原にかき抱かれ奪うようなキスをされる。頭を固定され夢中で唇を合わせる。影山は勢いに流されながらも必死にそれに応えた。
 波が収まると、余裕のない姿を晒したのが恥ずかしかったのか、頬を赤く染めた菅原がつぶやく。
「お前、それ反則だろ」
「だって菅原さんの誕生日ですから」
 胸を張ってやけに自信満々に言うものだから呆れて笑ってしまった。
「最高の誕生日プレゼントだよ」
 くしゃくしゃと髪をなでると、菅原が笑っているのを確認した影山が幸せそうに目を細めた。






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