ハッピーバースデーと、たくさんの愛をきみに



部活が終わり、みんなでワイワイと着替えているときに田中が
「そういえば、たしかスガさんってもうすぐ誕生日でしたよね?」
と言った。

「うん、今日が誕生日」
と答えると、
「えっ、今日!?」
と、目を見開いて叫ぶ。
「マジッスか、今日ですか」
明らかに焦っている田中とのやりとりが聞こえたのか、周りも「スガさん今日誕生日なんですか!?」「おめでとうございます!」と声をかけてくる。
それに「ありがとー」と返しつつも、チラリと目で探してしまうのは今現在最愛の後輩の姿。
影山は、着替えの途中で呆然と立ちつくしたまま菅原を見つめていた。
その様子があまりにも予想通りで、つい笑いながら側に寄っていってしまう。
「影山?」
「……菅原さん、今日誕生日なんですか?」
「うん、そう」
癖なのか、唇をきゅっと噛む。拗ねているようなその表情はいつもより幼く見える。
「オメデトウゴザイマス」
あまりにも感情がこもっていない棒読みっぷりに苦笑しか出てこない。本当に分かりやすいヤツだ。そこが可愛いんだけど。

「スガさん!」
「おお?」
気付けば田中がニコニコしながら隣にいた。
「このあと飯食いに行きましょうよ!俺らで奢るんで!」
「菅原さんの好きなもの食べに行きましょーよ!」
「お、いいなー」
日向もキラキラとした笑顔を向けてくる。涎もたらさん勢いだ。
これで寄り道して飯を食って帰って、そして家でも飯を食う。男子高校生の食欲って素晴らしい。

「菅原さんって何が好きなんですか?」
「うーん、麻婆豆腐かな?」
「じゃあ中華ッスね!」
早速2年生が学校近くの、安くて量の多い中華料理屋について話し合っている。
「よっしゃ、行くか!」
田中や日向が張り切っているのを見て、思わず頬が緩む。
「良かったな、スガ」
そんな自分を見て、大地がにっこり笑いかけた。


「じゃあこの特製麻婆豆腐、辛さMAXで」
いつものように爽やかな笑顔でえげつないものを頼む菅原に、周りは若干引き気味である。
激辛と銘打ったその麻婆豆腐は地獄の釜のような色をしている。ボコボコと不気味な泡が出ているのは気のせいだろうか。
菅原の前に置かれたそれをできるだけ見ないようにしながら、各々頼んだ料理を取り分けていく。
「じゃあ、スガさんの誕生日を祝って!」
田中が立ち上がり音頭を取ると周りはわいわいヤジを入れる。
「まずはハッピーバースデーの歌だろ!」
「せーの!」
「ハッピバースデートゥーユー……」
そして小さな中華料理屋の店内に低く太いハッピーバースデーの歌が呪詛のように流れる。
それがおかしくてたまらなくて、菅原は腹を抱えて笑った。

蝋燭なんてないのでエアー蝋燭だ。歌の最後にフーッと蝋燭を吹き消す真似をするとわっと歓声と拍手が起きる。
おめでとうの声にありがとうと応えながら目の前の麻婆豆腐に箸を付ける。
いつもの麻婆豆腐がいつもより美味しく感じたのは、今日が誕生日だからだろうか。それを祝ってくれる仲間の存在に、改めて自分の幸福をかみしめた。



店を出た後、影山に小さく声をかけられた。
「菅原さん、このあとちょっといいですか」
「ん?いいよ」
また明日ーと声をかけながらてんでに散っていく仲間を見送り、薄暗くなった道を二人で歩く。
さっきの店では日向や月島といつものように騒いでいたが、二人きりになると途端に影山は黙ってしまった。

とりあえず近くにあった公園に入り、ベンチに座る。暫くそのままでいると、影山が口を開いた。
「あの、すみません。引き留めて」
「いいよー。俺も影山と一緒にいられるのは嬉しいし」
そんな俺の台詞に戸惑うように瞳を揺らす。
「あの、おれ菅原さんの誕生日知らなくて」
「うん。言う機会もなかったしね」
「でも、やっぱりちゃんと祝いたくて」
「うん」
俯いている影山の表情は見えない。どんな表情してるのかな、と思っていたら、予想外に思い詰めた表情をして顔を上げた。
と思うと唐突に抱きしめられた。ぎゅうっと、縋り付くように。

「菅原さん、誕生日おめでとうございます」
耳元で掠れた声で言われ、カァッと一気に全身が熱くなる。
「……ありがとう」
必死に平静を保ちながら言った。影山に祝ってもらえると、単純だが“生まれてきて良かったなあ”なんてクサイことを思ってしまう。恋愛ってそういうものだ。

しかしこっちの気持ちなどまるで読めない影山はパッと離れて鞄のファスナーを開ける。
ガバッと鞄の中身を見せてきた影山だが、そのぐちゃぐちゃに詰め込まれた惨状を見て思わず「汚ッ!」と声を上げてしまう。
「まあ汚いんスけど」
影山も若干ばつが悪そうだ。
「プレゼントとか用意できなかったんで、この中から何でも好きな物貰ってください」
「は?」
思わず真顔で聞き返してしまった。
いやだって、この鞄を探れって、えー……
でも影山は大まじめな顔をしているし、きっと影山なりに必死に考えた結果なのだろう。
「わかった」
菅原は覚悟を決めて半ばゴミ箱のような鞄の中に手を突っ込んだ。

恐る恐る物を取り出していく。汚れたジャージ、タオル、くしゃくしゃのプリントに教科書、ノート、筆箱……
どうしたものかと思いながら筆箱の中身を見てみると、可愛い猫のマスコットの付いたシャープペンシルが出てきた。思わず驚いて聞く。
「え?これ影山の?」
「……はい」
「こういうの好きなの?」
「まあ」
照れているのかなんとなく歯切れが悪い。
「ふぅん」
その様子を見て、そのシャーペンを筆箱から抜き取る。
「じゃあ、これもらお」
「えっ?」
ちょっと焦った顔を見せる影山は、やっぱり可愛い。なんていうか、年相応に見える。
「いい?」
「あ、もちろんです」
言葉ではそう言いつつも、残念そうな顔をしているのがバレバレなとこが可愛い。なんだってこう嘘が下手なんだか。つい意地悪したくなるじゃないか。
「ありがとう」
「……いえ」
また唇を尖らせているので、その唇にちゅっと口づけた。
「!?」
驚く影山は無視して、そのまま髪を撫でる。さらさらと気持ちの良い髪だ。
誕生日なんだし、これくらいのことはしても許されるだろう?
「すっごい嬉しい」
素直にそう言うと、やっと影山も嬉しそうに笑った。



そして3日後。
「影山、これ、この前のお礼」
「え?」
菅原が影山に渡したのは、この前のプレゼントと同じ猫の付いたシャーペンである。ただし色だけが違う。
「どうしたんすか、これ」
「影山にあげる」
はい、と無理矢理ぎゅっと握らせる。

頭からハテナを出し、まだ訳が分かっていない影山の耳元に背伸びをして囁いた。
「おそろい、ね?」
にこっと笑うと影山の顔がぱっと朱に染まる。
だからこの人には敵わない、と影山は思わずその場にしゃがみ込んだ。





Text top