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【サンプル】 バラ色の世界 ほかほかと湯気を立てる肉まんにかぶりつく。中からじわっと肉汁があふれて口の中に広がった。
部活後に連れ立って坂ノ下商店へ向かうのも、もはや恒例となっていた。仲間と寄り道をして買い食いする、そんな些細なことに自分の心は満たされる。 中学時代、特に及川さんが卒業してからは仲間とこういう風に寄り道するなど自分には縁遠いものだった。だからこそ、今こうして仲間と共に過ごす時間が新鮮だった。主将に奢ってもらった肉まんを食べながら、みんなそれぞれに雑談をしている。気づくと先ほどまで日向と話をしていた菅原さんがいつの間にか隣に立っていた。肉まんを手にしたまま声をかけられる。 「影山、お前、セッターが本当に好きなんだな」 そんなの決まりきっている。俺は大きくうなずいた。 「菅原さんも好きですよね?」 「当然」 菅原さんも胸を張ってにっと笑いながら答える。この人もセッターなのだ、その魅力を知らないはずがない。 「入部する前に影山が言ってたらしいじゃん、セッターのいいところ」 「はい」 まだ入部する前、『チーム』という意識が薄かった俺はセッターをやらせてもらえないかもしれないという危機に陥った。負けたら自分はセッターをできない。そんなの絶対に嫌だ。 その時、日向は軽々と「セッターよりスパイカーの方がカッコイイじゃん!」などと口にした。それに腹が立ち、俺はセッターの素晴らしさを日向に語ったのだ。難しくてかっこよくて面白い、そんなセッターを俺は愛している。高校でもセッター以外をやる気はなくて、ムキになって日向に食ってかかった。 「俺も聞きたかったな、それ」 あのときは夢中で、俺の剣幕に日向も引き気味だったが、もし菅原さんがあの言葉を聞いていたらきっと共感してくれたはずだ。 同じポジションの先輩、しかも及川さんと違ってやさしい。俺の中で菅原さんは『好きな先輩』だった。もちろん主将や田中さんや、先輩たちはみんないい人だったけど、それでも菅原さんは俺の中で少しだけ特別な場所にいた。理由は『セッターだから』。俺の世界は、バレーボールを中心に回っていた。 入部して間もない頃、主将と菅原さんの会話を聞いたことがある。休憩中水道へ行くとたまたま二人が話しているのを見かけたのだ。どうやら自分の話をしているらしいと気づき、つい隠れて様子を窺った。 「懐かれてんな」 「いいだろ」 主将の言葉に菅原さんが冗談めかして答える。 「でかくて生意気な後輩でも悪い気はしないか?」 「そりゃあね。懐いてくれたら可愛いよ」 タオルで顔を拭いながら菅原さんが笑う。主将も気楽そうに表情を緩めていた。 「影山もさ、イメージとちょっと違ったな。思ってたよりいい奴じゃん、あいつ」 「ああ、たしかに。入部の時はどうかと思ったけど……中学の試合見た時とはちょっと印象変わったよな」 自分を評する言葉が交わされるのを聞いてくすぐったい気持ちになる。自分では変化などよくわからないが、もし自分が変わったというなら、それはきっと今のチームメイトの力だ。 「今はもう、かわいい後輩ですよー」 歯を見せて笑う菅原さんにつられるようにして主将も笑う。俺は頬に熱が集まるのを感じた。先輩にこう言ってもらえるのがすごく嬉しい。今までは及川さんにも、他のセッターの先輩にも嫌われていたから、先輩に嫌われていないことに安心する。 だから、こう言ってくれる先輩をますます好きになるのは普通のことだ、と思う。 菅原さんはよく俺に話しかけてくれた。人とコミュニケーションをとるのが得意ではない自分を気遣ってくれたのだろう。部室で隣で着替えながら、今日は菅原さんに質問攻めにされた。 「影山の好きな食べ物ってなに?」 「カレーっす。温卵のせだと最高です」 想像して思わず涎が出そうになる。腹が小さく鳴ったが部室のざわめきのせいで菅原さんには聞こえなかったようだ。 「あ、カレーなんだ。辛いのが好きなの?」 カレーと聞いて菅原さんがパッと目を輝かせる。俺はあまり辛すぎるものは唇がヒリヒリするから得意ではなかった。 「や、普通のっすかね」 「そっか」 菅原さんの声のトーンが下がった気がする。若干残念そうなのは気のせいだろうか。 「じゃあさ、好きな色は?」 問われて悩む。あまり意識したことはないが、あえてあげるなら…… 「……黒?」 「ああ、そんな感じするかも。じゃあうちのガッコで正解だな。学ランだし、ジャージも黒いし」 俺の答えに楽しそうに笑う。たしかに、“烏”野というだけあって黒の多い学校だ。というか逆に、黒に囲まれているからいつの間にか黒を好きになったのかもしれない。それは裏返せば『今』が好きだということだ。 「んーじゃあ次は好きな教科!」 「体育です」 これは即答した。それ以外の授業は基本寝ているし、クラスメイトにも「お前、部活と体育のためだけに学校来てるよな」と呆れられた。その通りだと思う。 「だよな」 菅原さんも予想通りだったようで妙に納得している。 「それ以外は寝てるしな」 「なんで知ってるんですか?」 びっくりした。何で学年も違うのに俺の授業態度が筒抜けなんだ? もしかして日向や月島あたりが何か吹き込んだのかと疑ったが、どうやらそれは違うらしい。 「この前移動教室で見た」 にやにやと笑いながら菅原さんが答える。完全に面白がっている顔だ。 「影山寝るなー、って怒られてたな」 「多分担任です、それ」 ばつが悪くなり目が泳ぐ。怒られる姿を見られていたとは恥ずかしい。しかも日常茶飯事すぎていつのことだか特定できないのが余計情けなさに拍車をかけた。 「ま、ほどほどにしとけよ。進級できないとか洒落になんないからな」 心配するように見つめられ思わずうなずいた。できるだけがんばろうとは思うが、多分明日も寝るだろう。 「誕生日はいつ?」 「十二月二十二日です」 「十二月なんだ! ウチ多いよなー。大地もだし、たしか縁下も十二月後半だったし。でもその日付だと、よく誕生日とクリスマス一緒にされたんじゃない?」 「はい」 幼いころの悔しい記憶を思い出す。記念日と誕生日が近い奴はまとめられるというあの法則は、今でこそ気にしないが小さいころは不満だった。プレゼントはそれぞれもらうこともあったがケーキは大体一緒くたにされていたし、幼心にもなんとなく納得がいかなかったものだ。無意識に顔が渋くなっていたらしく、その様子を菅原さんに笑われる。 「菅原さんは誕生日いつですか?」 「六月十三日」 「もうすぐですね」 「うん。もう十八歳だよ」 そう聞くと不思議な感じがする。十八なんて、もう大人だと思っていた。こんなに身近な人がもうそんな年齢だなんて何だか信じられない。そう聞くと、菅原さんがやけに大人っぽく見えた。 土曜日、今日は一日部活が出来る日だ。午前の練習のあと、グーグーとうるさい腹を抱えて部室に弁当を取りに行く。こういう時の昼食は、なんとなく学年ごとに集まって食べることが多いようだった。特に誰かが何を言うわけでもなくあくまで自然な流れでそうなるといった感じだったので、もちろんみんなで一緒に食べることもあったし学年が入り乱れることもあったのだが、こういうなんでもないことに一年や二年の差を感じることがあった。 今日は田中さんが日向に話があるらしく、また西谷さんも東峰さんの隣にいて、どうやら学年関係なく食べることになりそうだ。どうしようかと一瞬迷うとぽんと肩を叩かれた。振り返るとにこにこと笑う菅原さんの姿。 「影山、一緒に食うべ」 「はい!」 こんな風に優しい先輩を好きにならないはずがない。うきうきとした気分で菅原さんと並んで座ると弁当の包みを開いた。タッパーに入ったカレーを見て口元が緩む。 「おお、カレーか」 菅原さんが感心したような声を上げる。空腹時にこの匂いはたまらない。手を合わせていただきますと叫ぶと、スプーンを手にガツガツと食い始めた。俺の勢いを笑いながら菅原さんも手を合わせて食べ始める。 俺があまりにがっついて食うからか、隣に座った菅原さんが食べながら俺の弁当箱をのぞき見る。空腹のままにかっ込んだため、あっという間に中身は半分以下に減っていた。 「ほんと好きなんだな、カレー」 「うす」 口いっぱいに頬張って答える俺をにこにこと面白そうに眺める。すると、何かに気づいたように菅原さんが「あ」と小さく声を上げた。 「ついてる」 「え」 菅原さんの手が伸びてきてぐいと口元を拭われる。唇の端を、菅原さんの指が掠めた。咄嗟の出来事に反応できずにいると、菅原さんがカレーのついた指をぺろりと舐める。 「ん、うまい」 「あ、あざっす」 礼を言ったあと、ふと自分の体がおかしいことに気づいた。 ――んん? 妙にドキドキと心臓がうるさくて、思わず胸に手を当てる。先ほど菅原さんが触れた唇の端が熱い。そこからじわじわと熱が広がっていって、いつの間にか顔全体が火照っていた。一体これはなんだろう? (後略) (本文より一部抜粋) |