【サンプル】 Climb×Climb



キスしないと出られない部屋【東坂/書き下ろし】


 東堂はゲンドウポーズのまま固まっている。向かいの椅子では小野田も難しい表情を浮かべたまま頭を抱えていた。

「さて、これからどうするかだが」

 長い長い沈黙の末、ようやく東堂が口を開いた。その声をきっかけに小野田も伏せていた目を上げる。

「やはりここに書いてある通り……しなければならないのだろうな、キスを」

 決意を込めた表情で言い切る東堂を見つめながら、小野田もきゅっと唇を噛んだ。

「そうしなきゃ、ボクたちこの部屋から出られないんですよね」

「ああ、恐らくな。まったく……どうしてこうなった

 耐えきれないと言うように叫んだ東堂が頭を掻きむしる。今の状況は、二人にとってまったく不可解なものだったのだ。


 気が付いたら小野田と東堂は見知らぬ部屋の中にいた。窓もなく、ドアには鍵がかかっていて開かない、いわゆる密室だ。どうやら自分たちはここに閉じ込められたらしい。

 唯一の出入り口であるドアには紙が張ってあった。そこには『キスをしないと出られない』と書かれている。

 この事実から導かれる答えは一つだろう。つまり、この紙の指示に従い――本当にキスしなければこの部屋からは出られないのだ。


「……やっぱり、出るためにはその……き、キスをしないといけないみたいですね」

 キス、と口にするだけで恥ずかしいらしい小野田は頬をピンク色に染めている。それを可愛いと思いながら東堂はそっと目を伏せた。

「しかし……付き合っていないのに、キスをしてもいいものだろうか


(後略)




互いの秘密を打ち明けないと出られない部屋【山坂/書き下ろし】


 『お互いの秘密を打ち明けないと出られません』とでかでかと書かれた紙を前に、真波と坂道は顔を見合わせていた。

「うーん、どうやらこれ本当っぽいね。ドア開けようとしてもびくともしないし」

「えええ、ボクたち閉じ込められてる!? ど、どうしよう真波くん

「うーん」

 真波はちらりとドアに張り付けてある紙に目をやった。書かれていることが本当だという確証はないが、現状これ以外に出る方法が思い付かないのも事実。

「やっぱこれ試してみる

「この、秘密を打ち明けるってやつ

「うん。一応、これには秘密を打ち明ければ出られるって書いてあるし」

「そっか、そうだね。うん、やってみよう」

 不安そうに揺れていた坂道の表情が引き締まる。改めて向き直った二人は互いの顔を見つめる。先に口を開いたのは真波だった。

「じゃあ、オレの秘密からね。今まで誰にも言ったことないんだけど……あのさ、よくみんなオレが走ってるとき『翼が見える』って言うでしょ

「う、うん。風といっしょにぶわぁって真波くんに翼が生えたように見えることがあるよ」

「あれさ、本物の翼なんだよね」

「ええっ!?

 ぎょっとしたように目を剥く坂道の反応を確かめるようにじっと見つめながら真波が続ける。

「自転車乗ってると興奮しちゃってコントロールがうまくいかないみたいなんだよね。普段はうまく隠せてるんだけどなー」

「え、え ちょ、ちょっと待ってよ真波くん

 混乱の真っ只中にいる坂道が慌てたように口を挟む。突然の展開に頭がついていかないのだ。

「つ、翼ってなに!? ま、真波くんには本当に翼が生えてるってこと!?

「うん。あ、これから言った方がよかったかな ――オレ、実は天使なんだよね」


(後略)




互いの体液を交換しないと出られない部屋【巻坂/書き下ろし】


 目が覚めて見覚えのない部屋にいることに気付くと、巻島は慌てて辺りを窺った。

「ここはどこだ

 きょろきょろと周りを見回していると、少し離れたところで制服姿の誰かが起き上がる。自分と同じようにあちこち見回していたその顔がこちらを向くとバチッと視線が交わった。

「あ、坂道」

「巻島さん

 見知った顔を見つけてホッとしたのか、巻島に駆け寄ってきた小野田は表情をゆるめた。しかし巻島の傍で部屋の様子をまじまじと観察すると、不安そうな顔をして巻島を見上げる。

「えっと……何ですかね、これ」

 この部屋に出入り口らしい扉は一箇所しかない。そしてその扉には大きな紙が貼ってある。そこにでかでかと書かれた文字を見て、巻島は絶句した。

「おい……」

 そこには『お互いの体液を交換しないと出られません』と書かれていた。

「ちょ、何ショ、これ!?

 一気に恐慌状態に陥った巻島が声を荒げる。小野田も呆然とした表情で声を震わせた。

「え、これ、出られないんですか

 試しにドアノブをがちゃがちゃと動かしてみるがびくともしない。他にこの部屋から出られるような扉も窓も無く、やはり脱出するにはこの扉を使うしかないようだ。

「マジかよ……

 絶望的な気分で呟く。いや、嬉しくないことはないというかちょっとこれは棚ぼただなという気分にもなってはいるのだが、やはりそれ以上に不安や困惑に襲われる。

 巻島と小野田はいわゆる恋人同士の付き合いを始めたものの、今のところ極めて健全なお付き合いをしていて、接触といえばまだ一度手をつないだだけ。キスもしたことがないのだ。

 そんな状態でいきなり体液の交換とはハードルが高すぎる。これはもう色々とすっとばして大人の階段を駆け上ってしまう流れだろうか。


(後略)






  (本文より一部抜粋)