カーテンを締め切った部屋の中で夢中になって手を動かす。頭を占めているのは今年入部した二つ下の後輩のことだ。
「巻島さん、かっこいいです!」
目をキラキラと輝かせ、嬉しくてたまらないというように告げてくる。気恥ずかしくなるほど素直で真っ直ぐな瞳に巻島は初めは戸惑うばかりだった。
そんな小野田をただの後輩としてだけではなく見るようになったのはいつからだろうか。多分明確なきっかけがあったわけではないのだろう。共に多くの時間を過ごしていくうち、だんだんと育んでいった感情だ。
ふとした瞬間に小野田を好きだと思う。こんな風に人を好きになったのは初めてかもしれない。しかし最初は純粋だと思われたこの感情が、徐々に熱を帯び腹の底を焼くようになって巻島は戸惑った。
高校生の恋愛なのだから、肉体的な衝動が伴うのも当然だろう。しかし小野田は見た目の幼さや本人のキャラクターもあり、なかなかそういう方面と結びつけて考えにくかったのだ。小野田の趣味を考えるとそれこそ人並み以上に知識があったとしても驚くことではないのかもしれないが、やはり巻島にとって小野田は『純粋な可愛い後輩』なのだ。もっとも、そこには巻島の願望も多大に含まれているのだろうが。
そうした小野田を己の妄想のオカズにするのに最初は抵抗があった。いけないことをしているという背徳感、小野田を汚してしまっているという罪悪感――しかしそれは同時に甘美なスパイスにもなり得るものだ。綺麗なものを自らの手で汚していったり、手付かずのまっさらなものを切り拓いていったりするのには抗いがたい魅力がある。今まで自分はそういうことに関して特殊な嗜好などを持っている自覚は無かったのだが、小野田に関してだけは少し考えを改める必要があるかもしれない。
ここ最近、一人でするときに考えるのは、もっぱら小野田のことだった。初めの頃に感じていた罪悪感は回数が二桁を越えたあたりからだんだん薄れていった。慣れとは恐ろしいものだ。
今日もまた頭の中で小野田を犯しながら巻島は己を慰めている。最初は怖がって泣いてばかりだった小野田も、最近では男の味を知り、恥ずかしがりながらも自ら脚を開くようになってきた。巻島が名を呼ぶだけで「まきしまさぁん」と切なげな声を上げる。潤んだ瞳はまるで巻島を煽っているようで、誘うように体を揺らめかせる様が艶かしくてたまらない――
……もちろん、すべて巻島の脳内での話である。
「っは……」
熱を孕んだ息を吐く。薄暗い室内を、カーテンの隙間から漏れる明かりが僅かに照らしていた。最近では小野田のことを考えるだけで体が反応してしまい毎晩のように自慰に耽っている。インターハイに向けて練習もハードになっているはずなのに、こんなところだけ元気な己の愚息には呆れるが、好きな相手を想うことを考えれば健全な反応のような気もする。いや、同性の後輩を脳内で蹂躙し興奮しているだなんて、行っていることは思いきり不健全なのだが……あまり深く考えたくない事である。
すっかり勃ち上がり存在を主張しているモノを手のひらで擦り上げる。むくむくとさらに大きさを増すそれに直接的な刺激を与えていくと妄想の中の坂道もいっそう淫らな姿を見せ巻島の手にも力が入る。自分の感じるところは自分が一番わかっている。根元からくびれに向かって指の腹で強く擦るとふうっと熱いため息が出た。
小野田のあられもない姿を想像するだけで体の奥から衝動が沸きあがり、それに呼応するかのように先端からは先走りが溢れてくる。手を動かすとそれが塗り広げられ、その感触にぶるりと体を震わせた。
目を閉じて考える。この手は自分の手ではなく、小野田の小さな手だ。安直だとは思うが、利き手と逆の手で扱くことで微妙なたどたどしさを演出し、より想像の中の小野田がリアリティを増す。慣れないながらも必死に巻島を高めようとする小野田を想像するとそれだけでイきそうになる。
「は、あっ……小野田……っ!」
名前を呼ぶだけで気持ちが高ぶる。手を動かすスピードを上げ先端を中心に強い刺激を与えていく。早く達したくて気持ちも急いてきた。
「あっ、おのだ、小野田!」
めちゃくちゃに手を動かし高みへ上り詰めようとする。頭に浮かぶのは小野田のことだけだ。真っ白になりそうな思考の中で反射的にテッィシュを手に取った。
「っ、う……!」
びゅく、と勢いよく精液を吐き出す。背中を丸め快感に身を任せている間も、うわごとのように小野田の名前ばかり呼んでいた。ハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら精を絞り出すように手を動かす。ほとんど機械的なその動きを終え、巻島はまだ熱の残る深いため息をついた。
達した後いつも感じるのは虚しさだ。いくら自分の頭の中の小野田を犯しても、その場限りの快楽を得ることしかできない。どう頑張っても一番欲しい小野田の心も体も手に入れることはできないのだ。
例えば、自分がこの想いを告げたら関係は変わるのかもしれない。しかし、巻島はそれだけの勇気を持てないでいた。良いほうに転べばいいが、悪いほうに転んだら……自分達の関係が壊れるだけではなく、部全体に迷惑をかけることは目に見えている。インターハイ前のこの時期にそんな危険を冒すわけにはいかない。この気持ちは自分の中だけに留めておくべきものなのだ。だからせめて想像の中でだけ自由にさせてもらうことは許してほしい。
小野田が好きだ。でもそれをどう伝えればいいかわからない。関係が壊れるくらいなら今のままでもいい。
汚れた下半身の始末をしながら、巻島は諦めたようにため息をついた。
(中略)
3
小野田は巻島と絶賛遠距離恋愛中である。しかも海をまたぐほどの遠距離だ。小野田が巻島と付き合い始めたのは巻島がイギリスへと渡る前だったが、共に過ごした時間より離れてからの時間の方がもうずっと長い。そもそも春に出会ってから夏のインターハイまでの数ヶ月しか一緒にいなかったのだ。それでも小野田はその短い時間に巻島に恋をした。会えないことを寂しいと感じることもあるが、巻島もイギリスで頑張っているのだと思うと自分も頑張ろうという気持ちになれる。
そんな巻島が珍しく日本に戻ってきている。貴重なこの機会、小野田は巻島に誘われ部屋に遊びに来ていた。一緒にアニメを見たあと、どちらからともなくキスをして自然な流れでベッドに移動する。こうして会えたときには思う存分いちゃつきたいと思うのは恋人として当然だろう。部屋の中は甘ったるい空気に満たされ、じゃれ合いながら互いの服を脱がせ合った。小野田の腰をするりと撫でながら巻島が遠慮がちに口を開く。
「なあ小野田」
「なんですか?」
「……ハメ撮りとか、興味ねえか?」
「え?」
すぐには意味が分からず問い返す。巻島は真剣な表情で「だから、ハメ撮り」と再び口にした。
さすがに小野田もハメ撮りを知らないわけではない。だが、それはAVや漫画の中の話だとばかり思っていた。まさかその言葉を突然巻島が言い出すとは思ってもいなかったのだ。
「は、ハメ撮り……」
「ハメ撮りっショ」
「えっと……あの、さすがにそれはちょっと」
「そこをなんとか!」
「え、ええぇ……」
やけにギラギラとしている巻島は強引に説得しようとしているが、小野田は困ってしまい眉尻を下げる。巻島の願いなら出来るだけ聞いてやりたいが、ハメ撮りはなかなかハードルが高い。というか、さすがにAVの見過ぎではないだろうか。
小野田が渋っていると、巻島はそれも予想していたというようにニヤリと笑ってみせた。
「実は、奥の手があるっショ」
(後略)