【サンプル】 ボクがモテてどうするの!



(前略)



【明日への王様ゲーム】


 互いに強豪とはいえ、総北と箱学が揃う機会など滅多にない。その奇跡が起きたのがインターハイ後の合宿である。三年生が後輩のために計画したこの合宿は、多少のアクシデントがありつつも順調に進んでいた。
 そんな中で嵐を巻き起こしたのが坂道である。

 総北・箱学のインハイメンバー十二人は総北三年の部屋に勢揃いしていた。 
「……部屋が狭ェ」
「だー! むさ苦しいっちゅうねん! なんやこの人口密度!?」
 鳴子が吠える。なにしろ三人で使っている部屋に四倍もの人間がひしめき合っているのである。しかも常に体から熱を発しているような、エネルギーの塊である男子高校生が集っているのだ。むさ苦しさもひとしおである。
「冬ならおしくらまんじゅうが出来て暖かかったかもしれないな」
「その図も想像したくはないけどな」
「そもそも今は夏真っ盛りだっつーの!」
 たしかに新開の言う通り冬ならまだマシだったかもしれない。しかし残念ながら今は夏。いくらクーラーが効いているとはいえ、大の男がこれだけ集まっていると視覚的にも暑苦しい。
「つーか何なんだァこの集まり。ったく、突然小野田チャンに呼び出されたんだけどォ?」
 急に呼び出され不機嫌そうな荒北が眉を吊り上げながら声を荒げる。メンドクセェ、と言いながらも結局は坂道の頼みを聞いてしまう荒北を見て真波が笑いながら言った。
「荒北さんって、坂道くんに甘いですよね」
「っせ!」
 荒北も一応自覚はあるらしい。真波に指摘されますます表情を険しくするとそっぽを向いてしまった。

 みんなを呼び出した張本人である坂道は、何やら部屋の隅でごそごそと作業をしていたようだが、「お待たせしました」と弾んだ声で言うと両手に何かを握って一同の前へと進み出た。
「小野田、何を持っているんだ?」
「それは……割り箸か?」
 坂道の手にある割り箸を目にした泉田が困惑の声を上げる。
「はい!」
「メシでも食うのか?」
 じゃらじゃらと大量の割り箸を持っている姿を見て今泉が訝しげに尋ねるが、坂道はふるふると首を振った。そのままぺカッと輝く笑顔でにこやかに宣言する。
「みなさん! 王様ゲームをしましょう!」

 この時点で坂道の真意を正しく汲み取っていたのは真波ただ一人である。坂道が何を望んでいるかなどわかりきっていた。面白そうだし、きっとここは坂道に乗るのが正解なのだろう。
「楽しそうじゃないですかー」
「ハァ? 王様ゲームだァ? ふざけんな、オレはパス」
「え、荒北さんもやりましょうよ」
「ンなモン誰がやるか」
「えっと、荒北さん。どうしてもダメですか?」
「いくら小野田チャンの頼みでもなァ」
「あの、ボク、どうしてもみなさんとやりたいんです! お願いです、荒北さん!」
 不安そうに瞳を揺らしながらぺこりと頭を下げられる。気付くと縋るように服の裾まで握られていた。こんな姿を見てしまってはあっさり切り捨てることも出来ないではないか。面倒だとは思うが、坂道にここまで頼られたなら仕方ない。照れ隠しにそっぽを向きながら吐き捨てるようにして答える。
「仕方ねえな……ちょっとだけだかンな」
「あ、ありがとうございます!」
 結局みんな坂道に甘いのだ。荒北も、こんな風に坂道の満開の笑顔が見られるのだったらまあちょっとくらい……なんて思ってしまうのだから相当である。
 かくして、魔の王様ゲームがスタートしたのだ。


◇  ◇  ◇


 最初の王様は鳴子だった。
「よっしゃ、王様ゲット!」
「鳴子くん、なに命令するの?」
「んー、まあ初っ端やしな、王道って言うたらモノマネやろ! 4番の人がモノマネや! オモロイの頼むで!」
「あ、オレ4番だ」
 新開がぴらっとくじを見せる。どうやら最初の犠牲者が決まったらしい。
「モノマネか、どうするかな……」
 しばらく考えていた新開だが、何かを思い付いたように口角を上げるとすぐにポケットを漁りだした。取り出したのは海苔である。
「なんや、ポケットに海苔!?」
「おやつだよ」
 思わず鳴子が突っ込むと笑顔で返される。新開はその海苔を自分の顔に張り付けると堂々と腕を組み、「オレは強い」と重低音で口にした。
「……それはフクのモノマネか?」
「ああ、似てるだろ?」
 バキュンポーズで自信満々に答える新開に荒北が「似てねーよ」と荒々しく吐き捨てる。
「まあ似てるか似てないか、っちゅーたら似てないけども……」
「いい線いってると思ったんだけどな」
 残念そうに言いながら眉に使った海苔をバリバリと食べる。今泉はそれを恐ろしそうな表情で見ていた。まだ始まって間もないというのにすでにカオスの予感しかしない。とんだ魔境の爆誕である。

 気を取り直してくじを引くと、今度は新開が王様になった。
「ああ、オレが王様か。そうだな……ちょっと腹が減ったな。9番の人、何か食べるものをくれないか?」
 たった今海苔を食べたばかりなのにまだ食うのか、と思っていた巻島が9番だった。食べ物、と聞いてすぐにテーブルの上の箱を手にする。その中にはまんじゅうが入っていた。
「お、巻島おまえまた買ったのか?」
「田所っちが全部食うからっショ」
 自分の分まで食べられてしまったので、あの後結局グラビアと一緒にもう一箱買ったのだ。新開は献上されたまんじゅうを手に取ると「ありがとう」と笑った。
「いやあ美味いな、このまんじゅう」
「って、もう一気に3個も食べてるっショ!?」
「はは」
「こいつ、田所っちと同類っショ……!」
 巻島がじっとりと新開を睨め付ける。自分の分にと取っておいた分まで一瞬で食われてしまった。まさかさらにもう一箱買う羽目になるなんて、と諦めながら大きく溜息をつく。
次は荒北が王様になった。
「あー、んじゃ1番がベプシ買ってこい」
 1番を引いた泉田に小銭を渡しパシらせる。その次に王様になった今泉もジャスミン茶を買ってきてほしい、と似たような命令をしていた。多分今泉はこれが初めての王様ゲームなのだろう。どんな命令をすればいいか分からなくて無難そうな命令の真似をしたのだと考えると途端に今泉が可愛く見えてくるから不思議である。
 だが今泉の命令を受けた鳴子は、王様の希望したジャスミン茶ではなく何故か熱々のおしるこを買ってきた。
「おまえ……!」
「あー間違えてしもうたわー」
 完全に棒読みである。あまりにもあからさまな「わざとです」という態度に今泉が声を荒げた。
「鳴子!」
「ま、まあまあ二人とも」
 坂道が仲裁に入るが、内心では「鳴子くんは今泉くんの気を引きたくてわざと間違えたものを買ってきたんだよね! うんうん、わかるよ! 気付いて今泉くん!」と妄想を逞しくしていた。今泉は何故かにやけている坂道を訝しそうに見つつもその手におしるこの缶を握らせる。
「……やる」
「え!?」
 甘いものがそこまで得意ではない今泉だからさすがにおしるこ缶一本はきついのだろう。一瞬悩んだ坂道だが、とりあえず受け取ることにした。
「いらなかったらそこのアホに返せ」
「アホって何やこのスカシ!」
「あ、ボク別におしるこ嫌いじゃないし……ありがとう、今泉くん」
「ああ」
 鳴子くんの気持ちが今泉くんに伝わらなかったのは残念だけど……と手の中の缶をぎゅっと握る。その今泉の本当の気持ちに気付いていないのは坂道の方なわけだが、本人に全く自覚はない。
 その後は新開が王様になり東堂に見事な音を立ててしっぺをし、次に金城が王様になると福富が真波に強烈なデコピンをしていた。秦野コンビは罰ゲームにも容赦がない。

 このあたりまでは一般的な王様ゲームだったのだ。しかし、7回目で遂に坂道が王様になったことからだんだんと部屋の空気が変わっていく。
「や、やった! 王様だ!」
 待ち望んでいた王様を引き当てて坂道が満面の笑みを浮かべる。はしゃぎながら命令を考える振りをするが、実は事前にいくつか考えておいたのだ。総北と箱学が揃う機会など滅多にない。ならばこの貴重なチャンスに出来るだけの萌えを補給しなければ! と鼻息荒く意気込むくらいには、坂道はこの王様ゲームに懸けていたのだ。
「じゃあ、2番と4番が手をつないでください!」
 まずは軽いジョブからである。意気揚々と張り切る坂道に若干戸惑いながらも、2番の福富と4番の今泉が手をつなぐ。その様子を坂道がすかさず写メった。その際に「じゃあ今度は恋人繋ぎで!」とさらに踏み込んだ要望を出すのも忘れない。萌えは自分で切り拓くものだ。
 その後も坂道は異様な引きの良さでなぜか王様になることが多かった。思わず今泉が聞いてしまうほどである。
「……細工とかしてないよな?」
「まさか!」
 嘘の下手な坂道のことだ、後ろめたいことがあればすぐに分かる。そんな様子が全く見られないことからこれが本当に運なのだろうことはすぐに信じられた。つくづく萌えの力とは恐ろしいものである。
 だんだんと盛り上がりながらゲームは続いていたが、真波が王様になったとき一悶着起きた。
「あ、オレが王様? えっと、じゃあ坂道くん。王様に膝枕してよ」
 にっこりと笑いながら命令した真波にすかさずレッドカードが出される。
「おい、アウトだろ!」
「名指ししたら王様ゲームの意味ねェだろ!」
 一斉に抗議され真波が不満そうに唇を尖らせる。せっかく王様になれたのにー、とむすっとしていたが、諦めて別の命令を考えた。
「えー、じゃあ5番が一発芸で」
「雑すぎる!」
 思わず東堂が突っ込む。坂道を指名できないと分かった途端にやる気をなくしたらしい真波をたしなめていたが、坂道は「膝枕は良いアイデアだよ真波くんGJ!」と内心真波を褒め称えていた。早速次に自分が王様になったときに使ってみる。
「2番が3番に膝枕してください!」
 嬉々として命令する。田所が新開に膝枕することになり、坂道は興奮を抑えきれず携帯を構えた。
「膝枕って……悪いな、新開。オレの膝でよ」
「いや、迅くんの膝はなかなか寝心地が良いよ」
「ガハハ、それ褒めてるのか?」
「褒めてるけど、あれ、伝わらないかな? 温かくて気持ちいいし、膝枕ってなかなかいいものだな」
 穏やかな雰囲気の二人を熱のこもった目で見つめながら坂道が問答無用で写メりまくる。新開さんが田所さんの膝に擦り寄っている! ああ田所さんが照れていて可愛いですこれはいい新田ですね! とひたすら楽しそうな坂道に、すすっと真波が近寄った。耳元に顔を寄せるとぼそぼそと囁く。
「王様ゲームって、坂道くんも考えたね」
「えへへ。新規開拓できるかなって」
「坂道くんって、ホント雑食なんだねー」
「うん。本命は東巻と今鳴だけど、あんまり地雷とかはないかな。どの組み合わせも関係性を想像するとおいしいよね」
「まさに今その関係性を作っているわけか」
 そう言って部屋の様子に目を向ける。総北と箱学の面々がわいわいと騒いでいる、こんな光景は実に珍しい。普段接点があまりない者同士も命令という名の強制スキンシップで距離を縮めることが出来るのだ。この空間は坂道にとってはパラダイスだろう。
「そういえば、真波くんは地雷とかあるの?」
「山坂以外の坂道くん受けは地雷。超地雷」
 見たこともないくらい真剣な顔で宣言する真波に坂道も引きつった顔で「そ、そっか……」としか返せなかった。
 
 だんだんとゲームは白熱していく。新開が「6番が王様の肩を揉む」という命令をしたときには、坂道が6番を引いたから大変だった。
「お、小野田くんか。じゃあよろしく頼む」
「は、はい! 失礼します!」
「……うん、なかなか上手いじゃないか」
「そうですか? えへへ」
「もうちょっと下の方も……ああ、そこ、気持ちいいな」
「ここですか?」
「うん。いいよ、小野田くん……」
 ただ坂道が新開の肩を揉んでいるだけなのに妙な雰囲気になるのは何故なのか。主に原因は新開にあると思うのだが、その様子を見てメンバーの目の色が変わった。そして大変分かりやすいことに、次から王様がマッサージを所望することがぐんと増えたのだ。
「4番が王様にマッサージ」
「次、8番が王様にマッサージだ!」
 坂道の番号がわからない以上諸刃の剣ではあるのだが、当てれば新開のようにオイシイ思いが出来るのだ。その僅かな可能性に賭けて何人もが食い付いた。
 もしかしたら坂道に感化されたのかもしれない。いつの間にか坂道以外の人間の命令も、スキンシップ系に走り始めていた。
「3番が5番の胸を揉む」
 なんて命令まで飛び出すのだからどうかしている。ちなみに揉む方の福富はかなり戸惑っていたが、泉田は揉まれて嬉しそうだった。アンディとフランクが喜んでいます! と活き活きしていたので命令した本人である鳴子も本望だろう。
 坂道も絶好調である。相変わらずの引きの強さを見せ、次々と自分好みのシチュエーションを命令していく。
「3番が6番に壁ドンしてください!」
 坂道が命令した瞬間、東堂がパッと顔を上げた。
「オレが6番だ。3番は誰だ?」
「……オレっショ」
「なにっ! 巻ちゃんか!」
 巻島が3番だと知って東堂が嬉しそうに表情を輝かせる。そのわかりやすい変化に坂道は隠れてガッツポーズをした。さすが東堂さん! 期待を裏切らない!
「あー、ったく、おまえかヨ東堂。つーか壁ドンって何なんだ?」
 巻島が思いきり眉をしかめて嫌そうに東堂を見るが東堂は全く気にしていないようだ。だが巻島の言葉を聞いて、ん? と首を捻っている。
「壁ドンって、最近流行っているあれか?」
「そうです! 相手を壁際まで追い込み逃げ場をなくし、壁を片手、もしくは両手で対象越しにドンする行為です! あ、ちなみにソースはピクシブ百科事典ですよ!」
「ああ、ドラマとか漫画でよくやってるあれか」
 壁ドンという言葉にピンと来なかった面々も坂道の説明を聞いてようやく理解したようだ。巻島の口元が歪む。
「ハァ? あれをやるのか?」
「はい! 巻島さん、東堂さんに壁ドンしちゃってください!」
 キラキラと瞳を輝かせ坂道がわくわくと巻島を見守る。そんな期待に満ちた表情を見てしまっては拒否することなど出来なかった。大きな溜息をつくと、うんざりした表情で東堂を壁際に追い詰める。そのまま片手を壁に打ち付けた。
「……ほら、これで満足か?」
「え? お、終わりか巻ちゃん!?」
 一度壁にドンすると巻島はすぐに東堂から離れ背を向けてしまう。あまりにあっという間の出来事に、ドンされた本人である東堂もぽかんと口を開けたまま間抜けな声を漏らした。
「壁ドンしたっショ」
「ダメです!」
 突然ぴしゃりと鋭い声が飛んだ。坂道である。適当にやってさっさと終わらせようとする巻島の前に立ちはだかると、厳しい表情で巻島を見つめている。
「壁ドンは……壁ドンはそんなに甘いものじゃないんです!」
 坂道の感情のこもった熱い言葉に今度は巻島が呆気にとられた。坂道の奴どうしたっショ、何でそんなに真剣な顔をしてるんだ!? つーか鬼気迫ってて怖いっショ!
「いいですか巻島さん! 壁ドンはシチュエーション萌えなんです! ただドンするだけではなく、その前後のやり取りも含めて萌えるんです!」
「はぁ」
「だから今のは完全な壁ドンとは言えません! さあ巻島さんもう一度! 思わずときめくような台詞や表情付きでお願いします!」
「もう一回やるのか!?」
 坂道に当然のようにうなずかれ巻島は頭を抱えた。しかし今の王様は坂道なのだ。逆らうことは出来ない。
 腹を括るしかないと顔を上げた巻島に向かって東堂が口を開く。
「なぁ巻ちゃん。オレをメガネくんだと思って愛を囁いたらどうだ?」
 にやりと不敵に笑う東堂を睨み付け、そのまま壁に押し付けると勢いよく壁に手を付く。東堂が驚いた表情で巻島を見上げた。
「おまえのすべてを奪うっショ」
「ま、巻ちゃん……!」
「ああああああああ!!」
 あまりに格好良く決めた巻島に東堂が思わず頬を染める。そんな良い雰囲気を打ち破ったのは坂道の絶叫だった。涙目で叫びながら床に倒れ込みゴロゴロと転がり出す。突然の奇行に驚いたように固まる一同だったが、そのうち多少は落ち着いたらしい坂道がむっくり起き上がると恐る恐る声をかけた。
「おい、大丈夫か小野田」
「は、はい、すいません! あまりにも理想の巻東すぎてつい限界突破しちゃいました」
「あれ、坂道くんって東巻派だったよね?」
「うん。でも巻島さんがあまりにカッコいいから正直巻東もアリだよね! ちょっと今の破壊力はやばかったよね!」
 心臓を押さえながら坂道が興奮したように話す。あまりの萌えシチュエーションに息も絶え絶えで失神寸前である。
「た、たしかに今の巻ちゃんにはうっかりときめいてしまったぞ!?」
 壁ドンされた東堂も顔を赤くしている。普段あまり見ることのない巻島の一面に戸惑っているようだ。
「どうせなら東堂じゃなくて、坂道にやりたかったっショ」
 盛り上がる二人を横目に見ながらぽつりと呟いた巻島の本音を聞いたのは田所だけである。田所は嫌そうな表情を浮かべると全力で今聞いたことを忘れる作業に徹した。



(後略) 





  (本文より一部抜粋)