【サンプル】 クライマーズが愛を呼ぶ



【今泉俊輔の場合】

 一年というのは思った以上にあっという間に過ぎるものだ、というのをオレは今身をもって感じている。裏門坂のあの傾斜をママチャリで走る小野田と出会ってもう一年が経つ。オレの高校生活は、小野田と出会ったことで大きく変わったのだ。

 小野田の様子がおかしいと思うようになったのは新学期になってすぐのことだった。いや、もともと変わった奴ではあるんだが、それに輪をかけておかしいのだ。どこが、と聞かれるとはっきりとは言えないのだが、どうも巻島さんが関係しているのは間違いないようだ。
 まず、言葉。一年では別のクラスだったから、今まではクラスでの小野田の様子をオレはよく知らなかった。だから授業中ウトウトした時に「ねるなっショ!」と呟いていたり、体育でバスケをした時にも「がんばるショ!」と叫んだりしているのを見て、多少は驚いたもののすんなりと受け入れてしまったのだ。ああ小野田は巻島さんを尊敬していたからな、口癖も真似しているんだろう、と。一応去年小野田と同じクラスだった奴に聞いてみると、「ああ、ショとかいうやつだろ? 言ってたかもな。冬くらいからか……何回か聞いた気がする。ヘンな口癖だと思ってさ」なんて言っていたから、言い出すようになったのは巻島さんが海外へと行ってしまってからのことだろう。だからこれは、こいつなりの寂しさへの対処法なのかもしれない。無理もない、小野田はずいぶん巻島さんを慕っていたから。
 それに、態度。会話の中で巻島さんの名前が出ると小野田は過剰な反応を示すのだ。
「あ、そういえば巻島さんも言ってたな」
「ふぁ、ふぁい!? 巻島さん!?」
 あまりに大袈裟に反応するからこっちの方が驚いてしまう。さすがに怪訝に思い尋ねても、慌てたように顔を赤くするばかり。相変わらずヘンな奴だと思っていたのだが――そういえば、心当たりがあった。

 小野田と巻島さんが付き合っているらしい、というのはオレも鳴子も気付いていた。この間巻島さんが日本に戻ってきた時、小野田の背中を押したのはオレ達だ。二人がお互いをどう思っているかはうっすらとしかわからず確信は持てなかったが、多分そこにただの先輩後輩以上の感情があるのだろうことは予想がついた。あえて小野田に問い質すことはしなかったが、小野田はオレでさえわかりやすいなと思うほどの奴だから、態度や表情から上手くいっただろうことはすぐにわかったのだ。
 しかし、同じクラスになってしばらく経つが、巻島さんと付き合っているにしては気になる点がいくつかあった。お節介かもしれないが、一度確認してみた方がいいのかもしれない。そう判断し、二人で昼飯を食べているときに聞いてみた。
「小野田、おまえ巻島さんと付き合ってるんだよな?」
「え!? ええ、えーっと……」
 派手に驚いた小野田が顔を真っ赤にして思いきり目を泳がせる。その態度が答えになっていると思うのだが、小野田は「本当は秘密なんだけど」と前置きしてから内緒話をするようにオレの耳に顔を寄せた。むしろオレはそんなに態度に出しておいて秘密のつもりだったというのが驚きだぞ、小野田。


(中略)




【田所迅の場合】

 メロンソーダのストローを手で弄びながら、巻島がぽつりと呟いた。
「あー、坂道とヤりてえ」
「オレに言うな!」
 先ほどから繰り返されるのはこんな話題ばっかりだ。いい加減うんざりしながら思いきりコーラを啜ると、パチパチとした炭酸の刺激が熱く喉を焼いた。

 年の瀬というのは忙しいものだ。それは実家のパン屋を手伝っているオレも例外ではなく、年末の慌ただしさに追い立てられるようにして毎日忙しく過ごしていた。
 そんな中、突然巻島から帰国するという連絡があった。今年は年末年始を日本で過ごすのだそうだ。
「田所っちも忙しいと思うけどヨ、ちょっと会わねえ?」
「おう! おまえが帰って来てるんならそりゃ会うぜ! 金城も誘うだろ?」
「それが、金城は家の方の予定があるとかで都合がつかないんだと。せっかく日本に帰ってくるのに申し訳ない、って謝られたっショ」
「そうか、そりゃ残念だな」
 残念ながら今回金城はいないようだが、まあまた会える機会もあるだろう。今回は巻島と二人で久々の再会を楽しむ――と、ここまではいい。オレも巻島に会えるのは楽しみだったしな。
 でもな、巻島。オレは予想外だったぜ。――まさかおまえがこんなに惚気まくるなんてな!

 珍しくカラオケボックスなんかに誘うからどうしたのかと聞いてみれば「あんまり周りに聞かれたくない話をするから」と言われた。今思えばその時点で気付くべきだったのだ。
 カラオケボックスのフリータイムに入って二時間。オレ達は一曲も歌うことなく、ひたすら会話に花を咲かせていた。というか、巻島が一方的に喋っている。よくわからねえが、とにかく小野田について喋りまくっているのだ。
「そんでな、どうしても声が聞きたくなって電話しちまったんだけどナ。坂道は「巻島さんから電話がかかってくるなんて夢みたいです」なんて言って喜んでなァ」
「ああ、そりゃ……小野田はずいぶん健気だよなあ」
 頼み込んで店番を代わってもらってまで、なんでオレはこんな話を聞かなきゃならないんだ。だんだんと疲れた思いが怒りへと変わっていく。だってなァ、巻島の奴、マジで延々と惚気てるぞ。オレはいつまで聞いてりゃいいんだ?
「それで……田所っち、聞いてる?」
「聞いてるっつーの! つーか巻島、おまえどうした!? そんなキャラじゃないだろ!」
「はぁ? キャラ? 何言ってんだ田所っち」
 ああもう! 巻島から「小野田と付き合うことになった」なんて言われたときは驚いたが、どうも秘密主義っぽいこいつがわざわざオレに打ち明けたのはこうして思う存分惚気るためだと思うとなんか腹立つ!
 とりあえずこのカラオケの会計は巻島もちということで、オレは巻島の話を聞き流しながら、ひたすらフードメニューを片っ端から注文しては食い尽くすという作業に没頭していた。このままの勢いだとメニュー制覇も狙えそうだ。
「でもよ、手嶋や青八木に聞いたけど、小野田って今年のインハイ終わってからずっと元気ないんだろ?」
「ああ」
「いいのか?」
「あいつは強いからな」
 短く言って肩を竦める。これだけ惚気ていても自転車となると別らしい。信頼しているのかもしれないが、もっと過保護な印象があったからちょっと意外だった。
「それに、ハコガクの真波が何かしたみたいで、立ち直ってきてるらしいっショ」
「何かって何だよ」
「坂道は一緒に峰ヶ山登ったって言ってたなァ」
「……巻島、おまえ嫉妬してるのか?」
「クハッ、まさか!」
 いや、その言い方にすげー棘があるように聞こえんだけど。
「まあ小野田が立ち直ったならよかったじゃねえか。オレも心配してたんだけどよ、まあ卒業したオレ達が口出す事じゃないとも思うしな」
 手嶋や青八木には声をかけたが、オレ達に出来ることなんてたかが知れている。なんつーか、自分は無力だって感じるんだよなあ、ああいうときは。自分が直接関わっていない分だけもどかしい。
 しんみりした雰囲気になり、急に空気が重くなる。くそ、せっかく巻島が帰ってるっつーのにこの空気はねえだろ。
「……おい巻島、惚気でもいいから何か話せ」
「はァ?」
「聞いてやるって言ってんだよ」
 背中がむず痒くなるような惚気でも、この空気がなんとかなるならまあ我慢してやる。巻島もさすがにオレの言いたいことがわかったのか無理に笑った。
「じゃあ、何から話すかなァ」
 考える素振りを見せた後、ふと巻島が真顔になる。何事かと思うと妙に真剣な表情で顔を寄せてきた。
「……田所っち、聞きたいことがあるっショ」
「なんだよ」
「付き合って九ヶ月でキスもまだ、ってどうなの?」
「はぁ!?」


(中略)


【巻島裕介の場合】


(中略)


 ゆっくり唇を合わせる。キスは何度もしているが、緊張のためか坂道の唇は震えていて、いつもよりもひんやりとしていた。オレも相当緊張しているが、坂道はきっとそれ以上だろう。額や頬に口づけながら、ゆっくりと抱き締めた。
「オレも初めてだから上手く出来るかわかんねぇけど……絶対、優しくするっショ」
「はい」
 坂道が部屋の明かりを気にしているようだったので少し暗くしてやると、ほっとしたような表情を浮かべた。電気にすら嫉妬するなんて本当に馬鹿らしいと思うのだが、坂道の頭の中にオレ以外の存在がいると思うとついイラっとしてしまうのだ。今はオレのことだけ考えて欲しいというのはワガママだろうか。自分の独占欲が強いかどうかなんて考えたこともなかったが、どうやら坂道に関していえば非常に強いらしい。
 ゆっくりとベッドに坂道を押し倒すとそれだけで驚くほどドキドキした。組み敷いた坂道の体も心も出会ったときと比べればずいぶん成長したが、それでもオレにとって坂道は可愛い後輩のままだ。多分理屈ではないのだろう。初めて坂道を見たときの印象がそれほど鮮烈だったのだ。
「なァ坂道、オレだけ見てろ」
 言いながら噛みつくようなキスをする。軽いキスは、だんだんと濡れた音を伴う深いものへと変化していく。次第に激しくなっていくキスに頭の奥が痺れるような気持ち良さを感じて坂道の頬を撫でる。いつもとは違う、特別な甘さが口の中へ広がっていく。
「ふっ……あ」
 吐き出される吐息が熱くなっていき、舌を差し込み咥内を貪るとどちらのものかわからない唾液が唇の端を流れる。それを舐め取ってさらに舌を絡め取ると強く吸い上げた。柔らかく濡れた感触に頭の芯まで快感が襲う。自分の体が熱くなっていることに気付いたが、坂道の体も既にだいぶ熱を帯びていて、同じ熱を共有しているというそれだけで嬉しくなった。
 坂道の着ているシャツをたくし上げると、その素肌は熱を帯びて微かにピンク色に染まっている。見つめているとごくりと喉が鳴る。逸る気持ちを抑えながら、その肌に丁寧に触れた。
「んっ……」
 滑らかな触り心地に夢中になる。耳にそっと口づけて、そのまま唇を鎖骨へと移動させる。汗の滲んだ首筋から、より下へ下へと唇を這わせていく。坂道の体はぴくんと反応を見せて、その反応に喜んだオレは体のあちこちに口づけた。
 腹の辺りに口づけていると坂道がふっと息を漏らす。
「巻島さん、くすぐったい、です」
 坂道が身を捩る。オレにはそれがたまらなく色っぽかった。
「くすぐったい? ……ここも?」
「やっ……!」
 胸の突起をきゅっと摘みあげる。先ほどまでとは違う、高い声が聞こえる。オレはその反応につい嬉しくなって何度もそこを刺激した。
「あ、や……です……なんか、そこ」
「嫌か?」
「あっ……変になる……」
「変? ……気持ちいい、じゃなくて?」
 少し意地の悪い聞き方かと思ったが、坂道が潤んだ瞳で見上げてくるとひどくそそられた。上目遣いで見つめられて、オレの体はますます熱くなる。
「……んっ」
 いくら坂道の願いといっても今は別だ。オレは坂道の言葉を無視して、そのままその胸の突起を口に含んだ。唇で食み、舌先で何度もつつき転がすように刺激する。
「あっ……ん」
「気持ちいいか?」
「んんっ!」
 オレの言葉に坂道はひたすら首を横に振る。いつも素直な坂道にしては珍しい。体はこんなに反応しているというのに……おそらく、よほど恥ずかしいのだろう。
 坂道の下肢に手を伸ばすと、下着の上からゆっくりと撫で上げた。
「……ここは素直に反応してるっショ」
「ッ、巻島さん!」
 羞恥からか顔を真っ赤にして坂道が抗議の声をあげる。優しくしてやりたいと思うのに坂道があまりに可愛いからつい意地悪してしまう。多分、これも不安の裏返しなのだ。
「そ、そんなところ……!」
「触るな、か? そんなこと言ったら何も出来ないっショ」
「……っ」
 坂道が言葉に詰まる。そんな坂道を見て一気に下着を取り払った。
「やっ……!」
 反射的に閉じようとする脚の間に体を割り込ませて坂道の内股を撫でる。日に焼けることのないそこは白く艶めかしかった。
「坂道……」
 ちゅっと唇に軽いキスを贈りながら、オレは坂道自身に手を絡めた。どくどくと血の通う熱い感触に思わず息が上がる。
「ん……」
 恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑るその顔を見れば感じてくれていることは確かだろうと思う。そんな坂道の官能的な表情にこっちが逆に参ってくる。優しく、優しくしたいけど――自信がなかった。
「もっ……やだっ……」
 甘く甲高い声に頭がおかしくなってくる。うわ、マズイっショ。ある意味、オレの方が坂道にやられてしまっている。たぶん、もう我慢出来ない。オレの理性は悲鳴を上げ始めていた。
「イッていいぜ」
「ふっ……やあっ……!」
 言葉と共に力を込めて激しく手を動かすと坂道はぶるりと体を震わせて達してしまった。
 ――可愛い。ああもう、マジで余裕がない。


(後略) 







  (本文より一部抜粋)