大好き2年生!~烏野先輩・後輩陣による2年生総選挙~



いま部室には一年生しか居ない。
一年生で部室を使わせてもらえるだけ有り難いことだし、バレー部の先輩は理不尽に威張り散らすような人もいないので恵まれていると思うが、やはり先輩が居ると多少は緊張してしまうのは仕方ないことだろう。先輩の居ないこの時間、4人はいつもよりリラックスした様子で着替えていた。
「今日先輩達遅いんだなー」
「珍しいよな!」
山口がぼやくように言い、日向が同意する。この4人で居る場合、自然に月島、山口ペアと日向、影山ペアに別れてしまうのは主に月島と影山の相性の悪さによるものだろう。日向と山口は特別確執があるわけでもなく、むしろ1年生だけでいる場合一番平和な会話が成り立つ組み合わせといえた。

着替えている途中、山口がバランスを崩しロッカーにぶつかった。
「うわっ」
がしゃんという音とともにロッカーの上に乗っていたものがいくつか落ちる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
派手な音に3人が振り向く。音のわりに衝撃は少なかったようで、山口は特にケガをした様子もなかった。
「あちゃー、やっちゃった」
落ちたものを一つ一つ拾うが、その中にCDのケースがあるのを見て山口の顔が青ざめる。
「げ、割れてないよな!?」
慌てて裏表様々な角度から見回し、傷が付いていないことを確認して安堵の息を漏らす。どうやら一緒に落ちた誰かのスポーツタオルがクッションになったようだ。
「よかったぁ」
「あ、そのCDってこの前のやつじゃん」
山口が手にしているCDを見て思い出したように日向が口を開く。
「そういえば、3年の先輩で総選挙?とかやったよな」
この間、田中がこのCDを見つけてみんなで3年の推しメンを挙げていったのは記憶に新しい。大好きな先輩だから、一人を選ぶのは大変難しかった。
そこで日向が思い付いたように声を上げる。
「そうだ!今日は2年の先輩で総選挙やろう!」
「は?何言ってんの」
意気揚々と提案した日向をばっさり否定したのは月島だ。興味がないといった様子で、蔑むような目で日向を一瞥すると自分は関わらないというように背中を向けてしまった。
「えー、いいじゃん。やろうぜ」
日向が唇を尖らせるが、影山も山口も反応は薄い。焦れた日向は一人で勝手に始めることにした。
「なんだよ、じゃあ俺が先に始めるからな」
そう宣言するが、誰を推すか考えようとしてもそう簡単には決まらない。
「んー、でも迷うなあ。西谷さんは背は俺より小さいのにすごく大きく見えるくらい先輩としてデッカイし、ガリガリ君奢ってくれるしなぁ……それにどんなボールも拾ってローリングサンダーも格好いい!田中さんもゲロ吐いても許してくれて優しいし、スパイク決めるとき格好いい。かっこいいポーズも教えてくれるし……」
頭を抱えて悩んだあと、ぶつぶつと「どちらにしようかな」と呟き指を左右に動かし始める。
その時、澤村達が部室にやってきた。
「おース」
いつも通り着替える1年3人の横に、一人頭を抱え呟き続ける日向を見つけてびくりと肩を揺らす。いつも元気いっぱいの日向だから余計に不気味だ。
「おい、どうしたんだ?」
「あ、主将!あの、2年生で総選挙やろうと思って、誰を推すかで悩んでて」
「総選挙?」
日向の言葉は足りなすぎて全容を掴むのには時間が掛かった。しかし落ち着いて考えてみると総選挙という言葉には覚えがある。先日、澤村達も1年の中で『推しメン』を選ぶということをやった。あのときは田中や西谷が主導して進めていたが、今回は日向が言い出しっぺでどうやら推すのは今ここにいない2年生らしい。
そこまで考えて納得する。
「ああ、2年でやるのか」
「はい」
月島や東峰は、よく分かるなあの説明で、という目で澤村を見る。これくらい出来ないと主将はやってられないのかもしれない。
「で、誰に決めたんだ?」
澤村が目を細めながら尋ねる。菅原と東峰も面白そうに見守った。日向は未だ少し迷って様子のまま答える。
「えっと、すごい迷ったんですけど、田中さんかなって」
「へえ、そりゃ田中喜ぶな」
『先輩』という響きに憧れを持つ後輩の姿を思い浮かべ澤村が笑う。
「西谷さんも格好いいんですけど、ていうか選べないんですけど!」
力説する日向に、あの呟きと指の動きの意味を察する。
「結局運じゃん」
山口が突っ込んだ。天の神様が選んだのはどうやら田中だったらしい。
「だって選ぶのすごい難しいだろ!」
日向が頬を膨らませて山口に言い返す。その難しい中で一人を選ぶのが醍醐味だと田中も言っていた。本当に好きなものほど、一つを選ぶのは難しい。

「そう言う山口は誰なんだよ?」
日向がそのまま山口に矛先を向ける。山口は少しだけ考えると答えた。
「俺は縁下さんかな。見てて一番ほっとする気がする」
他の二人がああだから余計そう感じるのかもしれないが、穏やかに見守ってくれる感じが『先輩』らしいと思う。2年も雑用など積極的にこなすので話す機会、接する機会も多いが、田中や西谷ほど目立たなくてもやるべき事はきちんとやる姿に好感を持っている。
1年生でも、他の3人はスタメンで山口だけがベンチという状況も多い。失礼かもしれないが、似たような状況の縁下に自分を重ねているという意味もあるかもしれない。それは悪い意味ではなく、個性の強い同級生に囲まれた平凡な人間の苦悩というか……勝手に親近感を抱いているだけなのだが。
やはり2年生の中では縁下が一番話しやすい。

「ツッキーは?」
山口に振られ月島は眉を顰める。話題に乗るのが心底嫌そうに顔を歪めているが、どうやら3年生も話に交ざる気らしいと分かり、このまま黙ったままを許してもらえそうにないと渋々と口を開く。
「僕も縁下さん」
月島の答えに澤村が思わず苦笑する。
「だと思った」
見透かされたことにムッとしつつ、それを極力表情に出さないように意識する。考えが全て顔に出るなんて、そんな子どもみたいな真似は御免だ。あのチビや王様じゃあるまいし。
「どうして?」
日向が丸い目を見開いて尋ねる。月島は理由を答えるのが面倒くさいと嫌そうな顔をしながらも3年生の視線を感じて仕方なく答えた。
「山口と同じだよ。うるさくないし、変に熱血とかじゃないし」
消去法で選んだと暗に言っているようなものだが、それでも月島が縁下の事をよく見て評価していることは普段の様子から分かっている。それに苦手なのは確かだろうが、田中と西谷に一目置いていることも。
たしかに田中や西谷は人を巻き込みあのパワーのまま突き進んでいくので、月島のような人間にとって苦手なタイプだろうと思う。放っておいてくれないからだ。しかし、だからこそ月島にはあの二人が必要だとも思う。もちろんそれだけでは月島も疲れてしまうので縁下のような人間も必要になる。一番月島の考えを尊重してくれる縁下を好ましく思うのは当然だろう。
澤村は月島を笑いながら見守り、それに気付いた月島は嫌そうに眉を顰めた。

「影山は?」
菅原が訊くと、唇を尖らせて考えたあと眉を寄せたまま答える。
「西谷さんですかね。あのレシーブ技術はすごいです。正確にボールが返ってくるのは有り難い」
とことんバレー基準な影山に苦笑する。しかしセッターとして西谷が頼りになるというのは共感できる。どんなボールがきても拾って繋いでセッターにボールが返る。その技術もすごいし、妥協しないで常に上を目指す姿勢は尊敬できる。
「俺も西谷かな。格好いいし、頼りになる」
理由は影山と似たようなとこ、と言った後付け加える。
「あとは身長的にも、やっぱあれくらい小さい方が可愛いよなー」
冗談めかして言って笑う。菅原は「田中は可愛さが足りない」と言い切った。
「俺も西谷だな」
東峰も西谷を推すらしい。澤村は東峰を見るとからかうように片眉を上げた。
「旭と西谷見てると、どっちが先輩か分かんないもんな」
澤村が「大地ヒドイ!」とショックを受けているが、菅原も澤村の意見に賛成していた。
「たしかに、西谷体は小さいけど器がすごい大きいもんな」
日向も首を大きく縦に振って同意している。あの小さな身体のどこにあんなパワーがあるのかとたまに本気で驚くことがある。自分より年下で体格もあんなに違うのに、それでも西谷が大きくて眩しくて堪らないときがある。自分を引っ張り上げて、前へ前へと背中を押してくれる。自分はいつも西谷に助けられてばかりだ。
「俺いつも発破掛けられてばっかりだもんな」
はぁ、と東峰が溜息を吐く。自分もカッコイイ先輩でいたいと思うのに、今までを顧みても不安しかない。自分は西谷に何が出来たのだろうか。そして、これから何が出来るのだろうか。
「俺もなー、たまに『スガさん背中丸まってますよ!』とか言われたりする」
菅原も思い出して苦笑する。本当に、熱い頼りになる後輩だ。
「カッコイイよ、アイツ。ほんと」
東峰が実感を込めて言うと、皆うんうんと頷いた。

「大地は?」
「うーん、ホントこれ迷うよな。田中はすぐ他の奴らに絡んだり柄悪いけど、熱くて真っ直ぐな奴だし、西谷はほんとに男らしくて熱くてリベロとしての実力も高い。縁下は目立たないけど周りを見ながら動けてバランスを取るのがうまいな。その中で一人って言うと……」
澤村の悩みは皆共通のものだ。一人を選ぶというのはなんて難しいことだろう。澤村は腕を組んで考えたあと重々しく口を開いた。
「……田中かな」
「あ、田中なんだ」
菅原が納得したように言う。
「あれくらい熱くてパワーのある奴が、きっと部を引っぱっていってくれるんだろうなって思うよ」
しかしそのあと「馬鹿だけど」と付け加える。そこが一番の問題のような気がして頭が痛い。

「まあ、2年のバランスもうまくできてるよな」
田中と西谷がガンガン突き進み、縁下や木下、成田がほどほどに抑えつつ間違った場合は軌道修正していく。それぞれが互いの良さを活かしていくという理想的な形だ。
「アイツらが後輩で良かったな」
東峰が思わずというように呟く。澤村と菅原も優しく微笑むと頷いた。
「俺らも、先輩達が先輩で良かったです!」
日向も興奮したように続ける。山口が頷き、月島と影山は恥ずかしいのかぷいとそっぽを向いた。月島は「意味分かんないし」と一言付け加えるのも忘れない。

「あと、3年の先輩達も先輩で良かったです!」
日向がキラキラした目で3人を見る。
「日向、さっきから日本語崩壊してるぞ」
菅原が苦笑して言うと、うっと詰まり「だって何て言えばいいか分からなくて」と眉尻を下げる。伝えたい気持ちがあって、それをうまく表現できないのがもどかしい。
「まあ言いたいことは分かる」
澤村も穏やかに笑った。こんなことを言ってくれる後輩がいるのは嬉しいことだ。
「このメンバーだから良いんだよな」
澤村がそこで表情を引き締めた。だからこそ、叶えたい願いがある。
「それで、このメンバーで勝つ」
言い切った澤村に、皆の瞳が鋭く色を変える。


誰もが勝利への強い意志を宿した瞳で、決意の声を上げた。






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