夢の国へようこそ!



改札前にはたくさんの人がいる。その中でも目立つカチューシャ姿を見つけて、小野田は表情を輝かせて駆け寄った。

「東堂さん!」
「待たせたな、メガネくん!」

小野田を見つけると東堂も嬉しそうに目を細める。いつ見ても東堂の私服姿はカッコいい。巻島もカッコいいと思うのだが、それとはまた別ベクトルのカッコ良さなのだ。二人とも尊敬すべき先輩である。

「あの、お誕生日おめでとうございます!」
「ワッハッハ、ありがとう!」

開口一番祝いの言葉を述べると、東堂は笑いながら頭を撫でてくれた。そう、今日のデートは東堂の誕生祝いなのだ。
おめでとうの言葉はメールでも言おうと思っていたのだが結局0時を待たずに寝てしまった。朝起きた時には落ち込んだが、だったら直接会ったときに言おうと決めたのだ。大好きな恋人の誕生日、本当なら一番にお祝いしたい気持ちもあったのだけれど。



小野田と東堂は恋人同士である。
付き合っている、といっても高校を卒業した東堂は忙しく、また小野田も夏にはインターハイがあったためすれ違う日々が続いていた。
そのインターハイで一応顔を見ることはできたが、当然ゆっくり話をする余裕などなかった。卒業したとはいえ東堂は箱根学園の人間だし、小野田総北のジャージを着て走っている。いくら恋人とはいえ、勝負となれば話は別だ。



だから今日は久々のデートである。東堂の誕生日ということもあり、本人の希望で某テーマパークに遊びに来ている。 

「あの、お誕生日なのに千葉まで来ていただいて……」
「いや、それは別にいいんだ。キミに会いに来ているのだからな。それよりいつも思うのだが、なぜ舞浜なのに『東京』なんだ?」
「ドイツ村とかと同じ理論ですよね……」
他愛もない会話を続けながらチケットを買い入り口へと向かう。朝から大勢の人が並ぶゲートを抜ければそこはまさに夢の国であった。

「わぁ、すごい!」
「おお、キャラクターがいっぱいいるぞ! メガネくん、写真を撮ろう!」
「はい!」
いつものポーズで記念撮影をした東堂は満足そうに写真を眺めた。
「ハッハッハ、やっぱりオレは男前だな! メガネくんもなかなか決まっているぞ」
「あ、ありがとうございます。ボク、キャラクターと写真撮ったのすごく久しぶりです!」
「そうなのか。じゃあこの写真は焼き増しして今度あげよう」
「ありがとうございます!」
東堂と撮った写真はきっと宝物になるだろうと、小野田はえへへと表情をゆるめた。



マップを見ながら園内を進んでいくと、東堂がとあるショップの前で足を止めた。
「カチューシャだ! 耳だ!」
そこではキャラクターの耳のついたカチューシャやフードタオル、Tシャツなどが売っていた。こういうの好きそうだよなあと思っていたら案の定興味津々という顔で東堂が店に入っていった。小野田も慌てて後を追う。
東堂はカラフルなカチューシャを手に取りながら楽しそうに物色している。さすがにカチューシャには目がないらしい。最初は自分用の物を選んでいたようだが、その内変わり種にも手を出し始めた。
「これ、巻ちゃんに似合うんじゃないか!?」
東堂が手にした個性的なカチューシャに、それを被った巻島を想像して思わず小野田も笑う。
「そうですね。きっとカッコイイと思います!」

一緒にはしゃぎながら、二人はいつの間にか『巻島に似合うグッズ』を選んでいた。それはそれで楽しいのだが、ふいにちくんと胸に痛みを感じる。ちいさな棘が刺さるようなその痛みに小野田が表情を曇らせると、すぐに東堂に声をかけられた。
「ん? どうした?」
こうして小野田の僅かな変化にも東堂は目敏く気づく。それは、それだけ自分のことをよく見ていてくれるということで、小野田は東堂に悪いと思いつつもちょっと嬉しさを感じてしまう。
そして、その優しさに甘えてしまいたくなる。

だからかもしれない。小野田は勇気を出して東堂の手に触れた。
「あの、巻島さんもいいですけど……」
東堂は不思議そうな表情でこちらを見ている。真っ直ぐ顔を見ることができず俯きながら、しかしはっきりした声で伝えた。
「今は、ボクとその、で、デートしてるんですよ!」
燃えるように顔が熱い。両手で東堂の手を握って力を込める。これじゃあ駄々を捏ねる子どもと一緒だと頭では分かっている。でも……巻島に、ヤキモチを焼いてしまったのだ。

呆れられるかとビクビクしていたのだが、一瞬の間の後、握った手は強く握りかえされていた。頭をポンと叩かれ、ひどく優しい声が降ってくる。
「……そうだな。悪かった、メガネくん」
手を握り直し、指と指を絡めて繋ぐ。顔を上げると、東堂は柔らかく目を細めて笑った。
「さあ、どこに行こうか?」

そう言って振り返る姿があまりにもッカコ良すぎて一瞬で胸を打ち抜かれてしまった。
「東堂さん、反則です……」
「な、何がだ? おい、メガネくん顔が真っ赤だぞ!?」
暑さにやられたか、と慌ててペットボトルを差し出す東堂にふるふると首を振る。暑さではなく、東堂のカッコ良さにやられてしまったのだ。
火照った顔が冷めるまで東堂の顔はまともに見られないと、小野田はつないだ手に力を込めた。



お揃いのネズミの耳を着けた東堂と小野田は、いくつかのアトラクションやショーを見たあと、ちょっと早い時間だが昼食をとることにした。ちょうど近くでハンバーガーが売っている。
「あ、あそこにハンバーガーがありますよ」
「そうだな、じゃあそこで昼食にしようか」
互いに食べたいものを決めて列に並ぼうとすると、東堂は後ろから服を小さく引っぱられた。振り向くと小野田が東堂を見上げている。
「あの、東堂さん、ここはボクが奢ります!」
唇を引き結んできりっとした表情を見せる小野田に東堂が一瞬目を丸くする。多分、今日が東堂の誕生日だということで気を利かせてくれたのだろう。小野田なりに色々と考えているのだ。
しかし、恋人であり後輩である小野田に奢ってもらうというのは少々プライドが邪魔をする。気持ちは十分に嬉しいが、まだ小野田は高校生だということを考えると、やっぱり少しは先輩である自分の良いところを見せたいのだ。
「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」
「でも……」
「じゃあ、ここはいいから、あとであれを奢ってくれないか?」
そうして指差したのはアイスのワゴンだった。先程から何度も二人で美味しそうだと話していた。
「……いいんですか?」
「メガネくんが食べさせてくれるならもっと嬉しいな」
「え、その、えっと……」
「冗談だよ」
頭をグシャグシャと掻き混ぜて口の端を上げる。
「ここの会計は済ましておくから、席を取っておいてくれないか?」
「え、えっと……」
「頼んだよ、メガネくん」
「……わかりました」
ここまで東堂に言われたらやっぱり引き下がるしかない。さりげなく相手を気遣いこうして自然に振る舞える東堂はカッコイイし大人だと、改めて惚れ直してしまう小野田だった。


食事の後は約束通り小野田がアイスを買ってきた。
「東堂さん! アイスです」
「ありがとう、メガネくん」
「あの」
小野田は買ってきたアイスを手にしたまま僅かに躊躇った。しかしすぐに東堂の口元へアイスを差し出すと真っ赤になって小さく言う。
「あ、あーん」
面食らった東堂だったが、促されるままに素直に口を開けると小野田の手にあるアイスを囓る。小野田は先ほど冗談で言ったことを覚えていてくれたらしい。まさかここまでサービスしてくれるとは思わなかった。
「……美味しいですか?」
「美味いな、とても」
アイスを握る小野田の手を掴んで引くと、赤く染まった頬に素早くキスをした。こちらもアイスに負けないくらい甘い。



その後もいくつかアトラクションに乗り、気がつけば夕方になっていた。今の内にお土産を選ぼうとショップを見て回る。
「メガネくんは家族に買うのか?」
「はい。あと総北のみんなと、巻島さんと……」
「巻ちゃんにも?」
「あ、はい」
「イギリスだろう?」
東堂が尋ねると小野田ははにかむように微笑んだ。
「会ったときに渡そうと思って。どこか出掛けるたびに買っちゃうから、巻島さんへ渡したい物がたくさん溜まってます」
えへへと恥ずかしそうに告げる小野田に東堂が呟く。
「そうか。愛されてるな、巻ちゃん」
東堂としては特に意識せずに言った言葉だったが、小野田は複雑な表情を見せた。
「……えっと」
言葉を探すように口を開くと真っ直ぐに告げる。

「巻島さんはもちろん好きですけど、ボクが愛しているのは東堂さんですよ?」

驚いて顔を見ると、小野田は湯気が出そうなほど真っ赤な顔をして東堂を見上げていた。東堂もつられて赤くなりながら目を瞠る。
「愛してる、なんてそんな簡単に言うんじゃない」
赤い顔を隠すように手のひらで口元を覆い、視線を逸らしながら言う。
「え、あ、すいません」
東堂は横目でチラリと小野田を見遣ると、やや乱暴に腕を掴んで店を出た。急に腕を取られ驚いた小野田だったが素直についていく。
ぐんぐん進む東堂に引っぱられるようにして早足で歩き、人気の少ない場所で立ち止まった。こちらを見る東堂は妙に真剣な表情をしている。あれ、と思う間に唇を奪われた。

「こんな人の多いところで煽ってくれるな」
触れただけの唇はすぐに離れていった。東堂の瞳が欲に濡れぎらついた光を灯しているのに気がついた小野田がひゅっと息を呑む。こんな場所で雄の顔を見せられたらこちらだってたまらない。一度のキスでは物足りないなんて感じてしまう。

小野田が泣きそうな顔で
「ボクも煽られちゃいました」
と呟くものだから、東堂は我慢できずにもう一度小野田に口づけを落とした。



夜のパレードも終わり、夢の国での夢の時間もそろそろ終わりを迎えようとしている。東堂と小野田はベンチに座りライトアップされた園内をぼんやりと眺めていた。
「東堂さんお誕生日おめでとうございます」
「うん」
「本当に、プレゼント用意しなくてよかったんですか?」
プレゼントは要らないと前から言われていた。その代わりの、今日のこのデートなのだ。小野田としては初めて出来た恋人の誕生日に何かプレゼントを渡したい気持ちもあったのだが、東堂の願いを聞くのがプレゼントと言われたら全力でそれを叶えようと思った。

「今日はメガネくんを独り占めできたからな」
上機嫌で答えるとぐしゃぐしゃと小野田の髪を撫でる。
「でも、あのボクたちお付き合いしているわけですし、その、デートなら別にプレゼントじゃなくても……」
確かにお互い忙しいが、それでも恋人のためなら少しの時間は作れるはずだ。別にプレゼントという名目がなくてもデートなど喜んでするのだが。小野田がそう言うと、東堂は目を細めて小野田の頬を手のひらで包んだ。

「誕生日を大好きな人と過ごせるのは幸せだとは思わないか?」
そう言うと小野田の鼻先に口づける。くすぐったくて首を竦めると、東堂は笑って唇にも触れるだけの口づけを落とした。
「……そうですね」
たしかに、今日一日小野田はとても楽しかった。多分、幸せというのはこういうことなのだ。東堂が自分と同じように今日のことを大切に思ってくれているなら、こんなに嬉しいことはない。

「来年の誕生日はどこに行こうか? いや、その前にメガネくんの誕生日があるな。3月だろう?」
「はい」
「今度はメガネくんの行きたいところに行こう。楽しみだな」
来年の約束が嬉しい。誕生日という特別な日に、東堂を独り占めできたのは小野田も同じなのだ。きっとこれは恋人の特権だろう。


きっと自分は次も、その次の夏もこうして東堂と一緒にいるのだろうと思うと、嬉しくて頬がゆるむ。その顔を見た東堂も幸せそうに微笑むものだから、小野田は東堂の手を取るとぎゅっと指を絡めた。

「大好きです、東堂さん!」








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