総北と箱学で坂道の誕生日をお祝いする話



 ――三月某日。総北高校自転車競技部の部室では秘密の会議が行われていた。小野田を除く部員たちで顔を突き合わせて真剣に話し合う。

「やっぱ小野田くんの好きなアニメのモンがええんちゃいます?」
「いや、アニメだとオレらは詳しくないからミスチョイスする危険があるだろ」

 鳴子の提案を手嶋が冷静に分析する。どうせ贈るなら喜んでもらえるものがいいが、知らない分野に挑戦するのはハードルが高い気がする。アニメのことは分からないからなァと手嶋が頭を掻いていると今泉がそっと手を上げた。
「あ、オレ小野田が気になっててDVDが欲しいって言ってたアニメ知ってますけど」
「なんでそんなん知ってるんやスカシ! オタクか! おまえもオタクになったんか!」
 途端に鳴子が勢いよく突っ込みを入れる。どうやら坂道に何か布教されていた今泉の数々の行動から疑惑を抱いていたらしい。
「いや、そ、それは違うぞ」
「その動揺と否定の仕方がマジっぽいっちゅーねん!」
 別に鳴子は今泉がオタクでも構わないのだが最近特に目立つ今泉の変化が気になっていたのだ。鳴子と今泉の会話がいつものように脱線しそうになるのを、手嶋が手を一つ叩くことで元に戻す。
「まァDVDもアリっちゃアリだけどな。ただ一応部員みんなからのプレゼントだから基本は自転車に関係するモンがいいんじゃねえの? そうなると消耗品かァ?」
「まあそれが無難ですよね」
 話題をそらせてホッとしたというように今泉も同意する。別に今泉も自分がオタクだと思っているわけではない。ただ小野田が好きなものだから自分も気になっているというだけだ。そう自分に言い訳をしている時点で危険な領域に片足を突っ込んでいるということにまだ今泉は気づいていない。

「じゃあ何を選ぶかだよな。オレはグローブかシューズあたりがいいかと思ってるんだけど」
「そうっスね。そういや小野田くんシューズボロボロになってたしなァ」
「んじゃそれにすっか」
「毎日使うものですしね。いいんじゃないですか」
「青八木もそれでいいか?」
 手嶋が尋ねると青八木もこくりとうなずく。
「ほんじゃプレゼントは決まりで! そんで予算はどうするんですか? みんなで出し合うんですよね?」
「そう考えてるけど」
「……田所さんたちも……」
 青八木が口を開き、手嶋が後を引き継ぐ。
「ああ、そうだな。田所さんと金城さんもオレらに乗るってさ」
「つーことは、オッサンらもお金出してくれるんですか!」
 パッと顔を輝かせる鳴子に青八木が声をかける。
「当日も……」
「ああ、当日も小野田の顔見に来てくれるみたいだぜ?」
「金城さんも来るんですね」
 今泉も不敵に笑う。鳴子が「これで巻島さんもいれば完璧なんやけどなあ」と残念そうに呟いた。



 ――三月七日当日。部室にやって来た小野田はそこに金城や田所の姿があるのを見て目を見開いた。どうしてと問う前に鳴子が小野田に声をかける。部員みんなで祝いの言葉とともに選んだプレゼントを渡すと、小野田はとても嬉しそうに表情を輝かせた。
「あ、あ……ありがとうございます!!」
 みんなに言われさっそく履いてみると新品のシューズはぴたりと自分の足を包んだ。
「わ、ピッタリです!」
「カッカッカ! 当然や! この鳴子サマには何でもお見通しなんやで!」
 鳴子が胸を張って高らかに言い小野田がすごいよ鳴子くんと拍手を送る。それを呆れた目で見ると今泉も小野田に笑いかけた。
「小野田、実はケーキも用意してるんだ」
「え! ケーキも!?」
 わぁ、と小野田の顔が輝く。
「今日は練習終わったらパーティーだな!」
 手嶋の言葉にみんながわっと沸く。そのとき室内に軽快なメロディが流れた。

「あれ、ソレ小野田くんの携帯か?」
「あ、う、うん。誰からだろう?」
 相手も確認せずに慌てて電話に出た小野田はすぐに「真波くん!?」と声をあげた。
「え、どうしたの?」
「うん、あのね、来ちゃった」
「え、え?」
 真波の言葉の意味が分からずに小野田が慌てふためいていると部室をノックする音が聞こえる。扉が開くと、そこにはたしかに真波の姿があった。

「坂道くん、来たよ!」
「真波くん!? え、ええぇ!?」
「久しぶりだなメガネくん!」
「よォ。小野田チャン、相変わらず細ェなァ」
「と、東堂さんに荒北さん!」
「やあ、迅くん」
「突然押し掛けてすまない、金城」
「お邪魔します」
「ここが総北か」
 真波の後ろからは東堂に荒北、それに新開、福富、泉田と黒田の姿もある。
「えっ、え!? ど、どういうことですか!?」
 
 まさかのハコガク大集合に混乱したまま小野田が叫ぶ。それに答えたのは真波だった。
「坂道くん、誕生日おめでとう」
 にっこり笑って告げる真波につい小野田も律儀に答える。
「あ、ありがとう……って、じゃなくってですね! なんでみなさんここにいるんですか!?」
 忙しなく周りを見回す小野田に真波が笑いかける。
「だから、今日は坂道くんの誕生日だって聞いたからお祝いに来たんだ」
「ええ!?」
 さらりと言われた言葉は説明になっているようでなっていない。本当にわざわざそのためだけに箱根から千葉までやって来たというのだろうか。

「本当はオレ一人で来る予定だったんだけど、聞いたらみんな来たいって言うもんで」
「オイ真波! 今日がメガネくんの誕生日だということを誰が教えたと思っているんだ!」
「はい、東堂さんに教えてもらいましたー」
 真波の言葉を聞いて不服そうに主張する東堂に真波がしれっと答える。驚いたのは小野田だった。
「え!? 東堂さんどうして僕の誕生日をご存知なんですか?」
 東堂に誕生日の話などしたことがない。不思議に思って聞くと東堂は胸を張って答えた。
「巻ちゃんに聞いた!」
 その一言ですべてを納得する。巻島→東堂→真波の伝言ゲームだったというわけか。
「メガネくんは巻ちゃんの大事な後輩だからな、こうして山神自ら祝いに来たというわけだ!」
「あ、ありがとうございます」
 ビシッと指を差す東堂の勢いに気圧されていると、目の前にどんと大きな袋が置かれる。

「これはオレたちからのプレゼントだ」
 そう言って新開がウインクする。中をのぞいてみるとパワーバーがぎっしり入っていた。
「オレのオススメの味を詰め合わせた。約一カ月分だな」
「うわ、すげエ」
 一緒に中をのぞいて田所も思わず呟いた。この量はおそらく『新開にとっての』一ヶ月分だろう。
「え、い、いただいてしまっていいんですか?」
「いーンだよ小野田チャン。もらっとけ」
「は、はい……ありがとうございます!」
 小野田が頭を下げて礼を言うと新開は口元に笑みを浮かべ荒北はそっぽを向いてしまった。
「ねえ坂道くん、登ろう!」
 我慢できないというように真波が声をかける。小野田の誕生日を祝うために来たのは本当だが、目的はそれだけではなかった。小野田に会えば一緒に走りたくなってしまう。
 真波の言葉を聞いて小野田も嬉しそうに答えた。
「うん!」



 自転車乗りがこれだけ集まればレースにならないワケがない。
「勝ったヤツからケーキ好きなだけ食っていいことにしようぜ」
「なんやそのルール!」
「それは負けられないな」
「新開さん、ボクもがんばります!」
 スプリンター組はケーキを賭けて熱く盛り上がっている。
「ケーキはオレがもらったァ!」
「大人げないわオッサン! ワイも絶対負けへんで!」
「オレも負ける気はないよ」
 そう言ってケーキに向かいバキュンポーズをする新開を見て泉田が両手で胸を押さえた。
「ああ、新開さんかっこいいです……!」


 一方、オールラウンダー組は福富と金城が熱く見つめ合っていた。
「勝負だ、金城」
「ああ、オレも負けない」
 もう部を引退し高校も卒業したということで肩の力も抜けたのだろう。二人とも純粋に走ることを楽しんでいる様子だ。
 しかしそんな二人や周囲の人間の盛り上がりを一歩退いたところから冷静に見ている人物が二人。
「なんなんですか、これ」
 今泉が放った言葉に荒北が口元を歪めながら返す。
「オレもわかんネーっつの。マ、とりあえず小野田チャンがスゲーってことダロ」
「小野田……」
 すっかりレースの空気になっていて忘れていたが、荒北の言葉で今泉はこのレースは小野田の誕生日をきっかけに始まったことを思い出すのだった。


 二年生組も和気あいあいとしている。
「ねえ純ちゃん、一緒に走れるの楽しみだね」
 能天気に喜ぶ葦木場に手嶋は疲れた表情で返す。
「オレはすげー不安だよ」
 そんな手嶋を気遣うように青八木がぽんと背中をたたいた。
「青八木……サンキュ」
「純ちゃん大丈夫? そっか、主将だもんね」
「ウチの主将は憧れの先輩に夢中みたいだけどな」
 呆れたように黒田が泉田を見る。鳴子や田所とともに盛り上がっているようであの一角は異常にうるさい。
「まあ先輩たちがいるから安心だけどな。たしかにおまえと走るのは楽しみだよシキバ」
「純ちゃん!」
 嬉しそうな葦木場とちょっと拗ねている表情の青八木。手嶋の言葉はこの二人には大きな意味を持っているのだ。
 葦木場と青八木がバチバチと静かに火花を散らしている。手嶋はそれに気づかないふりをし、黒田も我関せずというように溜息を吐いてそっぽを向くのだった。


 真波と並んで走りながら、坂道は周りの人間の背中を見つめていた。
「すごい、すごいね真波くん!」
「うん。これは本気で走らないともったいないな」
 そう言う真波の顔は明るく輝いている。ボクも同じ気持ちだ、と思いながら小野田もペダルを回していると、隣を走る東堂に声をかけられた。

「これはメガネくんの人徳だな」
「え! ボ、ボクなんてそんな……!」
「いや、みんなキミが好きだからこうして集まったのではないか。それはメガネくん、キミが魅力的な人間だからだ。さあ、盛大に祝おうではないか!」
 そう言うと東堂がペースを上げる。置いていかれないように足に力を込めながら小野田がおずおずと口を開いた。

「あの、ボク今まで誕生日って家族くらいにしかお祝いしてもらったことなかったんです」
「そうか」
「だから、今日こうしてみなさんにお祝いしてもらって、プレゼントまでいただいて、すごく嬉しくて」
 小野田のケイデンスがぐんぐん上がっていく。風をきって走るのはなんて気持ちが良いのだろう。
「それにこうしてみなさんと一緒に走れるなんて夢みたいです。最高のプレゼントです!」
 ほおを赤くして興奮したように話す小野田を見て東堂が目を細めた。
「よかったな」
「ハイ!」

「ねえ坂道くん、来年もこうして一緒に走ってお祝いできたらいいね」
「うん、うん! あ、その前に真波くんの誕生日には、今度はボクが箱根まで行くね」
「わあ! 箱根で一緒に走れるんだ! 楽しみだな!」
「うん!」
 嬉しそうに未来の約束をする後輩を東堂が眩しそうに見守る。
「ここに巻ちゃんがいればな……」
 その呟きを聞いた小野田は思案するように瞳を彷徨わせ、その後思いついたように言った。
「あ、あとで写真を送りましょう!」
 小野田の言葉に東堂が楽しそうに笑う。
「そうだな。うむ、ならばオレはメガネくんの隣で写ることにしよう。巻ちゃんの悔しがる姿が目に浮かぶようだ!」



  * * *



 巻島は自室で小野田から届いた写真を見つめていた。珍しく声を立てて笑っている。
「クハッ、なんだこの人数。ハコガクまでいるじゃねェか」
 みんなに囲まれ、中央でイチゴの乗ったケーキを頬張っている小野田の肩をこれ見よがしに抱いている東堂には殺意が湧いたが、それは今度ヤツに電話したときにでもぶつけてやろうと思う。
「いい表情してンなァ」
 これだけの人数が集まるというのは、それだけ小野田が愛されている証拠でもある。そこに自分がいないのは残念だが贅沢は言うまい。こうして小野田の幸福のかけらを分けてもらえるだけで巻島も充分嬉しいのだ。
「よかったな、小野田」
 写真の中の小野田は大好きな人たちに囲まれて、とても幸せそうに笑っていた。






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