赤ずきん(東坂)



 吐く息が白く見えるほど冷える日だった。メガネくんはマフラーをぐるぐるに巻いて鼻の頭を赤くしている。つい気になって赤い鼻先に手を伸ばし指先で撫でてやると、彼は驚いたように瞳を瞬かせた。
「ひゃあっ、と、東堂さん?」
「ふむ」
 そういえば寒さのせいで頬も赤くなっているではないか。その林檎のようなほっぺたを見て、ふと思い付いたことがある。

「メガネくんは、もちろん赤ずきんという童話は知っているだろう?」
「あ、はい」
「オレも子どもの頃に読んだが今ふと思い出してな。荒北あたりは猟師役がピッタリではないか?」

 赤く柔らかそうな頬を見て頭に浮かんだのは幼い頃によく読んだ童話だった。
 オレの突然の言葉にきょとんとした表情を浮かべたメガネくんだったが、荒北の話を聞いてふわりと口元に笑みを浮かべると楽しそうに目を細める。
「荒北さん、猟師の格好似合いそうですもんね」
 想像しているのか小さく笑いながら言われた言葉に同意しながらも自然に眉が寄る。自分から提供した話題だというのにメガネくんが荒北の猟師姿を思い浮かべていると思うと……
 む、今ちょっと胸がざわついたぞ。荒北相手に嫉妬しているというのか、オレは。なんだか悔しいではないか。

「まぁ荒北は狼でもいいのだろうが……」
 フクに対する態度などを見ていると随分丸くなったモノだと思う。たしかにアイツも飢えた野獣ではあるが、同時にそれらから守る立場というのも違和感がない。チームメイトに対する己の認識の変化に思わず唇の端がゆるんだ。

「それで、だ。キミはおそらく赤ずきんだろうな」
 ビシッと指を差して告げるとメガネくんがぱちりと目を瞠る。
「え、え?」
 ひとしきり驚いてみせたあと困惑したように眉尻を下げると、遠慮がちに口を開く。
「あ、あの、それならボクより鳴子くんの方が」
「ああ、総北の赤い頭の……」
 たしかスプリンターだったか。なるほど髪を赤く染めていて“赤ずきん”という見た目に相応しいかもしれない。

 しかし、オレが言いたいのはそういう意味ではないのだ。

「たしかに彼は赤いな、全体的に。だがな、オレは見た目の話をしているのではないのだよ」
 腰に手を当てて含めるように言うとメガネくんは小さく首を傾げる。外気に触れている鼻の頭は相変わらず赤くて触れたいと思う衝動を抑えるのが大変だった。
「赤ずきんは狼に言われホイホイ花を摘みに行ったり、あんなに怪しいというのに呑気に『おばあさんのお耳はどうしてそんなに大きいの?』などと聞いたりするのだぞ?もう少し疑うべきじゃないのか」
 狼の口車に乗せられ、ああもあっさりと騙される赤ずきんに対して不満の言葉を口にすると、メガネくんは困ったように眉尻を下げた。どうもオレの言いたいことがわかっていないようなので、こちらも眉を寄せるとはっきり言ってやることにした。

「オレはキミの警戒心の無さを指摘しているのだが」
「は、はい……」
 一応返事はするもののよく分からないといった表情を浮かべている。
 ああ、だからもっと危機感を持てと言うのに。

「メガネくんは、一見よく知っている相手だったらいつもと違う様子を見せられても、なんで?どうして?と一応は聞きながらも大して警戒もせず近付いていってしまうのだろうな。それで結局、全く抵抗せずに食べられてしまうのだろう」
「え」
「たとえばオレが狼だとして、格好の獲物だぞ?キミは」
 おばあさんの皮をかぶった狼は、舌なめずりをして獲物が来るのを待っている。のこのこと近付いてきて狼だと気づいたときにはもう遅い、ぱくりと一口だ。彼はそんな――危うさを孕んでいる。

「え、えっとですね」
 言葉を探すように落ち着きなく視線を彷徨わせながら、それでも必死に考えを伝えようとする。たぶん彼も巻ちゃんと同じように思いを言葉で表すのが得意ではないのだろうが、不器用ながらも素直な気持ちをそのまま伝えようとする姿勢には好感が持てる。微笑ましく思っていると、メガネくんは予想外の事を言い出した。
「もし東堂さんがおばあさんのふりをしてお家で待っているなら、ボクはやっぱり行ってしまうと思います」
「オレが狼でもか?」
 片眉を上げて確認するように問うと、慌てたように目を泳がせた後ぐっと拳を握る。顔を上げるとおずおずと緊張したようにこちらを見つめてくる瞳とぶつかった。
「狼だって分かっていても……あの、ベッドに近付いていくと思います」
 大きな瞳でじっと見つめられると妙に落ち着かない気分になった。ごくりと唾を飲み込むと確認するように口を開く。
「意味は……分かっていると思っていいのか?」
 恥ずかしそうにこくりとうなずくメガネくんは耳まで赤くなっている。もちろん頬や目元も赤く色づいていて、その様子に思わずクスリと笑ってしまった。

 ――ああ、やはりキミは赤ずきんだな。

 愛らしく赤く染まった姿がたまらなくて、メガネくんの頬をそっと両手で包み込んだ。








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