白雪姫(鳴坂)



 自分は小さい頃から体は大きくなかったが、派手で目立つことは大好きだった。だから学芸会で劇をするときはいつも一番カッコイイ役に立候補した。だが、あいにくとその希望が通ったことはない。多数決で決めると、そういう役にはいつも背が高く女子からの人気の高いヤツが選ばれるのだ。
 悔しくないと言ったら嘘になる。ぶっちゃけ自分がやった方が百倍エエと思う。だが、自分は気持ちの切り換えも早い方だったので、いつまでもふて腐れるようなカッコ悪いことはせず自分に割り当てられた役割には全力で取り組んだ。だって絶対そうした方がオモロイやろ。

「せやから、白雪姫の劇をやったときはワイ七人のこびとの役やったな」
「そうなの!?」
 何気なく発した言葉に小野田くんは予想外に食い付いてきた。何事かと思っていると意気込んで口を開く。
「ボ、ボクも白雪姫でこびと役だったんだ!」
「おお、いっしょやな」
 本当は木の役をやる予定だったんだけど、身長で選ばれたんだと照れたように笑う小野田くんはほんまにエエヤツやと思う。人を疑うことをしないで、自然とソイツの良い面を見ようとする。自分からフィルターを掛けてしまうこともあるけど、その人の本質を見通す目を持っていると思うのだ。
「ワイらの身長だとそうなるんやなァ、悔しいけど。ま、ワイのやった劇はコメディでこびと役もかなり面白かったけどな。あとでやり過ぎやーって怒られたわ」
「ボクは本番緊張しすぎて転んでしまって……」
「カッカッカ! 小野田くんらしいな!」
 観客の前で焦って転んであわあわと慌てる様子が目に浮かぶようだ。多分、そういうところは今も昔も変わっていないのだろうと思うと口元に笑みが浮かぶ。何事にも一生懸命なんや、小野田くんは。


 しかし、昔から白雪姫を見るたびに思っていたことがある。
「あんな、ガキん時からずっと思ってたんやけど、白雪姫って警戒心なさ過ぎやろ」
「え?」
 命を狙われているというのに見ず知らずの人間に怪しげなリンゴをもらって食べるなんて馬鹿げている。
「毒リンゴって、アホちゃうか。気付けや!」
「は、はは」
 困ったように笑う小野田くんにもワイは言いたいことがある! ジト目を向けながら口を開いた。
「小野田くんも似てるトコあるから気ィつけや」
「え?」
 目を丸くする小野田くんは、きっとなァんも分かっとらん。そこは小野田くんの良いところでもあるが、もうちょっと気を付けた方がいいだろう。
「警戒心なさすぎや」
 ためしに顔をぐっと近付けてみる。小野田くんは驚いた表情を浮かべ「わっ、鳴子くん?」と声を上げるが、逃げようとはしなかった。

「……逃げや」
「え」
 予想外の反応に自分の方が戸惑ってしまう。耐えきれずにこちらの方が顔を離してしまった。ああ、情けな。って、そうではなくて。
「こういうところが心配や」
 しみじみと呟くと、小野田くんはきょとんとした顔で困ったように口を開く。
「え、でも」
 こちらをまっすぐ見つめてくる小野田くんの瞳には曇りなど無く、だからこそこちらも目が離せない。そしてあっさりと爆弾を落とすのだ。

「どうして鳴子くんから逃げる必要があるの?」
 一瞬、ぐっと言葉に詰まる。アカン、アカンで小野田くん。
「あーもー小野田くん! ワイはほんっとーに心配やで」
 両肩に手を置いて心からの言葉を吐く。
「そういうことは気軽に言ったらアカン!」
 小野田くんにとっては何でもない言葉だとしても、聞いた人間の受け取り方によっては危険な言葉なのだ。ていうかぶっちゃけ、それはワイに言ったらアカンやろ。

「ワイみたいなヤツにつけ込まれるで」
 多分、これがギリギリの線なのだ。いくらワイの心が海よりも深く空よりも広いとしても、限界というモノはある。だから、逃げるなら今だ。


 だが小野田くんはワイの言葉に眉尻を下げると言葉を探すように唇を開く。頬がうすくピンク色に染まっていた。
「え、えーっと」
 ちらりと瞳をのぞき込むようにしておずおずと告げられる。

「ボクは、鳴子くんにならつけ込まれても良いって、思ってるんだけど……」

 カァッと全身に熱が回る。アカン、アカンって小野田くん。それは反則や!
 ――ああ、どうやら自分はとんだ勘違いをしていたらしい。

「……うっかりしとったわ。小野田くんは毒林檎の方やったんか」
 唇から入ったそれは全身にゆっくり周り内側から蝕んでいく。甘く瑞々しい、美味そうなリンゴに隠された毒。それはひどく甘美な匂いを放ち己を誘惑するのだ。
 そしてその毒から目覚めるためには――

「ちゅーことは、目覚めさせるためにはコレしかないんやけど」
 小野田くんをチラリと見て覚悟を決める。悪いな小野田くん。でも、煽ったのはそっちやろ。

「ワイが王子役でええっちゅーことやな」

 返事を待たずに唇に噛みついた。目覚めさせるためではない、むしろその逆だ。

 甘いその唇から、確かに自分の中にも毒が回るのを感じた。







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