東堂と巻島のうちの子自慢対決



【※坂道と真波がショタ化しています。巻島と東堂がそれぞれの保護者という設定です。】



 今日も恒例の巻島と東堂による『うちの子一番』自慢が始まった。

「ウチの坂道が最高っショ!」
「いや、真波も負けてはいないな!」
 周囲の人間はまたかというように呆れた表情を浮かべ黙って二人から距離をとる。巻き添えを食らったらたまったものではない。

「おまえの目は節穴か!? ホラ見てみろこの坂道の天使のような姿を!」
「むっ……たしかにメガネくんも可愛いが……でもな巻ちゃん、真波のこのふにふにのほっぺたの感触はどうだ! 気持ちよさのあまりふにふにしすぎていい加減嫌がられるほどだぞ!?」
「坂道のふくふくほっぺだって最高に気持ちいいっショ!」
 もはや何を張り合っているのか本人たちも分かってはいないのだろう。話がどこに向かっているのかも分からないまま二人の言い争いはヒートアップしている。

「それになァ、これを見てみろヨ」
 そう言って巻島が画用紙を東堂に見せる。
「坂道がオレを描いてくれたんショ。この目元のあたり、よく描けてるだろォ」
 ぐりぐりとクレヨンで描かれた絵は、正直髪の毛の色でようやくそれが巻島だと分かるレベルだったが、すっかり盲目になっている巻島から見れば芸術家の傑作にも等しく見えるらしい。やに下がった顔つきで坂道が描いたという絵を見つめている。
 しかし東堂だって黙ってはいない。
「ワッハッハ! 巻ちゃん! それを言うならうちの真波だってずいぶん絵心があるぞ!」
 バンッと突き出された画用紙にはやはりクレヨンで描かれた人物らしき絵があった。
「このオレを描いてくれたのだが、どうだ! スリーピングビューティーの美しさを余すことなく描いているとは思わんかね!?」
 これもやはりカチューシャらしき物のおかげで辛うじて東堂だと判別できるような代物だったが、東堂は大変満足そうに絵を眺めていた。


 二人がうっとりと自分の似顔絵を眺めている間、坂道と真波はきゃっきゃと楽しそうに砂で遊んでいた。巻島と東堂はいつもギャーギャー言い争ってはいるが、本当は仲が良いのを分かっているのだ。いつものことなので二人ともすっかり慣れてしまっていた。
「さかみちくん、ねえ、大きなお山ができたよ!」
「わあ! まなみくんすごいね! じゃ、じゃあさ、トンネルほってもいいかな?」
「いいね! やろうやろう!」
 保護者二人は放っておいて砂遊びに夢中になっている。二人と同じように、坂道と真波もとっても仲良しなのだ。


 いつもは一通りうちの子自慢をすると満足して、結局坂道と真波どちらも可愛いということで落ち着くのだが、今日の巻島と東堂はそれだけでは終わらなかった。

「つーか、おまえからのメールウザイんだけど」
「なにッ! このオレが巻ちゃんへ愛を込めて送っているメールのどこがウザイというんだ?」
「まずそれがウザイっショ。送りすぎだし絵文字もキモイ」
「ウザくもないしキモくもないな! 可愛いだろう!」
「女子か! あと自撮りとか送ってくんなヨ」
「ん? 遠慮しないで待ち受けにしてもいいのだぞ?」
「誰がするっショ……オレの待ち受けは坂道に決まってるだろ」
「ちなみにオレの待ち受けはこの間撮ったオレたち四人の写真だな!」
「ああ、あの坂道は本当に可愛かったよなァ」
「いやいや巻ちゃん、どうだ、この真波の笑顔は最高だろう!?」
「……坂道の笑顔も可愛いっショ」
 なんとなく険悪な空気になってきた。たしかに坂道も真波もどちらも可愛いのだが、やはりうちの子が一番なのだ。
 徐々にヒートアップしていった二人はいつの間にかムキになって言い争いを始めている。本人たちにそんなつもりはないのだが、傍から見れば明らかにケンカに見える。

 その様子を見た坂道が、とてとてと二人の方へ歩いていく。巻島の目の前まで来ると、どうしたというように坂道に顔を向ける巻島に向かってキッと眦を上げた。

「まきしまさん、めっ!です」
 
 びしっと指を突きつけられて巻島が思わず鼻白む。
「な、なんだァ?」
 坂道は大きな瞳で真っ直ぐ巻島を見上げながら、必死に巻島に訴える。
「だって、あの、まきしまさんいつもともだちとケンカしたらだめだっていってますよね。だからまきしまさんも、とうどうさんとケンカはだめです!」
 坂道の言葉を聞いて、そういうことかと巻島も納得した。たしかに友達と仲良くするように普段から言っている。坂道は自分の教えをしっかり覚えて守ろうとしているのだ。
 そのことが嬉しくてくすぐったくて、巻島は思わずクハリと笑う。めいっぱいがんばって巻島に訴えただろう勇気を思い、優しく坂道の頭を撫でた。
「そうだな、いつもオレが言ってるんだもんナ」
 巻島としては多少不本意ではあるのだが、坂道がこう言うのだから仕方ない。東堂へ顔を向けると鼻の下を掻きながら言葉を吐き出す。
「悪かったっショ」
「あ、ああ」
 巻島の言葉を聞いて坂道が嬉しそうに笑う。
「まきしまさん」
 名前を呼ばれ顔を向けると、屈むように言われた。不思議に思いながらも膝を折り坂道と視線を合わせる。すると、にっこり笑った坂道の手が己の頭に伸びてきた。
「いいこいいこ」
 なでなでと、坂道に頭を撫でられていることに気づいた瞬間、巻島が声にならない叫び声を上げる。
「ッ!」
 巻島の顔がみるみるあかく染まっていく。こんな不意打ち反則だ!

 満足そうな表情で巻島の頭を撫でる坂道と、照れたようにされるがままの巻島を見て東堂が叫ぶ。
「ズルイぞ巻ちゃん!」
 すぐに真波を振り向くと同じように屈んでみせる。
「真波! おまえもしてくれるだろう!?」
「えー。じゃあとーどーさんも、まきしまさんにあやまってください」
 真波に言われて東堂はチラリと巻島を見る。巻島もばつが悪そうに東堂の方を見ていた。
 東堂はムスッとしていた表情を崩すとフッと息を吐き出す。冷静になってみればなんて馬鹿げたことで言い争っていたのだろう。
「オレの方こそ悪かったな、巻ちゃん。思わず熱くなってしまった」
「おあいこっショ」
 巻島も口元をゆるめてクハッと笑っている。その顔にはまだ赤みが残っていた。

「さあ、謝ったぞ」
 自信満々に真波に顔を向ける東堂を見て、真波が唇をほころばせる。
「もう、しょうがないなぁ」
 そう言うと、ぷちゅっと東堂の頬に唇を押し付けた。
「――ッ!」
 てっきり坂道のように頭を撫でられると思っていた東堂は、真波からの不意打ちに思わず息を呑む。次の瞬間には興奮したように叫んでいた。
「見たか巻ちゃん!」
 先ほどの巻島のように顔を真っ赤にして嬉しそうに相好を崩している。そんな東堂の姿を見てよく分からない対抗心に火がついたのが巻島だ。

「坂道!」
 そう叫ぶと坂道に向かって自分の頬を差し出す。もはや羞恥心やプライドがどうとか言っている場合ではない。
 坂道は一瞬戸惑ったようだが、すぐに巻島の頬にちゅっと小さな音を立ててキスをした。
「えへへ」
 照れたように笑う坂道を見てつられるように巻島も口角を上げる。わが子の可愛さに二人が見とれていると、いつの間にか真波が坂道の手を握っていた。
「さかみちくん、オレたちもちゅーしよ?」
「ちゅう?」
 ハッと気が付くと、なんと真波が坂道の唇にキスしようとしているではないか。現実に戻ってきた巻島と東堂が慌てて二人を引き剥がす。

「真波!」
「坂道!」

 わが子を抱きかかえながら東堂も巻島も必死の形相だ。
 しかしそんな二人の内心も知らず、坂道へのキスを邪魔された真波はぷうっとほっぺたをふくらませている。
「なんでだめなの?」
「口はダメだ! 口は!」
「坂道もボーッとしてんな!」
 東堂が慌てて真波に言い含め、巻島もきょとんとして流されるままの坂道にもっと危機感を持てと言い聞かせている。
「オレ坂道くんのこと好きなのにー」
「分かったからほっぺたにしときなさい!」
 東堂のせめてもの譲歩に唇を尖らせながらも、真波は言われたとおり坂道の頬に唇を寄せる。
「じゃあ坂道くん、ちゅー」
「うん」
 ぷちゅっと柔らかな頬に唇を押し当てる。東堂と巻島はその瞬間、無言でカメラのシャッターを切っていた。
 真波の顔が離れると、坂道はキスされた頬に手を当ててくすぐったそうに笑う。
「えへへ」
「坂道くんも、して?」
「うん」
 今度は坂道が真波の頬にキスをする。顔を寄せて嬉しそうに笑い合う二人に向かって相変わらずカメラを構えたまま、保護者二人は何とも言えない表情を浮かべていた。

 坂道と真波のじゃれ合いは大変微笑ましいが、それを見守る二人の胸中は複雑だ。


「なあ巻ちゃん」
「何っショ」
「天使が戯れているようで可愛いのだが、これは……」
「あァ、わかる気がするっショ」
 
 ――確かに可愛いのだが、なぜか危険なニオイがする。

 天使二人は相変わらず鼻先がくっつきそうなほど顔を近付けて何やら楽しそうに笑い合っている。時折相手の耳元に口元を寄せて内緒話をしてはくすくすと笑う。そのうち指まで絡め始めた。
 
 その様子にどことなく危機感を覚えながら、巻島と東堂は無言で目配せする。
「……一時休戦っショ」
「わかった」


「坂道、そろそろ帰るぞ」
「真波もな」
 二人に呼ばれ慌てて坂道が返事をする。
「は、はい!」
「えー、もう?」
 まだ坂道と遊んでいたいという様子がありありと分かる真波の頭を東堂がぽんぽんと撫でる。
「また明日遊べばいいだろう」
「うん……じゃあね、さかみちくん! またあした!」
「うん! まなみくん、とうどうさん、またね!」
 明日の約束をして、大きく手を振りながらそれぞれの家に帰っていく。


 ちいさな手を引きながら、いつまでも自分がこの子たちの一番であったらいいのにと願う二人だった。








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