第六話「鏑木くんと段竹くんは幼馴染み可愛い」(鏑坂)



 春になりボクたちは進級した。
 昨年あれだけお世話になった先輩方が卒業してしまうのはとても寂しいけれど、いつまでもウジウジしていては先輩たちに呆れられてしまうだろう。今度巻島さんにお会いした時に「ボクも頑張っています!」と胸を張れるように、今自分にできることを精一杯頑張りたいと思う。

 ボクたちが二年生になるということは、新一年生――ボクたちの後輩が入ってくるということだ。昨年度インターハイ優勝という実績はやはり大きいらしい。今年は多くの新入生がこの自転車競技部に入部してきた。
 
 その中で、ボクが一番気になるのは鏑木くんと段竹くんだ。
 それはもちろん二人に実力があるということも含まれているんだけど……ボクにとって重要なのは、二人が幼馴染だという事実である。

 鏑木くんは自分に自信があっていつも堂々と、時には生意気だと映るほど(今泉くんや鳴子くんがよく言っている)の不敵さで先輩にも物怖じしない。ボクなんかは一年生なのにすごいなぁと素直に感心してしまうのだが、実はそんな鏑木くんには弱点があるらしい。弱点と言うとちょっとあれだけど――どうやら鏑木くんは、段竹くんに精神的に頼っている部分が大きいらしいのだ。
 本人に自覚があるのかないのか、たぶん段竹くんのほうは気付いているんだろうけど……だがそれはつまり、それだけ二人の絆が深いということだ。
 何しろ幼馴染だしね!

 幼馴染といえば鉄板の萌えポイントである。だって幼少期から数々の思い出を共にして、長い時間を一緒に過ごして……これで萌えるなという方が無理でしょう!?
 お互いだけが知っている幼い日の姿。悔しくて泣いたときは黙って隣にいてくれた、喜びを分かち合うように肩を組んで笑い合った。ただ一緒にいるだけで幸せだった日々、『大きくなったら結婚しようね』そう、あの頃の僕たちは本当に子供だったのだ――
 閑話休題。
 ともかく、幼馴染とは萌えの宝庫である。身近にこんなオイシイ後輩がいるなんてボクはなんて幸せなんだろう!  居ても立ってもいられず、ボクは早速鏑木くんに話しかけた。
「あ、あの、鏑木くんと段竹くんって、幼馴染なんだよね?」
「ハイ、そうですね」
「じゃあさ、あの、一緒の布団で寝たこととかもあるの?」
「ああ、そういうこともありましたけど」
 やっぱり!
 一緒の布団で寝る……「ちょ、狭いからもっとそっち行けって」「狭いならもっとくっつけばいいだろ。ほら」「っバカ、どこ触ってんだ!」なーんてラブイベントが発生するのも全く不思議ではないですよね! ていうかむしろ起きない方がオカシイですよね!?

「そ、そうなんだ! それで、抱きしめるのはどっちなのかな!?」
「は? 抱きしめる? 何の話ですか?」
 あっ! つ、つい妄想が口から飛び出てしまった!
「あ、ご、ゴメン! な、何でもないよ!」
 危ない危ない、うっかり妄想と現実の区別がつかなくなるところだった。慌てて誤魔化すと鏑木くんは怪訝な表情を浮かべながらボクの顔をジッと見ていた。うう、不審に思われたかな……?
 そっと鏑木くんの様子を窺うと、抱きしめる抱きしめるとブツブツ呟きながら何事かを考えているらしかった。ギラギラと光る瞳と視線がぶつかる。
「……小野田さんがオレの抱き枕になってくれるんですか?」

 ぼそりと呟いた鏑木くんの声はハッキリと聞こえなかったけど……抱き枕という単語が聞こえた気がする。え、もしかして鏑木くんってそういうオタク御用達のアイテムに興味があるのかな!?
 後輩に同士がいるかもしれないという期待に一気にテンションが上がる。勢い込んで抱き枕についての話を詳しく聞こうとするが、その前に鏑木くんが真剣な表情で口を開いた。

「あの、今度オレとも一緒に寝てもらえませんか!」
「わあ! お泊まり会だね!?」
 鏑木くんが妙に必死にお願いするのでボクは思わず笑ってしまった。そっか、鏑木くんはボクたちとお泊りがしたかったんだ! ただ一緒に泊まるだけなら合宿もあるけど、きっと鏑木くんが求めているのはそういうものではないのだろう。
「え、は?」
「一晩中DVDを観たり萌えを語り合ったりしたいんだよね!?」
「はぁ? 何の話ですか?!」
 
 あれ、違う?
 てっきりボクはお泊り会ってそういうことかと思ったけれど……どうやら鏑木くんの考えは違ったらしい。意味が分からないというように声を荒げている。
「あ、あれ?」
 どうやら自分の勘違いだったらしいと気付きあわあわと慌てていると、鏑木くんはそんなボクの様子をふざけていると受け取ったのか、眦をきゅっと吊り上げて決意したように口を開いた。
「小野田さん!」
 手を取られ、両手でぎゅっと握られる。そのまま真っ直ぐ見つめられた。
「オレ、本気ですから!」
「え……」
「おおっとぉ、手が滑ってもうたわー」
「ああ、そうだな」
「アイタッ!」
 鏑木くんの行動と言葉に咄嗟に反応できずにいると、ガツンッと派手な音を上げて鏑木くんの体が傾く。その背後には――

「ッ鳴子さん……今泉さん……!」

 なぜか拳骨を握っている鳴子くんと、ボトルを手に持った今泉くん。衝撃の拍子に鏑木くんの手はボクの手から離れていて、今はその両手で頭を押さえながら顔を伏せ二人を上目遣いに睨んでいる。
「わっ、あ、あの、鏑木くん大丈夫!?」
「おお、悪いなぁカブ?」
「まあそこにいるおまえが悪いよな?」
 二人とも口元は笑みの形を浮かべているが目は笑っていない。どうやら機嫌が悪いようだった。

 鏑木くんは頭を押さえたまましばらく震えていたが、ようやく痛みが治まったのか勢いよく顔を上げるとビシッと目の前の二人に指を突き付けた。
「オレは絶対アンタたちを超えますからね!」

 涙目で二人を睨む鏑木くんを見て、今泉くんと鳴子くんが不敵に微笑む。

 そしてボクは、このあと鏑木くんが段竹くんに慰めてもらう妄想だけでご飯三杯は軽いなぁとニコニコしながら三人を生温かく見守っていた。



 ***



 鏑木は頭を掻きむしりながらイライラと叫ぶ。
「あーくっそ! 邪魔しやがって!」
 先ほどの先輩二人の仕打ちはあんまりだと思う。せっかく小野田を口説くチャンスだったのに、普段は仲の悪い二人はああいう時ばかり息が合うのだ。
 しかし、と鏑木はニヤリと口元を歪めた。
「でもさ、なあ段竹」
 隣で先ほどから鏑木の愚痴を聞かされている段竹に顔を向けると弾んだ声で告げた。
「最近、小野田さんがオレを見てることが多いような気がしないか?」
「それはよかったな」
 鏑木が小野田に憧れていることをよく知っている段竹が、友人の浮かれた顔にチラリと目を遣った。先ほどまであんなに怒っていたはずなのに、小野田のことを考えると一転して表情が崩れるこの幼馴染みは面白いと思う。
 しかし鏑木は薄く笑む段竹の顔をじっと見ると眉をひそめた。
「まぁそれが、オレが段竹と一緒にいるときに多いってのが気になるんだけどな」
「そうか?」
 言われてみればたしかに小野田からの視線を感じることが増えたかもしれない、と段竹も最近の小野田を思い返す。鏑木の言う通り、特に自分たちが二人でいるときに見られている気がする。それが妙に熱心というか、何かを観察するような視線であることが気になるが、それは鏑木に告げるべきではないだろう。

 
 拳を天に突き上げ鏑木が叫ぶ。
「あー! 小野田さんに振り向いてもらいたい!」
 鏑木の心からの叫びを耳にして、段竹がやれやれというように呆れた視線を向けるが知ったことか。小野田に自分を意識させること、とりあえずはそれが一番の目標だ。
 しかしそのためにはまず同じ部の先輩二人をどうにかしないといけないらしい。先は長そうだが、絶対にいつか負かす!と鏑木は鼻息荒く部室の扉に手をかけた。








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