第五話「御堂筋くんのブログ」(みどさか)



 御堂筋くんがアニメを見ると知ってからボクは密かにアタックを続けていた。
 その甲斐あって御堂筋くんとはたまにアニメやマンガの話をするほどまで距離を縮めることが出来たけど、話してみるとボクと御堂筋くんはどうもいまいち好みが合わないらしいことが判明した。特に、BL作品について。
 どうやら御堂筋くんは一次創作、所謂オリジナル作品が好きらしい。ボクはどちらも好きだけど、最近は二次創作の方に比重が偏りがちだ。だから主に商業作品を好む御堂筋くんの話はたまについていけないことがある。でもきっとそれはお互い様だろう。

 御堂筋くんは個性的でどちらかというとマイナーな作家さんをよく知っていて、教えてもらった作品はどれも独特な世界観をもった素敵なお話だから、ボクは御堂筋くんはセンスが良いなぁと思うのだ。
 それにボクが今夢中になっている作品について語ると、御堂筋くんは「キモい」と言いながらもなんだかんだ話に付き合ってくれる。こういう話をできる相手は貴重だからとても嬉しかった。

 しかも御堂筋くんは絵が上手い。初めて描いてもらった時は本気で驚いた。青八木さんも絵が得意で、特に模写が上手だからたまに頼んで描いてもらったりしていたけれど、御堂筋くんはまた少し傾向が違う。特に萌え絵が上手いのだ。しかもただの萌え絵ではない。ああ見えて繊細な、透明感のある絵を描く。
 頼み込んでラブ☆ヒメのイラストを描いてもらった時はあまりのクオリティの高さに震え慄いたものだ。
 思わず「御堂筋くんは神だったんだね……!」と叫ぶと「ハァ? ボクは人間や。キモッ!」と返ってきた。
 いや、御堂筋くんは人間ではないよね、色々な意味で。
 しかしその言葉は自分の胸にしまっておくことにして、ボクは御堂筋くんの信者となった。本を作ってくれれば絶対買うんだけどなぁと思うが忙しくてきっとそれどころじゃないだろう。残念だ。

 ただ、実は御堂筋くんはブログをやっていて、そこにたまに絵を載せてくれるのだ。基本的には評論系で、アニメの感想や考察などを書いているのだが、それも読む人を唸らせるものが多く読者も多い。
 ボクなんかには思いもつかない視点から作品を捉えていて作品への深い愛が感じられる。そして時折不意打ちのように登場するイラストに転げ回るほど悶える。御堂筋くん……いや、御堂筋先生はボクの憧れの人だった。



 その御堂筋くんが、ブログに今週末池袋に行くと書いていた。せっかくなのでその日を狙ってボクも池袋へ向かうことにする。京都と千葉という物理的な距離に阻まれてなかなか御堂筋くんと直接会う機会はないのだ。せっかくのチャンスだ、御堂筋くんと話をできるのも楽しみだし、期待を込めてスケッチブックも持っていこうと思う。

 ブログのコメントでやりとりをした結果、僕は週末無事池袋で御堂筋くんに会うことができた。
「御堂筋くん!」
「……ほんまに来たんやな、キミ」
「も、もちろんだよ! こうやって御堂筋くんに会えることってなかなか無いですし……」
「キモッ! ほんまキモイなァ、サカァミチィ」
 
 今期始まったばかりのアニメのキャラクターがでかでかと描かれた看板を掲げたアニメショップを正面に見ながら、階段に腰掛けて御堂筋くんと話す。ボクのリュックからはポスターがはみ出ているし、御堂筋くんのショルダーバックは購入した本で角張っている。
 同じような格好をしているはずなのに御堂筋くんはあまり見た目オタクに見えない。オタクというか、むしろ人間に見えない……のは自転車に乗っている時の話で、こうして普段会う時の御堂筋くんはちゃんと人間の姿をしている。しかもちょっとオシャレだ。こうして見ると、もしかして結構カッコイイんじゃないか、なんて思ってしまうから御堂筋くんはズルイ。

「それで、何の用や?」
「あ、えっと、今日は御堂筋くんに会いたいっていうのもあったんだけど……その、ちょっと聞きたいことがあってですね」
 せっかく会えるならぜひ話を聞きたかった。実は御堂筋くんのブログにはアニメの話の他に日常話が挟まれることがある。そこによく登場する、気になる名前があるのだ。
「あ、あの、石 さんとのことなんだけど」
「石ィ?」
「あの、御堂筋くんの先輩の……」
「……もしかして石垣くぅんのことか?」
「あ、そう、そう!」

 ブログによく出てくる御堂筋くんの先輩。石垣さんは御堂筋くんのことを気にかけていて、御堂筋くんはそれをウザいと言いながらも本気で嫌がってはいないようだ。
 深く知っているわけではないけれど、ブログに書かれる日常を読む限り、ぶっちゃけ二人の関係は理想の先輩後輩BLだと思うのだ。きっとこの関係には萌えが詰まっていると思うのだ。
「あの、あのね、御堂筋くんと石垣さんの、二人の話を聞かせてほしいんだ!」
 期待を込めて懇願するけど、御堂筋くんは怪訝な顔をしてボクの願いを一蹴した。
「アカン」
「え、えっと、そ、そうだよね。ボクなんかに話したくないよね」
 だって石垣さんとの大切な思い出だもんね、そう簡単に人に話せないよね。自分の胸だけに仕舞っておきたいよね!
 でもボクはカケラでもいい、その萌えエピソードの一部だけでもぜひ聞かせて欲しいんだ……!

「でも、そこをなんとか!」
 ずい、と御堂筋くんがブログで好意的な感想を書いていたアニメのオリジナルポストカードを差し出す。何かの時のためにと取っておいた切り札だ。持ってきていて良かった!
 御堂筋くんはポストカードをちらりと見ると、数秒の後に手を差し出した。
「……しゃあないわ」
 御堂筋くんの手にポストカードを乗せると、そのままいそいそとカバンの中に仕舞い込む。賄賂作戦は無事成功したようだ。

 膝を抱えたままポツポツと語る御堂筋くんの言葉に、ボクは全力で耳を傾けていた。
 昼食時間、一人で食べている御堂筋くんのところに石垣さんがやってきて一緒にご飯を食べる話や、何だかんだ理由を付けて二人でサイクリングデート(あれ?買い物とか練習だったかな?)へ行く話、御堂筋くんの嫌味が通じず素で返されてキモイと思う話(ここでの御堂筋くんの「キモイ」は「嬉しいけれどどうしたらいいか分からない」の意だと思う)など、思った通り萌えるエピソード満載でボクは話を聞きながらひたすらニコニコとうなずいていた。
 これは確実にポストカード以上の価値があった。石御は本当に尊い。

 もうこの話を聞けただけでも大変満足していたのだが、もう少しだけワガママを言ってみても許されるだろうか。
「あ、あともう一つお願いがあるんですけど」
 話を終え手持ち無沙汰に指を弄っている御堂筋くんにおずおずと切り出す。リュックから一冊のノートを取り出した。
「あの、スケブお願いできますか!?」
 ダメ元でも一応持ってきたスケッチブック! ぜひ、ぜひ御堂筋くんに描いてもらいたい!
「ハァ? イヤや」
 しかしやっぱりあっさり断られてしまう。
「や、やっぱりダメですよね……」
「ダメや」
 しかし次御堂筋くんに会えるのはいつになるか分からないのだ。せっかく、せっかく御堂筋くんが今隣にいるというのに……!
 どうしても諦めきれず、必死に食い下がる。
「その、ボクずっと御堂筋くんのファンで……」
「ファンって何や、キモッ!」
 うう、逆効果だったかな? やっぱり御堂筋くんに描いてもらうのは難しそうだ。賄賂も先ほどのポストカードが最後だった。もっと御堂筋くんが喜びそうなものを集めておくんだったと後悔する。
「えっと、もうボク渡せるものとか何もないんだけど……でも、あの、お願いします!」
 最後の手段はひたすら頼み込むという、ひどく単純で原初的なものだった。

 ボクのあまりにも必死な姿がおかしいからだろうか、御堂筋くんはしばらくじっとボクを見ていた。
 そうして何事かを考えた後、にゅうっと手が伸びてくる。その両手はボクの耳の辺りを掴んだ。
 がっしりと顔を固定されて驚いていると、今度は御堂筋くんの顔が近付いてくる。そのまま動けずにいるボクの頬を長い舌がべろりと舐めた。
「!?」
「しゃあない、これでええわ」

 何が起こったのか分からないまま目を見開いて御堂筋くんを見上げると、一瞬だけ視線を合わせてすぐに逸らされる。

 え、いま何が……?

 ぐるぐると混乱する思考の渦に呑まれながらも、目の前の御堂筋くんの耳朶がほんの少しだけ赤くなっているのが目に入った。
「え、えっと……?」
 御堂筋くんの行動は訳が分からない。しかしペンを手に取り紙にペン先を走らせる御堂筋くんを前にして、そんなことなどどうでもよくなってしまった。何しろ憧れの人に生で好きなキャラクターを描いてもらっているのだ!
 生き生きと描き出される最愛のキャラクターの姿に、ボクはあっという間に夢中になってしまった。



 ***



 いくら学年が違うといっても、同じ校舎で生活しているのだ、移動教室などで顔を合わせることも珍しくない。
 御堂筋は廊下の先に石垣の姿を認めほんの僅か眉をひそめた。
 友人と楽しそうに喋る石垣がふと前を向く。資料室まで運ぶよう頼まれた荷物を両手に抱えている御堂筋に気付くと、友人に何事かを告げて一人こちらに向かってきた。
「御堂筋、重そうやな」
「……べつに」
「手伝うわ」
「いらん」
「ほら」
 石垣を視界に入れたときから感じていたイヤな予感は的中したようだ。御堂筋の言葉を聞く気がないらしい石垣は、当然のように御堂筋の抱えた荷物を半分持つと隣に並んで歩き出した。ここで揉めるのも面倒なので仕方なく御堂筋も大人しく付いていく。
「石垣くん、ほんまキモイな」
「そういうおまえも素直じゃないだろ」
 分かったような顔で笑うものだから、御堂筋はぞわっと立った鳥肌に耐えきれず思わず歩を止めた。両手が塞がっているため腕をさすることも出来ないのがもどかしい。
「うわっ、キモッ!」
 明らかに引いている様子の御堂筋を気にもせず、石垣は爽やかに新たな話題を振ってきた。
「そういえば、この前東京の方行ってきたんだろ? あのメガネの彼……小野田くんだったか? 彼には会えたのか?」
「石垣くんには関係ないやろ」
「はは、そうだな」
 最初から答えなど期待していないのか、諦めているのか、石垣は軽く笑うとそのまま足を進める。あっさり流しているように見えて、それでも多分自分が答えることを待っているというのが分かるから居心地が悪い。

 資料室の扉が見えたとき、御堂筋がぽつりと呟いた。
「……会えたで、ちゃんと」
「そうか、よかったな」
 それは小さな声だったが石垣はその御堂筋の声をしっかりと聞き取り顔を輝かせた。まるで自分のことのように喜びながら笑う石垣を横目で見て、御堂筋が表情を歪ませる。

「どいつもこいつも、ほんまキモくてかなわん」

 口元を歪めながらこぼした御堂筋の言葉を聞いて石垣が声を立てて笑った。




 その日、御堂筋のブログに一件のコメントが送られてきた。

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[ヒメ☆さか]   20XX/XX/XX

【1.この間は】

どうもありがとう!すっごく楽しかったです!
しかもスケブまで描いてもらっちゃって……もうこれ家宝にするね!部屋に飾ってます!
よかったらまた今度一緒に買い物したり話したりしてくださいo(^_^)o
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[人型兵器2号機]   20XX/XX/XX

【2.無題】

キモッ!




……まあ、また行ってやってもええわ。
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