第四話「荒福金トライアングル」(荒坂)



 店舗限定イベントとして、ラブ☆ヒメグッズ1000円お買い上げごとに限定ポストカードが貰えるという情報を入手したボクは、本日当然のように都内にある件のショップへと買い物に来ている。
 このフェアに合わせて新商品も続々登場するという、どう考えても『お前ら限定に弱いんだろ!? ほうら、買えよ、な!』とこちらを釣りにきているのが透けて見える仕様だ。あからさまに狙い撃ちされているわけだが、こうして手の平の上で踊らされるのもある意味快感だと思う。別にそういう性癖なワケではないが、好きなもの、好きなことに貢ぐのを惜しもうとは思わない。これで公式が潤うなら本望である!

 こんなボクってきっとファンの鑑なんだろうなぁと思いつつ、大好きなアニメの新作グッズと限定ポストカードのためにボクは走る。自然と顔がにやけて鼻歌まで歌ってしまうのは仕方がないだろう。
 無事ショップに到着し、欲しかったものをすべてゲットできてホクホクしながら店を出る。この袋の重さは幸せの重さだ。嬉しくて中身をチラチラと気にしながら歩いていると、すれ違いざまに声をかけられた。

「アレ、小野田チャァン?」
 驚いたようなその声には聞き覚えがあった。最初はこわくてこわくて食べられそうだと思ったけれど、実は怖いだけではなかった人。何より走りがすごいのだ。インターハイで一緒に走ったときはついていくので必死だったけど、あのときの走りはきっとずっと忘れないだろう。

「荒北さん!」
「こんなトコで何してんのォ?」
 素っ頓狂な声を上げながら荒北さんが近付いてくる。ボクも驚いた。ここは千葉からも箱根からもちょっと離れているから、まさか会うとは思わなかった。
「あ、あの、ちょっと買い物に」
「へェ、そうなんだ。オレらも買い物。ここにしかショップがないんだよネ」
 そう言って手にした袋を掲げてみせる。どうやらもう買い物は終えたらしい。
「小野田チャンは何買いに来たのォ?」
「あ、アニメのグッズとかです」
「フゥン。そういや聞いたことあンな。小野田チャンアニメとか好きなんだっけ?」
「あ、は、はい」
「オレはあんまそーゆーの分かんないけどナ」
 あまり興味のなさそうな荒北さんを前に、ボクの心がウズウズと疼く。オタク魂とでも言うのだろうか。
「あ、よかったら魅力を語りましょうか!?」
「いや、別にいーわ」
 アッサリ断られてしまった。荒北さんが若干引いているように見えるのは気のせいだろうか。せっかくの布教のチャンスだったから残念だが、きっとまた機会はあるだろう。

「ところで小野田チャン、ひとりィ?」
「は、はい。荒北さんは……」
 そこまで言いかけたところでふと先ほどの荒北さんの台詞を思い出した。「オレら」と言っていたからには誰かと一緒なのだろう。
「オレは福ちゃんと一緒なんだよネ。今オレだけコンビニに行ってきたトコ。福ちゃんはあっちで待ってる」
 指で少し離れた店の前を示す。やっぱり荒北さんは誰かと――箱根学園の主将さん、福富さんと一緒だったようだ。
 荒北さんの、福富さんへの思いの深さはちょっと話を聞いただけのボクでも感じるものがある。信頼関係というのか……上手く言えないが、きっと荒北さんにとって福富さんは特別な人なのだと思う。

 以前に荒北さんの話を聞いてからずっと考えていた。だからこの瞬間、ボクの頭を過ぎったのは一つの確信だった。

 ――これは確実に福荒だと!福荒のデートだと!!


「福ちゃん」
「福富さん!」
 ボクたちが近付いていくと、気付いた福富さんが顔を上げる。荒北さんの隣にいるボクを見るとほんの少しだけ眉を上げた。
「総北の……」
「あ、ぼ、ボク、総北一年の小野田です。あの、お久しぶりです」
「今そこで偶然会ったんだヨ」
 急いで頭を下げると福富さんが納得したようにうなずいた。フォローするように荒北さんの手が肩に置かれて、その温かさが胸にまで広がる。思わず荒北さんの顔を見上げると、口の端を上げて顔をのぞきこまれた。
「ンじゃついでだし、一緒にメシでも食うか? ちょうどそんな時間ダロ」
「えっ、あっえ!? いいんですか?」
 たしかに昼時でお腹も空いている。しかしボクが迷った理由は、他校の先輩を前にして緊張しているというものだけではなかった。

 だってせっかくのデートをボクが邪魔してもいいのだろうか?

「いいんじゃナァイ? なァ福ちゃん」
「ああ、そうだな」
 しかし二人にこう誘われては断る方が失礼な気もする。……というか、福荒デートが間近で見られるチャンスをみすみす見逃すのも勿体ないと思うのだ。ぶっちゃけ同席できるなんて、期待で胸が張り裂けそうです!

「あ、あの、じゃあ、その、お願いします!」
 ボクがあまりに嬉しそうな顔をしていたのか、荒北さんに「ンなカオすんな」と髪をぐしゃぐしゃと乱された。でもこっそり見上げた荒北さんも照れたような表情で嬉しそうに口元をほころばせていて、きっと福富さんとのデートが楽しいんだろうなぁと考えてお邪魔するのをちょっと申し訳なく思ってしまった。



 近くのファーストフード店に入ると、幸い席もそんなに混んでいなかったので三人で注文に並ぶ。こういう店に来るのは久しぶりだった。
「あの、荒北さんたちはこういうお店に結構来たりするんですか?」
「ンー? あんま無いんじゃナァイ?」
「そうだな、久しぶりだ」
「ま、オレら寮だしネ」
「あ、そ、そうですよね」
 そういえば箱根学園には寮があると聞いたことがある。寮暮らしというのは少し憧れるが、きっと大変なことも多いのだろうと思う。寮かー、と未知の存在に思いを馳せていると、ふとハコガクにいる、常に何かを食べている印象の強い人物が思い浮かんだ。
「あ、新開さんと行ったりはしないんですか?」
「アァ、たまにあンナ」
「オレもある」
「でもそんなしょっちゅう行くワケじゃねーしナァ。小野田チャンはこういう店結構来てンのォ?」
「い、いえ! ボクも久しぶりに来ました!」
「フゥン」
 こういう風に福富さんと荒北さんと、自転車を降りて普通に話ができる日が来るなんて何だか不思議だ。最初は怖いと思っても、関わり知っていくと新たな面が見えてくる。そうして新しい印象が上書きされていくのだ。福富さんも荒北さんも、関わるたびに素敵なところを発見する。魅力的な人たちだ。

 注文を終え席について食べ始めるが、主に目の前の二人が原因で、ボクは早々に食事どころではなくなってしまった。
「ほらァ、福ちゃん服に付くから!」
「む、すまない」
「もォしょうがねーナ」

 ――ああ、いい! とてもいい!

 何でそこで嬉しそうに世話を焼くんですか荒北さん! ちょっと今語尾にハートマーク付いてませんでしたか!? いやそれは多分ボクの耳が勝手に都合のいいように自動変換しているだけですよね、ちょっと落ち着きましょうか!
 いやでもやっぱり福富さんの面倒を見るのは自分の役目だってことですよね! そこに喜びを感じているんですよね!? ああもう、福富さんの前ではそういう顔を見せるんですね荒北さん……!
 萌・え・る・じゃ・な・い・で・す・か!

 ついボクもハンバーガーを握る手に力を込めすぎて指にケチャップが付いてしまったが、これが本当にケチャップなのか、もしかしたら自分の鼻血なのかもしれないと思うくらいには悶えている。
 キャパを超えるほどの怒濤の萌えにダンダンと机を拳で叩きたくなるのを必死で堪えるが、小刻みに震えるほどのこの衝動をどこに吐き出せばいいのか!
 いっそオカンというべき荒北さんと、大人しく世話を焼かれる福富さんにボクの目は釘付けだった。勇気を出してお二人とご一緒して本当に良かった。

 感動しながらニコニコと二人の様子を見つめていると、福富さんの世話を終えた荒北さんが今度はこちらに目をやる。ボクの手元を見ると呆れたように片眉を吊り上げた。
「ほら、小野田チャンも何やってんだヨ」
「え、あ……」
 い、言えない。二人に見惚れていて、こぼしたなんて……。

 恥ずかしくなって慌てて拭くものを探していると、ボクがモタモタしているのを見ていられなくなったのか荒北さんが手元のナプキンを寄越してくれる。
「ホラ」
「あ、ありがとうございます」
 急いで指を拭くと、正面に座る荒北さんが指で自分の口許を示す。
「小野田チャァン、ここにも付いてる」
「え、こ、ここですか?」
 示された箇所を擦るが、どうやら見当違いの場所を擦ってしまっているらしい。荒北さんの眉間に皺が寄る。焦ってベタベタと顔中を触っていると、痺れを切らしたのか荒北さんが身を乗り出した。
「ココ」
 手を伸ばして口元を拭ってくれる。ぐいっと乱暴に擦られて、しかし感じるのは痛みではなくただただ恥ずかしさだった。
「わっ、うう、すいません、ありがとうございます」
「ったく、小学生かっつーの」
 怒ったような口調が実は照れ隠しだということはもう知っている。荒北さんに世話を焼かれるのって実は結構うれしい、という衝撃の事実に直面しながら、ボクはもう一度「すいません」と呟いた。



 福富さんと荒北さんが二人でいるととてもしっくりくる。本当ならこのまま福荒で突っ走りたいところだ。

 でもボクは知っているんです……。

 ――福富さんが秘かに金城さんに思いを寄せていることを!

 実は先日、金城さんの元に一通のメールが届いた。そのメールを見た金城さんはフッと頬をゆるめる。
「ん? なんだ金城、嬉しそうじゃねーか。誰からのメールだよ?」
 目敏く見つけた田所さんが声をかけると、金城さんは「ああ、福富からだ」と答えた。
「福富ィ? おめーアイツとメールなんてしてんのか?」
 金城さんのメール相手の名前を聞いて田所さんが眉を寄せる。その様子に苦笑すると、金城さんは軽く携帯を振って見せた。
「まあな。いい友人だよ」
 金城さんも福富さんからのメールが嬉しいようだったし、実は二人が電話しているのを聞いたこともある。表情までは見えなかったのだが、金城さんの声が柔らかくて驚いたのを覚えている。

 やっぱり福富さんは色々な意味で金城さんのことをすごく意識しているし、それはたぶん金城さんにも言えることだ。ボクなんかは勝手に想像することしかできないが、きっとお互いに一言では言い表せない強い感情があるのだろう。
 
 そのときボクは福金もいいじゃないかと思ったのだ。ライバル・因縁・強豪校の主将同士。萌え要素はいくらでもある!



 いつの間にか遠くへ飛んでいた意識を引き戻したのは福富さんの声だった。
「飲み物を買うのを忘れた」
 その声にハッと現実に戻り福富さんのトレイを見ると、たしかに飲み物らしき物はのっていない。
「ハッ、しょうがねェなァ、オレが買ってきてやンよ」
「いい、自分で行く」
「遠慮しなくていいヨ」
「いや、行きたいんだ」
 きっぱり言い切る福富さんの気迫についまじまじと顔を眺めると、心なしかその目が輝いているように見える。
 あ、自分で注文したいんだ……
 察したのか荒北さんも口元を歪ませるとヒラヒラと手を振った。
「わァったよ、ホラ、じゃあ待ってっから」
「ああ、行ってくる」
 いそいそと福富さんが席を立ったあと、ボクは思い切って荒北さんに聞いてみた。
「あ、あの、荒北さんって福富さんと仲がいいんですね」
「んー? まァネ。仲がいいかはわかんねェけどォ……福ちゃんはトクベツだからなァ」
 そう言って目を細める荒北さんを見ると胸のあたりが妙に疼いた。眩しいものを見るような荒北さんの視線は真っ直ぐ福富さんに向いている。

 ――ああ、やっぱり福荒も捨てがたい。
 福金と福荒、ボクはどちらを選べばいいのか!

 出口のない迷宮に迷い込みそうになる、そのときボクは閃いたのだ。


 ――三角関係でもいいじゃないか!


 金城さん←福富さん←荒北さんの恋のトライアングル! これだ!
 
 荒北さんは福富さんに思いを寄せているが、その福富さんは金城さんに執着している。そして金城さんは福富さんのことを良いライバルと思っている――うん、いいよね! すごくいいよね!! さらに類似パターンとして三人とも自分の想いを自覚していなくてもそれはそれでいいよね!

 ああ、報われない恋の一方通行とはなんて切ないのだろう!

「荒北さん」
「なァに、小野田チャン?」
 切なさに胸を締め付けられながら声をかけると、口元に付いたケチャップを指で拭いながら荒北さんがこちらに目を向ける。
「えっと、報われない恋は辛いと思いますけど、あの」
 きっと辛い恋になるだろう荒北さんの今後を考えると自然と目が潤んでしまう。だがボクが涙を流すわけにはいかない。本当に辛いのは荒北さん本人なのだから。
「がんばってくださいね!」
「……ハァ?」
 ポカンとした表情の荒北さんの手元からピクルスがぽとりと落ちた。

 飲み物のカップを持った福富さんが戻ってくる。ボクは二人を交互に見たあと、荒北さんに向けて小さくガッツポーズをした。



 ***



 食事を終え小野田と別れたあと、荒北は道端に立ち尽くしていた。
「エ、報われないって……」
 先ほど小野田に言われた言葉が頭の中でリピートしている。あまりにも唐突な展開についていけず、あの後は結局有耶無耶のまま解散してしまった。
 小野田は一体どんな意図であんなことを言ったのか。深く考えるのは恐ろしい気がする。しかし……
「オレ、遠回しにフラれたワケェ?」
 呆然と呟いた言葉は風の音に掻き消されていく。

「どうした?」
 ふいに声をかけられ、半ば自失している荒北は相手が誰か分からないまま無意識に答えていた。
「ヤ、なんか好きなコに『報われない恋』って言われたんだけどォ……」
 そこでハッとして隣を見ると、怪訝な顔で荒北を見る福富の姿。
「え、あ、福チャン!?」
 ギョッとして荒北が叫ぶ。トイレに行っていた福富がいつの間にか戻っていたらしい。
 聞かれたかと恐る恐る福富の様子を窺うが、相変わらずの鉄仮面で表情から心情を察するのはなかなかに難しい。特に今は自分の心が平静とはとても言えない状態だから尚更だ。
 先ほどの独り言は福富に言うべきことではなかったと思うがもう遅い。案の定福富が声をかけてきた。
「荒北、好きな子って」
「あ、ウン。分かんないヨネ。ゴメンネ福ちゃん!」
 これ以上福富と話しても墓穴を掘る予感しかしない。早々に会話を打ち切ると福富の背中を押して歩き出す。

 雑踏を福富と肩を並べて歩きながら、荒北はこれからどうすればいいのかと途方に暮れた。







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