第二話「東堂さんが巻島さんを好きすぎる件。」 ボクが世界で一番速くてカッコイイと思うクライマーは巻島さんだ。
でもその巻島さんのライバルである東堂さんも、すごく速くてカッコいいと思う。 巻島さんには「アイツにそんなこと言ってやる必要ないっショ」と言われたけど、東堂さんの走りを見るとやっぱりスゴイと思うのだ。 静かな走りとは正反対に、普段の東堂さんはとても賑やかな人だ。よく喋るし、いつも自分に自信がある様子で、ボクはそれもカッコイイと思うんだけど、巻島さんはちょっとウンザリしている様子だった。 というか。東堂さん、巻島さんのこと好きすぎますよね!? だってですよ、この前巻島さんが携帯を見ながら眉間に皺を寄せていたからどうしたのかと思って聞いたら、東堂さんからの不在着信が多すぎて引くって言ってました。実際に見せてもらったら五分ごとに着信が。どんだけ巻島さんの声が聞きたいんですか東堂さん! それに、巻島さんのカバンに珍しいキャラクターのキーホルダーが付いていたので尋ねたら、なんと東堂さんから貰った物だそうです!しかもお揃いで色違いとか! これはもう鉄板ですよね!? 神はボクに萌えろと言ってますよね!? そして今日も、巻島さんに東堂さんから電話がかかってきていた。ボクはいつものように二人の会話にこっそり聞き耳を立てている。 テンションの高い東堂さんの声がうるさいのか電話を耳から離しながらも、巻島さんは相槌を打ちながら話を聞いている。ボクにとって、そして多分東堂さんにとっても至福の時間だろう。話はどうやら今週末の予定についてのことらしい。 「今週末巻ちゃん家に行ってもいいかい!?」 「先約があるっショ」 東堂さんの誘いにきっぱり答えた巻島さんの言葉を聞いてボクはハッとなった。 「もしかして先約ってボクですか?」 そっと近付くと、電話をしているのとは反対の耳に小さく話しかける。巻島さんは驚いたようにこちらを見るが、すぐにうなずいた。 ああやっぱり! ボクは今週末巻島さんの家に行ってDVDを見せてもらう約束をしていたのだ。それはとても楽しみだったが、自分が理由で巻島さんの東堂さんとの時間を邪魔してしまうなんて…… これでは東堂さんが可哀想だ! 巻島さんも、ボクなんかより東堂さんと一緒の方が楽しいに違いない! でもボクは東堂さんと巻島さんの仲の良い様子を見たいんだ! ――だとしたらボクがとるべき道は一つ。 「だったら! ぜひ東堂さんも一緒に!」 だってボクは東巻派だから! ボクの必死の熱意が伝わったのか、最初は渋った巻島さんも結局は折れて三人で遊ぶことになったのだった。普段は違う学校のためなかなか会うことのない二人を間近で見られるチャンス! ボクは嬉しくてつい顔がニヤけてしまい、巻島さんに不審そうに尋ねられた。 「そんなに東堂に会うのが嬉しいっショ?」 「はい! でも東堂さんだけじゃなくて、巻島さんも一緒だから嬉しいんです!」 「……何だ、それ……」 あれ、もしかして巻島さん照れてますか? やっぱり巻島さんも東堂さんに会えるのが嬉しいのかなと思い、ボクもますます嬉しくなった。 そうして週末。巻島さんの家に行くと、部屋には既に東堂さんの姿があった。 「まあゆっくりしてくれたまえ!」 「おまえの部屋じゃないっショ」 すぐに巻島さんの突っ込みが入る。この二人の空気は本当に心地良い。仲の良い二人の様子にニコニコしていると東堂さんが話しかけてきた。 「む? メガネくん、妙に嬉しそうだな」 「はい! お二人と一緒だと思うと嬉しくって!」 「おお! そうかそうか! たしかにメガネくんと一緒というのは珍しいな」 「東堂さんと巻島さんはよく一緒に遊んだりするんですか?」 「まあ、たまに?」 ジトッと東堂さんを見遣ったあと、やる気なさそうに巻島さんが答える。 「オレは毎日でも会いたいがな!」 「絶対ゴメンっショ」 わぁぁ、生の東巻だ! 素晴らしい! ボクが目の前でくり広げられる東巻萌えシーンに感動していると東堂さんがくるりとこちらを向いた。 「オレはメガネくんにも毎日会ってもいいぞ?」 「え、ボクですか?」 「ああ、キミは面白いし、巻ちゃんのお気に入りだしな!」 「東堂!」 あ、巻島さんが必死に東堂さんに掴みかかってる。 スキンシップ来たー!と喜んでいると、巻島さんに首を絞められながら東堂さんが潰れた声を出す。 「巻ちゃんだってメガネくんには毎日会いたいだろ? まあ会ってるだろうけど」 東堂さんの言葉に巻島さんが一瞬動きを止める。 「小野田なら……いいっショ」 照れている巻島さんだ! ボクはこの巻島さんの表情が好きだった。東堂さんGJです! 「ふうん?」 「コラ! ニヤニヤすんな東堂!」 「巻ちゃん、可愛いなぁ」 「うるさいっショ!」 ああ、眼福です……。 「巻島さん、東堂さん。ありがとうございます」 こんなに萌えさせていただけるなんて! 感謝を込めて、正座をして頭を下げた。チラリと見えた二人は目を丸くして、突然お礼を言い出したボクのことを不思議そうに見つめていた。 *** 「なんかオレ、あいつに警戒されてるっショ?」 眉を寄せて呟く巻島に、東堂が不思議そうに声をかける。 「そうか? 何でだ?」 「一人で家に来ないし。なんで東堂まで呼ぶっショ……」 「オレに会いたかったんじゃないか?」 「それはないっショ」 ピシャリと言い切る巻島にも東堂は全くこたえる様子がない。悩んでいる様子の巻島に追い打ちをかけるように唇の端を吊り上げる。 「しかしあれだな、メガネくんは可愛いな。巻ちゃんが可愛がるのも分かる気がするぞ」 「おまえにだけは分かられたくないっしょ」 「む! ヒドイな巻ちゃん!」 ただでさえ面倒くさい東堂が坂道のことに絡むとなると、さらに面倒くさい事態に発展するのは目に見えている。それにこう見えて抜け目のない東堂のこと、巻島は東堂を危険人物として認定した。 「つーかおまえあんま坂道に近付くな」 「いくら巻ちゃんの頼みでもそれは聞けんな! なぜならオレもメガネくんのことを気に入ってるからな!」 「チッ」 「おお!? 舌打ちとはワイルドだがオレはちょっと傷ついたぞ巻ちゃん!」 ちっとも傷ついたようには見えない主張を聞き流すと、巻島はスッと目を細めて東堂を見据えた。 「坂道は渡さないっしょ」 真剣な響きを含んだ声に応えるように、東堂も雰囲気を真面目なものに変える。 「ライバル、ということだな、巻ちゃん」 だがそう言う東堂はとても楽しそうで、つられるように巻島も笑ってしまった。多分お互いにとって、一番手強く、一番心強いライバルだ。 Text top |