亭主の寸話71 『見える油、見えない油』 

私たちは日常的に健康情報に囲まれており、何を食べると美しくなれるか、どうすれば長生きできるか、などが絶えず耳に入ってきています。それらの中で多いのが肥満解消にはカロリーの多い油を控えなさいというものではないでしょうか。確かに油脂を消化した時のエネルギー発生量は1グラム当たり9kcalとたんぱく質や炭水化物の4kcal2倍以上あります。だからダイエットには油を減らすことだと、そのことを声高に主張している番組が目につきます。そして、それを聞いた多くの人たちは油を使った料理を控え、天ぷらやから揚げなどの油調理食品に手を出さなくなってしまいます。しかし、実際に私たちの体に入っている油脂はもう少し様子が違っているのです。

平成28年度の国民健康栄養調査によれば私たちが摂取している油の内で目に見えている油は1日に10.4g摂取しているのに対して、目に見えていない油は46.8gも食べているのです。私たちは平均して一人が一日に摂取している油は全部で57.2ℊなのですが、自分で知らないうちに食べている油がその8割以上を占めているのです。ちょっと想像できないのではないでしょうか。では目に見えない油とはどんなものか、それは肉を食べた時に肉の中に含まれている動物油脂やケーキに含まれている油脂、更にはパンやクッキーに練り込まれている油などです。これらは油を無意識のうちに体に取り入れているのです。肉と一緒に摂取している油は平均して一日に27.8gもあるのです。また、パンやケーキを食べた時にこの中に練り込まれている油も平均して3.3g取り込んでいるのです。油と聞けばすぐに頭に浮かぶ調理用油は全部合わせても8.7gであり、その3倍以上の油を無意識のうちに食べていることになります。しかもこれら肉から取り入れている油の量が現在さらに増加しているのです。

肉から十分に油が取れているのだから植物性のクッキングオイルは減らしても問題がないのだろうか。ここに栄養上の問題が浮かび上がってきます。ヒトの体にはいろいろな働きをする物質が油から作られているためにその原料となる油はバランスよく取り入れておくことが必要なのです。

例えば、その一つの分類がオメガ3脂肪酸、オメガ6脂肪酸、オメガ9油脂脂肪酸、飽和脂肪酸と分けられる脂肪酸による油のバランスです。オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸を多価不飽和脂肪酸と呼んでおり、よく知られているのでは魚油、エゴマ油、大豆油、コーン油などがこれにあたります。またオレイン酸などオメガ9脂肪酸を主体にしたものを1価不飽和脂肪酸と呼び、ナタネ油やオリーブ油などがこれに当たります。さらに動物油脂やパーム油などの熱帯油には飽和脂肪酸が多く含まれています。これらの油脂にはそれぞれの働きがあるためにバランスよく体に取り入れておかなければなりません。しかし肉を食べる機会が増えていくと動物油脂の摂取が多くなり飽和脂肪酸が体内に多くなってしまいます。また最近は店頭に並ぶ調理済み食品には、商品の保存安定性を重視するあまり動物油脂と同じような飽和脂肪酸を多く含むパーム油が多く使われるようになってきているのです。これら飽和脂肪酸の多い油が体内に取り込まれると動脈硬化、脳梗塞その他の循環器系疾患を引き起こす危険性が高まることが指摘されています。日本動脈硬化学会や日本高血圧学会など多くの学会がこのことについて警鐘を鳴らしています。しかし私たちの食事は肉食へとさらに傾いていっているのです。

我が国では長年これらの摂取バランスを、多価不飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:飽和脂肪酸を3:4:3のバランスが望ましいとされてきました。現在このバランスが崩れてしまっています。男女によって少しのブレはありますが、前述の厚生労働省の調査によると3つの脂肪酸のバランスは2017年現在で2.6:4.1:3.3となっており、3:4:3のバランスに比べて多価不飽和脂肪酸が少なくなっていることが分ります。これをもう少しわかりやすい言葉で言えば、魚油や大豆油などの摂取が減って飽和脂肪酸の多い動物油脂や熱帯油脂が増えていると言えるでしょう。確かに油の摂りすぎは健康を害しますが、ではどのような油を控えたらいいかはこの現状の崩れたバランスを見ればわかってくることでしょう。さらに油にはもう一つ見ておかなければならない視点があります。それは不足すると健康を害するとされる必須脂肪酸の摂取という視点です。必須脂肪酸とはその脂肪酸を直接口から摂取しておかないと他の油脂では代替できないものなのです。それはα-リノレン酸やリノール酸です。これらは魚油や大豆油に多く含まれている脂肪酸です。このような大切な油が不足して、動脈硬化につながる動物油やパーム油のような熱帯油脂の摂取が増えすぎているという栄養的アンバランスが起きているのが現状なのです。

私たちは油の摂取を減らそうとすると天ぷらやから揚げなどの植物油で調理した油を避けようとしますが、その3倍も摂っている肉などに含まれている見えない油をどう減らすかに注意を払うべきではないでしょうか。

忙しい毎日の生活において店頭で買う調理済み食品を避けて通ることは難しいでしょう。これらは言ってみれば自分で調理しようとしても出来ない時間と手間を買っているものなのですから。現代社会はある程度保存安定性の高い、しかし循環器系疾患の危険を持つ飽和脂肪酸の油に頼らなければならない状況にあるとも言えます。しかしその状態を放置していては自分の健康に赤信号が灯ります。それならば他の機会に積極的に魚料理や大豆油やコーン油を野菜にかけて取り入れながら一週間単位で体内の脂肪酸バランスを保っておかなければならないでしょう。冷たい所で育った魚には私たちの血液をサラサラにしてくれる油が含まれています。同じ魚油でも暖流に住むアジやイワシよりも寒流を泳ぐサバの方が、EPAが多く含まれているとされています。逆に体温の高い動物や熱帯産のヤシ油の中には血液をドロドロにする飽和脂肪酸が多いのです。私たちが自分や家族の健康を考えた時にこれらの見えない油を意識しながら、週のうち何回かは魚や大豆油などの多価不飽和脂肪酸の油を摂取しておかなければならないのではないでしょうか。

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