亭主の寸話70 『やはり雑草は強かった』 

 「雑草のようにたくましく」とか「雑草魂」などとその生命力の強さを称賛する一方で、我々は日々雑草に悩まされている。ましてや農作物の栽培に勢を出している農民にとって雑草はまさに敵であろう。その敵を簡単に退治してくれると言えば農家が飛びつかない訳はない。そんな甘いささやきを農民に吹いて回った企業があった。アメリカの化学会社モンサント社である。彼らは自社の強力な除草剤「グリフォサート」に対して抵抗性を示す遺伝子を大豆の中に組み込んでおくことによって大豆を枯らさずに周囲の雑草だけを枯らすことが出来る大豆を作ったのだ。この大豆と除草剤の組み合わせを使えば除草剤を何度も使わなくても1度の除草剤散布で雑草の悩みから解放される、と発表した。各国の研究機関は一斉にこの遺伝子組み換え大豆の安全性について研究を始めた。なぜなら人の口に直接入る遺伝子組み換え技術を利用した初めての農産物だったからである。この安全確認の試験では大豆の花粉が周辺の農場に飛び散らないように厳重に管理された中でおこなわれたが、これらの安全性確認の研究さえも拒絶しようとの動きもあり、世間の注視の中で各国それぞれに進められた。そしてその結果には国によって微妙な差異が生じている。新たに出来た遺伝子組み換え大豆に含まれる成分は従来あった大豆の成分と差異はないので従来品の大豆と区別する必要はないとするアメリカ、日本などの態度と、遺伝子組み換え大豆の成分には差異はないが短期間の観察では見つけられないものがあるかも知れないので直ちに認可するのは望ましくないとするEU諸国の姿勢である。このように同じ研究をしながらその結果に差異が生ずる背景には、一面的な学術研究領域を超えた各国の農業政策への取り組みが作用していると考えられている。EU諸国にとっては域内の農家、農民をどう守るかという課題がある一方でアメリカの化学会社に対する不信感も作用していたように思われる。

いろいろな思惑が交錯する微妙な状況の中でスタートした遺伝子組み換え大豆「ラウンドアップレディ」の栽培も来年(2016年)で20年になる。現在、世界で生産されている大豆の80%以上がこの遺伝子組み換え大豆となっている。それはこの大豆によって除草作業が楽になったことに加えて大豆の生産量が格段に増大したからである。この栽培収率の向上は遺伝子組み換え大豆の大きな功績であり、これがあったことにより中国による大豆の爆買いにもかかわらず世界の需給バランスはまずまず平静に保たれているのだ。いずれにしても約20年間、遺伝子組み換え大豆を食べたことによる病気の発生は今のところ1件も報告されていないのが実情である。

ところが、この遺伝子組み換え大豆の本来の目標に底抜けが始まっている。この大豆とモンサントの除草剤を組み合わせて使うと雑草を簡単に枯らしてしまうと謳っていたが、この除草剤に抵抗してさらに強くたくましい雑草が生まれてきたのである。確かに遺伝子組み換え大豆「ラウンドアップレディ」と除草剤「グリフォサート」のコンビで大豆畑の除草は最初の内はうまく行っていたようである。しかしそのうちに関係業界の間で、どうも最近は枯れない雑草が生まれてきているようだ、との噂が飛び交うようになった。それはこの遺伝子組み換え大豆が栽培され始めて10年ほどたった頃だったように思う。その後遺伝子組み換え大豆の畑の雑草の話題は年を追うごとに増幅され、ついにはマスコミに取り上げられるほどになっている。いったん煩わしい除草作業から手を抜くことを覚えた農民は一度の除草作業だけでは処置できない新たな雑草対策に対して以前のように数度にわたるきめ細かな除草作業に戻ることが出来るだろうか、あるいは一度だけの作業にこだわって更に強力な除草剤を混ぜて散布するという対抗手段にでるか、大豆農家の取り組み方に注目が集まるところである。最近のマスコミ報道などを見ると「アトラジン」や「2,4-D」などの除草剤を混ぜてより対応の幅を広げていこうとする方向にあるように思われる。まさに散布する農薬を減らせると謳っていた当初の目標はたったの20年で崩れ去ってしまったと言えるであろう。除草剤の量を減らせるという遺伝子組み換え大豆の価値は農薬など化学物質が人に与える各種被害を低減できるところに意味があったのだ。除草剤がさらに増量されたことによる栽培農家や農場周辺の人たちへの健康被害が発生しているとしたら、我々は再び20年前の状態に引き戻されて農薬と健康に真っ向から対応しなければならなくなったと言えるであろう。

今回の除草剤とそれに対応した遺伝子組み換え作物の教訓は、今後どのように雑草に対抗した新たな化学物質を作り出したとしても「雑草」は数年でそれを潜り抜けてくる「したたかさ」を持ち合わせていることを教えられたと言えるであろう。そして雑草と人との戦いはこれからも永遠に残る課題であり、消費者はその労力に対して費用負担をしていかなければならないだろう。20世紀の除草作業とは昔からの、人間が手で除草していたものを化学物質に置き換えて対応しようとした時代であったが、21世紀の除草作業は高性能ロボットが取って代わる日が来るのであろうか、人間と雑草の戦いと知恵比べは永遠に続きそうに思われる。 

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