亭主の寸話 F『肉食指向が地球温暖化を招く』1


 「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉があります。ひとつの側面から眺めていると正しいことも、いくつかの側面が重なってくると間違った方向に進んでしまうという、なんとも悩ましい状況に陥ってしまうことです。私たちは一人ひとりの幸せを求めて毎日努力をしています。そして、それが実現していくことは嬉しいことなのです。肉(牛+豚+鶏)の消費量グラフかつて日本人がそうであったように、中国の人たちは20数年前の市場経済への移行とその後の国際経済システムの中での努力の積み重ねにより、年平均9.5%という高い経済成長を続けています。かりにこのままの経済成長が続くと仮定すると、2030年頃には中国人の一人当たりの所得は、現在のアメリカ人の所得に並ぶことになります。現在の中国では、すでに都市部を中心に生活が豊かになり、農村部も含めた一人当たりの肉の消費量はすでに日本を追い越しています。中国の人口の70%を占める農村部では肉の消費が爆発的に増大しつつあり、都市部でも牛肉の伸びが拡大しているのが象徴的な現象です。このこと自身喜ばしいことなのですが、地球レベルの穀物生産の視点で見ると、大変大きな問題を含んでいるのです。

 かつて牛肉など畜産物の生産は広い牧場に家畜を放牧して牧草を食べさせながら飼育をしていました。しかし現代の大規模、効率化の流れは畜産現場の姿を変えてしまいました。現在の畜産業は飼育効率のよい穀類を中心に飼料が配合されており、その中心がトーモロコシと脱脂大豆なのです。つまり、世界の肉の消費拡大はトーモロコシと大豆の増産で成り立っているのです。そのため、飼料を含めた穀物の一人当たり消費量は、肉食が多いアメリカ人が年間930kg、中国人が300kgといわれています。しかし、経済の発展とともに中国人の肉の消費量が増え続けていけば、世界の穀物、とりわけ大豆とトーモロコシの供給量に赤信号が灯ることになります。

 牛肉を1kg作るためにはこれらの飼料穀物を12kgほど与えなければなりません。もし、牛肉が穀物の12倍の栄養価を含んでいるのならバランスが取れていることですが、大豆で見るとほぼ互角です。大豆は、もともと「畑の肉」と称されており、牛肉に等しい栄養が含まれているのです。つまり、12倍の量の穀物で牛肉を作ることは、大きな不経済を引き起こしていることになるのです。アメリカ人一人当たりの牛肉の消費量は年間43kgであり、中国人は6kgです。今後の所得の上昇で、14億人になろうとしている中国人がアメリカ人の食事の真似をしたら、世界の生産穀物の2/3を中国が食べることになってしまいます。中国の畜肉消費量の拡大を先取りする形で、現在中国の港には、国際穀物メジャーが巨大な製油会社や飼料会社を林立させています。それはすでに中国で生産される肉などの畜産物は、海外からの輸入穀物で成り立っていることを意味しているのです。巨大な人口を抱える中国のさらなる穀物需要は地球環境に大きな影響を与えるのです。さらに、大豆、トーモロコシはバイオ燃料の原料として新たな需要が持ち上がっており、世界の穀物需給は逼迫した状態になっています。

 現在の地球上の穀物栽培面積は16億ヘクタールであり、ここから、他の穀物も含めて年間20億トン生産されています。しかし、その耕作地も水不足、砂漠化、塩害などで毎年縮小されています。一方、地球上の人類は急速な勢いで増え続けており、現在の地球人口63億人が、2030年には80億人になるという、国連の予測があります。これら人口の増加とあいまって、人口1人当たりの穀物生産量は、1984年をピークに減少を続けているのです。この傾向は今後さらに加速していくものと考えられています。

 現在の世界最大の大豆生産国はアメリカですが、今後さらに生産量を伸ばしていく余地はもう残っていません。このアメリカに肉薄しながらさらに生産量を伸ばしていこうとしているのがブラジルです。ブラジルはセラードと呼ばれる潅木地帯を大豆畑に開墾し、さらにアマゾンの熱帯雨林を伐採して大豆畑を広げています。このように、世界の穀物増産圧力は、アマゾンや東南アジアでの熱帯雨林の伐採という形でつじつま合わせをしているのです。すでに過去30年間で2億ヘクタールの森林を伐採して畑に変えてきました。アマゾンの森林伐採には世界の環境保護団体から非難の声が浴びせられていますが、大豆を増産することがブラジルの国益にかなう、との見方から熱帯雨林の伐採は止まっていません。熱帯雨林が大気中の炭酸ガスを吸収して、地球温暖化を防ぐ働きをしていることから考えても、これは大きな問題です。同じ面積の畑の栽培作物よりも森林のほうが、炭酸ガス吸収率がはるかに優れていることは誰でも知っていることです。

 これほどまでしてでも、人は肉を追い求めなければならないのでしょうか。肉を多く食べることが、より健康になることでないことは、現在のアメリカ人を見ても明らかです。人類は、そもそも肉を多く食べる動物につくられていなかったことは、私たちの歯の構成からも明らかです。歯の構成は、穀物をもっと食べるように示唆しているのかも知れないのです。

 私たち人類は生物界の頂点に君臨しているという錯覚に陥っていないでしょうか。動物も植物も人類がコントロールできるものなのだと思ってはいないでしょうか。人は動物界の中の霊長類に属しています。この霊長類の食餌の特徴は、生物界でも珍しい雑食性にあります。生物界では一般に食べるものが特定されています。蚕は桑の葉だけを食べて育ちますし、魚も自分が餌とする魚はある程度特定されています。こうして生物界には食物連鎖が形成されているのです。しかし、人類やチンパンジーなどの霊長類にはこの原則が当てはまりません。霊長類に属する動物は、程度の差こそあれ、一般に雑食性を発揮します。中でも人間は生物界の中で最も悪食とされる動物であり、植物も動物も菌類までも、あらゆるものを食べてしまいます。動物たちにとって歯は命を守る大切な器官であり、自分の食べものに合わせて歯の構造が決まっています。ライオンや狼のような肉食動物は牙の鋭い犬歯をそろえています。牛やキリンのような草食動物は植物を磨り潰す臼歯を備えています。果物、木の実などを食べるウサギやリスなどは切歯を備えていて、これらを上手に食べています。では、私たち人類の歯はどうでしょう。人の歯は、親知らずを除いて28本生えていますが、果実などをかじるのに適した切歯を8本、肉食動物の犬歯を4本、野菜や穀物を磨り潰すのに適した臼歯を16本備えており、雑食性動物の歯の構成になっています。しかし、見方を変えれば、これら人類が備えている歯の構成はいったい何を意味しているのだろうか。つまり、人間の28本の歯の構成は、肉食動物の持つ犬歯を14%、木の実を食べる切歯を28%、穀物や野菜を食べる臼歯を58%なのです。ひょっとして人の体は、このような構成で食事をするように出来ているのかもしれませんね。このバランスを崩して、肉を食べ過ぎたりすると体が拒否反応を引き起こすのかも知れません。今、先進国で進行している生活習慣病とは、体が表す一種の拒絶反応といえるかもしれません。よく実験に使われる動物の中でも、ラットとウサギは正反対の性質を持っています。ラットは肉食動物で、ウサギは草食動物です。ウサギは動物性の脂肪なんかを摂っていませんから、これを大量に餌として与えると簡単に動脈硬化が出来てしまうのですが、ラットはなかなか動脈硬化を起こさないのです。

 アメリカ人は摂取蛋白質の64%を動物性蛋白質で占めています。アメリカを含めた先進国の動物性蛋白質の占める比率は56%であり、日本の動物性比率も56%といわれています。これに対して開発途上国の平均比率は31%と低く、全世界平均で見ても38%であり、先進諸国の肉の摂り過ぎは明らかです。

 人類は歯の構成から見ても、肉に頼って生きる生物ではないと思われます。私たちが、もっと穀物を直接食べることによって、地球全体の食糧需給もゆとりを持ち、この地球もより多くの人口を養ってゆくことが出来ます。熱帯雨林を伐採することもなくなり、地球温暖化を食い止めることも可能になってきます。しかし、人間には分からないことがまだまだ多く残されています。なぜ、穀物を食べるような歯の構成を持ちながら、生活に余裕を持つと、どの国民も肉食に引き寄せられるのでしょうか。これが解明されないと世界の食糧問題も環境の問題も解決されないでしょう。現代の食品化学はあらゆる問題を科学のレベルで解明してきました。しかし、穀物を加工した人工肉は、今もって消費者に受け入れられていません。肉とは人にとって何なのでしょうか。


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