亭主の寸話68 『平成の養生訓』 その5
「健康を守る自衛隊、腸内細菌」
私達はより健康になるために栄養になる食べ物を選んで口に入れている。するとそれらは自然に体の中に取り込まれ健康が維持されていくものと漠然と考えていた。同じものを口に入れてもそれを消化吸収する自分の体が劣化していると体はそれらを吸収出来ないこともある。吸収力が衰えるのは病気や精神的不安や老化などが挙げられるだろう。若いころと同じものを食べていても老化が進むと消化酵素の働きが衰え、消化するのに時間がかかりなかなか空腹にならない。こうして消化力が弱まれば当然のこととして体に取り込む力が衰え栄養不足が始まり、筋力が衰え、体力が衰え、そして老化が加速することになる。自分の消化吸収力が衰えて来たらそれを補うためには微生物の分解力の働きを利用するしかない。日本には酵母菌や乳酸菌など日本人が昔から利用し続けている微生物が身の回りに多い。これらの微生物は自らの持つ酵素の働きでたんぱく質などを分解して胃や腸の手助けをしてくれたり、吸収力が正常に働けるように腸内の環境を整えてくれる。私たちは昔から微生物の働きを利用したヌカ漬け、味噌漬け、かす漬けなどの漬物を沢山食べてきた。しかしこれらの漬物は子供や若者たちからは敬遠されている。それは一つには、若者たちは食物に対する消化吸収力が活発だから微生物の助けを借りる必要がなかったことにもあったのだろう。昔から漬物が老人に好まれたのも、経験上これらの食べ物が自分の消化・吸収力を補ってくれているのを感じていたからなのかも知れない。
もう一つの微生物グループは大腸に住み着いている腸内フローラと呼ばれている一連の細菌群である。私たちの大腸には多くの細菌が住み着いていることはわかっていたがその役割はあまり知られていなかった。大腸にいるのだからそれは大腸菌だろう、という程度の理解の人も多かったのではないだろうか。しかしここ10年ほどの間にいろいろな研究が進み、腸内細菌がいかに我々の健康に深くかかわっているかが明らかになってきた。腸内細菌には善玉菌、悪玉菌、日和見菌の三種類があり、その数100兆個以上とも100種類以上とも言われている。私たちの体は60兆個の細胞から出来ているので腸内細菌の方が体の主力な住民と言えるだろう。だから彼ら腸内細菌の具合によって私たちの体調は左右されることになる。彼らは私達の日常の食事や体調、ストレスなどにより少しずつ変化し、それに伴って私たちの健康状態が変わっていくこともわかってきた。そして30種類に上る病気がこれら腸内細菌に影響されていることも最近の研究でわかってきている。病気の他にも肥満や気持ちの在りようや性格までも腸内細菌に影響を受けていることが明らかになってきており、自分の健康を考える上で腸内細菌に対する配慮は避けて通れないところまで来ている。実は、私達が毎朝排泄している糞便の量の半分は腸内細菌だと言われている。腸内細菌は私たちの腸内に1.5kgほど住み着いているが、その人の食事や生活習慣によって細菌群のバランスは微妙に違っており、それはまるで指紋のようにそれぞれの人によって種類も割合も違っていると言われている。最も望ましい腸内細菌の分布は善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7のバランスだともいわれている。このバランスは自動的に出来るものではない。善玉菌を育てるための日頃の努力が必要である。
腸内細菌が我々の健康に与える影響は研究が進むにしたがって増すばかりであるが、それは自分の体の細胞数以上の生命体が腸内で働いているから当然と言えばいえる。いや、腸内細菌も含めたすべてが自分なのだから我々は腸内細菌のことにもっと気を使っていかなければならないのかも知れない。自分の腸内に住んでいる善玉菌が多くなり悪玉菌が少なくなると私たちは元気となり、悪玉菌が増えると体調を崩してしまい病気や老化を引き起こすことになる。我々がよく知っている善玉菌の代表はビフィズス菌であり、悪玉菌の中には大腸菌も含まれる。つまり自分の腸内環境を善玉細が働きやすい環境にしておかないと心身ともに健全な状態に保てないということである。これら腸内細菌を良い環境にしておくことは「平成の養生訓」の大きな柱であるといえる。
では腸内細菌が良い状態になるためにはどのようにすればいいのか、それを知るには逆に腸内環境が悪くなる状態を見てみるとわかりやすい。それは栄養バランスが悪い食事を続けていたり、ストレス状態が続くとき、病気や老化で抵抗力が劣ってきたとき、病原菌と戦っているとき、抗生物質を飲んで腸内細菌が弱っているときなどであろう。つまりこれらと逆の状態こそ善玉菌が活躍できる時なのである。先に触れたように腸内には善玉菌と悪玉菌の他に日和見菌というグループもいる。この日和見菌は周りの状態が良い環境になれば善玉菌のような顔をして健康に貢献するが、環境が悪くなると悪玉菌に変身して病気を引き起こすことに加担してしまう。つまり腸内環境の状態によって健康と病気のどちらかに大きく振られていくことになり、私たち自身の人生に大きな影響を与えることになる。そしてその人の食習慣などにより乳酸菌などの善玉菌の数は健全な人と体調の悪い人では1万倍の差があるとも言われている。現在、腸内細菌に影響されている病気は30種類を超えているが、老化や癌もそこに含まれている。さらには糖尿病、アトピーなどのアレルギー、花粉症、貧血、動脈硬化、肌のしわ、積極性や意欲などの心の状態にも腸内細菌が影響を与えていると言われている。人の腸管には免疫細胞であるリンパ球全体の70%以上が集中しており、癌などの病気に対する防御に備えている。また、腸の不調が内臓脂肪を蓄え、高血圧、高血糖、高脂血症などを引き起こすと言われている。さらに腸内細菌はコレステロールを分解して排出してくれる働きもあるので血栓症などを防いでくれているが、それ以上に有用ホルモンのいくつかを作り出す働きもあり、まさに私たちの体調の多くの部分は腸内細菌が決めていると言えるのかも知れない。また大豆を腸内細菌が分解したときに出来るエクオールという物質はコラーゲンを増やす働きをして肌のしわを予防するという美容に効果があるとされている。このように腸内細菌は脳の働きから病気の予防、さらには美容まで私たちのあらゆる部分にきめ細かく影響を与えていることが分かる。昔から体調を崩さないように腹巻をしてお腹を温めてきたことを覚えている。この頃には腸内細菌の大切さについて何もわかっていなかったが、昔の人たちは自分たちの経験からお腹を守っておくことの大切さを言い伝えてきたのでしょう。
では腸内環境を良い状態にするためにはどんなことをすればいいのか、研究者の声を聴いてみると意外に地味な答えが聞こえてくる。日常の食事の中で、まず食物繊維やオリゴ糖など善玉菌を育てるための餌になるものを意識して食べることである。それには次のような食材が挙げられる。
① 食物繊維となる食材。大根、人参、かぼちゃ、ブロッコリー、さつまいも、山芋、海草、きのこ、大麦、こんにゃく、など。
② オリゴ糖となる食材。ごぼう、アスパラガス、玉ねぎ、長ネギ、キャベツ、トウモロコシ、大豆、バナナ、りんご、はちみつ、など
③ 善玉菌の仲間を増やす食材。ヨーグルト、乳酸菌飲料、ぬか漬け、キムチ、ピクルス、チーズ、味噌、塩麹、甘酒、納豆、など
これらを毎日取り入れていくことにより腸内フローラは健全な姿に整えられていくのである。現在、厚生労働省では成人男子の食物繊維摂取量を1日20gとしているがどの世代もこれには達していない。それは食生活の欧米化が進んだことにより、野菜を上手に取り入れた和食から離れていったことによるものであろう。現在の飽食の時代、私達が食べるものの多くは高度に精製された柔らかなものになっており、これら食物繊維を食べる量が少なくなっていることが以前から指摘されてきた。自分で強く意識していなければ玄米を食べることもないでしょう。白いコメ、白い麵、白いパン、その他の食材も舌触りのいい精製されたものが多くなっているのが現代の傾向と言えるのではないでしょうか。
腸は体の原点であると言われているがその証拠に、ナマコなど腸だけで生きている生物が現実にいるからである。腸だけでも生きられる生物がいることは、まさに腸は生物にとっての生命の基本であり最も大切な臓器であると言うことが出来よう。人間の臓器においても最も多くの血液を使用して働いてくれているのも腸であり、血液全体量の30%を利用していると言われている。そのレベルはこれに続く腎臓の20%をはるかにしのぐ血液を利用して働いていることになり活躍の場面の大きさを示しているのではないだろうか。腸の働きが活発であれば免疫活動やホルモンの分泌が活発となりすべてに順調な状態を保つことが出来、老化を遅らせることが出来るのです。特に中高年世代は体力や免疫力や消化吸収力が弱まっており、真剣に腸内細菌の改善に取り組んでおかなければ病気を防ぐことが出来ない。腸内細菌の状態をいかに健全に保つか、これからの自分に起こる老化や健康長寿などに大きな影響をもたらすものとして強く心に留めておく必要があるでしょう。