亭主の寸話66『平成の養生訓』 その3
「朝食の摂り方」
健康を支える食事について考えるときには単に食材を選ぶことだけに目を向けるのではなく、その食べ方などにも気を配る必要がある。ここではとかく軽く見られやすい朝食を中心に見ることにする。
1、和食朝食 どちらかと言えば健康長寿のためには和食朝食がおすすめなのだが、それでも和食朝食を摂るときでも気を付けておかなければならないことがある。まず、健康のためには玄米、五穀米に野菜たっぷりの味噌汁が基本となる。
朝食抜きはメタボと老化の始まりと言える。朝食を抜くと空腹時間が長くなり、その分インスリンを酷使することとなり、糖尿病体質に近づいていくことになる。玄米・五穀米はインスリンの急速な分泌を抑えるとともによく噛むことが脳の働きを活性化し、食物繊維も多いので便通も改善する。味噌汁にはイソフラボンが含まれており、生活習慣病を改善する働きがある。具沢山の味噌汁にはカリウムも多く、塩分を除去し血圧を下げ脳卒中や骨粗しょう症の予防にもなる。玄米(5分搗米)は、食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富であり、血液サラサラ効果、肝機能の向上が期待できる。さらにフィチン酸(有害物質除去作用)も含み、ギャバはストレスを緩和し、精神を安定させ、脳の血流を良くして脳細胞の代謝機能を改善させる。玄米食に抵抗があれば白米に五穀米、十穀米や茶殻(緑茶の項を参照)などを加えるのも有効的だ。わが家では以前から実行中だが、その時の茶葉には粉茶がおすすめ。
味噌には麹菌によって大豆たんぱくが分解されており、たんぱく質の吸収が促進される。麹菌は発酵工程で各種酵素を生産し、サポニンとレジスタントプロテインが悪玉コレステロールを低下させる。ビオチン(ビタミンB7)などビタミンB群も豊富。ペプチドには中性脂肪低下効果がある。ジピコリン酸には放射性ストロンチウムなどの金属を体外に排出する働きがある。味噌の赤色成分メラノイジンには抗酸化作用が、イソフラボンは基礎代謝を活発にする働きがある。イノシトールは脂肪肝を予防し、オリゴ糖には腸内の善玉菌を増やす働きがあるとされている。ただし乳酸菌などの発酵微生物は高熱(60度以上)で死滅するので味噌汁を作るときには加熱が終わって少し冷ましてから味噌を溶くと微生物は腸内に取り込まれて善玉菌となる。チーズやヨーグルトと違い味噌や納豆などの植物性乳酸菌は整腸作用が強く、アレルギー反応を抑える働きを持っている。発酵食品の中で最も植物性乳酸菌を多く含んでいるのが味噌である。そして味噌のもっとも有効な調理法は味噌汁である。味噌の選び方は、赤味噌の赤色が濃いほど抗酸化作用のあるメラノイジンが豊富で「アンチエイジング」に効果的である。白味噌には麹菌が多いのでギャバ(GABA)が多く含まれている。これは脳の興奮を抑える神経伝達物質であり、夕食に摂ると快眠が得られるといわれている。朝は「赤味噌」、夜は「白味噌」が適しているだろう。
納豆 納豆は「健康長寿食」の王様。粘り物質ムチンがインスリンの急速な上昇を抑え血糖値調整を行い、整腸作用、肥満防止、血液サラサラ、心筋梗塞予防、老化予防などが期待できる。ビタミンB2が血液中の脂肪を燃焼させ動脈硬化や心筋梗塞の予防に効果がある。私が現役時代に携わったことのあるビタミンK2(メナキノン7)は納豆に多く含まれており、血液中のカルシウムを骨まで運び沈着させて骨粗しょう症を予防する働きがある。ボケ防止や記憶力を向上させるレシチンは脳、神経細胞の情報伝達物質の原料であり、ビタミンの吸収を助ける働きもある。活性酸素を抑えるイソフラボンは更年期障害の軽減、ホルモン性癌の予防に効果がある。若返りのビタミンE、抗癌作用のあるセレン(活性酸素除去、老化防止)なども含まれている。そのほかに、ナットウキナーゼは血栓溶解作用、血液循環の改善、関節炎の緩和、脳機能の活性化、血管を柔らかくし脳卒中や心臓病の予防、さらには大脳の神経細胞に沈着するβ-アミロイドタンパクを分解してアルツハイマー病をブロックしてくれることなどが期待されている。納豆の発酵過程で発生するポリアミンが免疫力を高め、抗炎症作用も認められている。これらの他にサポニン、セレンなど老化防止に有効な物質を多く含んでいる。
豆腐 大豆製品にはポリフェノールの一種である「イソフラボン」が含まれており抗酸化作用を持ち、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病を予防する効果があると注目されている。さらにイソフラボンには骨粗鬆症を予防し、更年期障害を軽減する効果も持っている。豆腐には豊富なタンパク質のほか、牛乳以上のカルシウムも含んでおり、その他ビタミンB1、ビタミンE、カリウムなどの有効成分が含まれている。リノール酸を中心に多くの不飽和脂肪酸を含んでおり、コレステロールを低下させ高脂血症予防に効果的。また、木綿豆腐を食べた時の血糖値の上昇度合いは、GI(グリセミックインデックス)値が42と、インスリンを保護する食べ物とされており、老化予防が期待できる。ただし、2006年に内閣府委員会食品安全がイソフラボンの摂取上限を定め、過剰摂取を戒めている。特に妊婦や子供はサプリメントで摂取するのではなく豆腐・納豆などの食品を通じて取り入れていくように指導している。
緑茶 1日に5杯の緑茶を飲むと脳卒中による死亡率が低下し、血圧やコレステロールを抑え血管系の病気を予防するといわれている。お茶の効果の多くはカテキン、ミリセチンなどのポリフェノールによるものである。緑茶の渋味成分であるカテキンは脳の老人斑(β-アミロイド)の沈着を抑えアルツハイマー病を予防する。カテキンには強い抗酸化作用があり、動脈硬化予防、悪玉コレステロールの低下、血栓予防、脳の老化予防にも効果がある。さらに緑茶の旨み成分テアニンには、血管の強化、脳・神経細胞の活性化などが知られている。また、お茶は大切なビタミンCの補給源でもある。緑茶100g中のビタミンCはレモン果汁より3倍も多い。しかもお茶のビタミンCはカテキンとの相乗作用によって熱に強く、70-80℃位のお湯でも壊れにくい。緑茶の健康効果を高めるには飲み終わった茶葉も料理に入れて使い切ることが大切である。茶葉に含まれるカロテン、ビタミンEは水に溶けずに茶殻の中に残っているからである。また、カテキンには殺菌作用もあるのでお茶でうがいをするのも理にかなっている。
さらにお茶の成分が癌を予防することも明らかになっている。体内で癌が発生する過程で、まず各種環境の中で細胞に突然変異が引き起こされた「イニシエーション」時点と、細胞が癌化する「プロモーション」状態の両方において茶カテキンが強い制癌作用を示すことが明らかになっている。なお、イニシエーションを起こす発癌物質としては、放射線、紫外線、各種ウイルス、化学物質の他にたばこ、わらび、ふきのとうやピーナツのカビ、肉や魚の焼け焦げが指摘されている。プロモーションとなる発癌促進物質としては、塩分(胃癌)、サッカリン(膀胱癌)、経口避妊薬(子宮内膜癌)、高カロリー食(過酸化脂質を通じてすべての癌)などが明らかになっている。お茶の産地として有名な静岡県川根本町の男性の胃がん死亡率は全国平均の5分の1でカテキン効果とされている。煎茶、番茶、玉露などなんでもよい。私は大学時代の卒業研究でこの茶カテキンの化学構造を解明する研究に携わり卒業後に日本農芸化学会賞を研究室として受賞しており、カテキンに対する思い入れも深い。なお、緑茶や紅茶に含まれているタンニンは鉄分と結合して体内吸収を阻害するので、貧血に困っている人は食後2時間ほど経ってから飲むのが理想的である。
次に朝の洋食について見てみよう。
パン パンには全粒粉を原料としたものを選ぼう。全粒粉のパンにはご飯の玄米と同じように食物繊維が豊富となりインスリンの急速な分泌を抑える。洋食には野菜が不足しがちになるので温野菜を添えることを忘れないように。ハチミツなどを塗るとさらにインスリンを有効に使えるようになる。ただし、食パン1枚には塩分が0.6g位含まれているので血圧管理には絶えず注意を払っておこう。
牛乳 骨粗しょう症の予防に効果のあるカルシウムは牛乳1本(200㎖)で1日の必要量の3分の1くらい摂れる計算である。また、東京都老人総合研究所の調査では、牛乳を毎日飲んでいる人は介護の危険度が低いと発表している。牛乳に含まれるトリプトファンは「癒しのホルモン」とされセロトニンなど「うつ」を改善する神経伝達物質の原料となる。
ヨーグルト 私たちの腸内には赤ちゃんの頃から多くの細菌が生息してひとつの社会(フローラ)を作っている。その細菌の種類は100を超えるといわれている。これらを大きく分けて人の体に有益に働く善玉菌と有害に働く悪玉菌とがある。善玉菌には乳酸菌群などがあり、その中で最も多いのはビフィズス菌である。悪玉菌は腐敗菌群と言われ、大腸菌やぶどう球菌などが含まれる。ところが人の老化とともに腸内のビフィズス菌の割合が低下して体の免疫力が低下してくる。ビフィズス菌などの腸内有用菌は乳酸や酪酸を作り、ビタミン・タンパク質の合成、消化・吸収の補助、外来病原菌の増殖防止、免疫機能の向上、便通の改善などの面から健康長寿を下支えしている。これらを指して「ヨーグルト不老長寿説」を唱える人たちもいる。現在ではこれらを「お腹の調子を整える」と表現してヨーグルトや腸内細菌の増殖を促すオリゴ糖の摂取の必要性を指摘している。ヨーグルト中の乳酸菌は生きて腸に届かなくても生きている菌と効果はほとんど変わらない。
ここでは主として朝食を摂るときの場面を想定しながら書いてきたが、同じような気配りは昼食・夕食についても言える。これらのことは神経質にとらえる必要はないが、知っていることと知らずにただ漫然と食べているのとでは健康長寿に差がでてくることは明らかであろう。
(平成26年8月 記)