亭主の寸話63 『和食離れが大豆離れに』 

 

 昨年12月に我が国の『和食』がユネスコの文化遺産に登録された。

和食が文化として評価されるとは思っていなかったのでまずは驚きであり、同時に誇らしさもじわじわと沸いてきた。和食と言えば私たちが日ごろ食べている食事のことを指しているのであろうが、自分が毎日食べている素朴な3食がはたして文化といえるのだろうか、少々心配になってきた。現在のわが家は老人3人の世帯であり、昔から食べなれている食事が中心である。決して外国の人たちに誇れるようなものではないが、それでも内心、「この食事は健康にいいだろうな」との思いは強く持っている。

その後、関係者の話を聞いてみると、和食の世界遺産登録は我が国で進行中の和食離れに歯止めをかけるのも一つの目的だとか、そうか、日本人が従来の和食から離れていくのに危機感をもっての登録でもあったのか、と改めて事態の深刻さに思いを巡らしてみた。

たまには近くに住んでいる息子家族の家に行って家庭料理をみんなと一緒に頂くことがある。当然のことながら彼らは自分たちとは発育段階が違っているので食べ物が違って当然だと思っている。でも上手にバランスよくいろいろな食材を組み合わせて食べているのを見て、いつも安心して帰ってくる。特に孫たちが煮豆や納豆など豆料理が好きなのを見て大いに満足している。どうやらわが家族では、和食離れにはそれほど心配はいらないようだ。

我が国の食文化を支えてきた食材は「米」と「大豆」である。「米」からは主食である「ご飯」が炊かれる他にも、祭りや集会など地域文化を陰で支えてきた「清酒」も米から作られている。一方、「大豆」は味噌、醤油などの調味料の他にも納豆、豆腐、油揚げ、黄粉などの原料であり、米と大豆は「和食」を支える双璧の食材であると言えよう。ところがこの2大和食食材が今、食卓から急速に消えていっているのである。つまり和食の主役であった米と大豆が現代の食卓から見離されているといえる。このままでは折角世界遺産に登録された和食も先行き危ういことも想定されよう。関係者が慌てるのも無理はない。

ここで米と大豆の代表的な食材の最近の消費動向を見てみよう。

主食としてのご飯離れが指摘されて久しい。農水省・食糧需給表によると、添付グラフにみるように一人が1年間に食べるコメの量が50年前の118.3kgに比べて2012年の消費量は半分の56.3kgに過ぎない。その減った分はパンや麺類のような小麦製品にとって代わっており、海外からの輸入小麦が国内米を駆逐しているのである。このことは海外の小麦農家が豊かになり、国内のコメ農家が苦境に立たされていることにつながっているのである。そのことを反映して、現在アメリカの農地価格は上昇傾向が続いていると聞く。一方日本の農地は放棄地が多く、買い手がいないので農地価格も底なしの下落状態である。この両者の落差を食い止める手立てが見つけられていない。我が国のコメに対する需要が回復してこないかぎり打開策は難しいように思われる。

かつて我々は苦い経験をしている。急速に米離れが進んでいる最中の1993年に冷害によるコメの不作が発生した。米不足を知った国民はコメの買い占めに走った。当然ながら店頭からはコメが消えてしまい、大パニックが起こってしまった。政府は仕方なしに外国からのコメの輸入の道を開いてしまった。この年の国民一人当たり年間のコメの消費量は80kgに跳ね上がった。ところが翌年の豊作になると逆にコメを敬遠してしまい、10%減の72kgとなった。しかし、このことが原因で不必要なコメの輸入を毎年60万トンしなければならない羽目に陥って今に続いている。その分が国内の余剰米に上乗せになっているのだ。普段はコメに見向きもしないのに、不作と知ると「米よこせ」といきり立つ消費者心理が事態の難しさに輪をかけているのだ。政府が米農政から離れられなかった所以でもあるだろう。

 

コメが原料の日本酒(清酒)の消費量も、国税庁の統計年報書によると、35年前の1975年には167.5万キロリットルが2010年には3分の158.9万キロリットルへの激減となっている。これらもビールやワインなど多くは海外原料に置き換わっているのであろう。

消費者にとっては世界の食材をいろいろと楽しめるうれしい時代になったといえるであろうが、これらの現象を苦々しく思っている人たちも多いのではないだろうか。

 

一方の大豆はどんな傾向を示しているのだろうか、気になるところである。現在国内で消費されている大豆は漸減状態にあり、全体で約300万トン程度になっている。しかし、これらの多くの部分は食用油脂を作る原料であり、実際に私たちが食べている「食品用大豆」は、農水省資料に見ると現在93万トンのレベルにある。今までは、日本人の長寿や更年期障害の軽減などは大豆食品によるところが大きいと言われてきた。大豆には良質のたんぱく質や脂質が含まれているばかりでなく、イソフラボンやビタミンEなど健康維持に必要な成分を豊富に含んでいるからである。それだけに大豆食品が食卓から消えることには関係者の間からは心配の声が上がっている。

更に、大豆を使った調味料である、味噌・醤油の最近の消費傾向を眺めてみると、ここにも同じような減少傾向がみられる。

まず、味噌の消費動向を総務省の「家計調査報告」から拾ってみた。まさに一直線に坂を下っている感である。味噌は単に大豆の成分を食べているばかりでなく、私たちの腸の働きに大切な発酵微生物を取り込むという効用がある。こうした発酵食品を毎日少しずつ体内に取り込んでおくことが、私たちの体の免疫力を維持しているのである。それだけに最近の味噌離れには、十分に注目していかなければならないと思っている。

もう一つの大豆調味料である醤油についても見てみよう。これも総務省の「家計調査報告」から数字を拾ってみた。

ここでも大豆離れの一端がすでに現れている。しかし、その背景として「塩分控えめ」との意識が国民に浸透していると見ることもできる。確かに自分の醤油の使い方も数年前と比べて減少している。そのことを考えると醤油消費量の減少を、単に大豆離れと悲観的にとらえることは適当ではないだろう。みんなの健康志向がここに現れていると見ることも出来るからである。

では、味噌の塩分についても同じことが言えそうだが、そこは少し違う。味噌汁の「具だくさん」などの工夫をすることによって十分に回避出来るからである。味噌にも醤油にも、大豆の持つ有用成分の効用部分と塩分という回避しなければならない部分とが併存しており、使い方しだいで今後ともに大切な食材であり続けるということが出来るだろう。そのような工夫をしながら次世代を担う子供たちに和食文化である大豆食品を伝えていければ、と思っている。

そのためにも日頃の食卓上に絶えず大豆食品が登場しているように心掛けておきたいものである。それこそが和食を世界遺産として日の目を当てることによって国民の健康意識を維持したいとする目的が達成されるのではないだろうか。

このような米、大豆に見られる和食離れはどうして起こったのだろうか、その理由について関係者はいろいろと研究を進めており、いろいろな課題が俎上に上っている。子供たちが日ごろ親しんでいる学校給食の洋風化が一因だとする声も多い。子供を育てる母親が忙しすぎる、との声もある。核家族が一般的になってきて世代間の食文化の伝承が欠けている、との意見もうなずける。つまり、原因は単純な、一面的なものよって引き起こされているのではない、ということだ。その結果として、現代の子供たちの食べ物嗜好は次のようになっていることを知った。

子供たちの好きな食べ物
@  寿司 Aカレーライス Bデザート Cオムライス Dラーメン Eハンバーガー Fピザ Gステーキ Hパスタ料理 I刺身

子供たちが嫌いな食べ物
@  レバー料理 Aうなぎ B漬物 C焼き魚 D煮魚 Eサラダ F和え物 G酢豚 H刺身 I野菜炒め

 これら現代の子供たちの食事嗜好を見てどんなことが思い浮かびますか。一目見て「家庭の味」が消えてしまっていることに気が付くことと思います。あるいは夕方の忙しい中で子供に好きなものだけを食べさせて、急いで学習塾に送り出す家庭の姿でしょうか。そしてそこから感じ取れるのは、現代の和食離れには我が国を取り巻く現代社会のゆがみに強い影響を受けている、といえるのかも知れない。それであれば、家庭から日本人の健康を支えてきた和食を絶えさせないためには、家族の強い意志が必要になってくるのではないだろうか。

テレビで見ていると、日本に来る外国人たちには「和食はおしゃれでクール」と観光の目玉になっているそうだ。海外の人たちの和食評価の声をきっかけに、もう一度みんなで毎日の食事を見直す流れが生まれることを期待している。それこそが、関係者たちが苦労して和食を世界遺産登録にしてきた本当の目的が発揮できるのではないだろうか。

                      20142月 記

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