亭主の寸話61 『野菜をなぜ食べるか』 

 

子供の頃には「野菜を食べないといけません」と周りの大人たちから言われ続けてきた。だから野菜は食べなければいけないものだと頭から信じてきた。だけどなぜ甘いケーキや肉よりも美味しくない野菜の葉っぱを食べなければいけないのか、その本当の理由がわからなかった。今日はそんな疑問に立ち向かっていきたいと思う。

人は栄養分を体内に取り込み、それを必要に応じて組み立て直して骨格や臓器、筋肉さらにはホルモンやエネルギーまで作り出している。だから自分が何を食べたかによって作られる体には差が生じ、最悪の場合には病気を引き起こす原因にもなる。その時に、私たちは呼吸によって酸素を取り込み、それを使いながら食べた栄養素を分解し、必要な栄養素に作り替えて生きている。だから酸素がなければ人は生きていけない。ところが我々が体に取り込んだ酸素を使ってエネルギーを生み出すときに副産物として少量の活性酸素という酸素の変り種が発生する。この活性酸素は反応性が高く、周辺にある体内のいろいろな臓器を酸化させて傷つけてしまう。例えば遺伝子DNAにくっついて傷つけるといろいろな病気の原因を作り、老化を促進してしまうという厄介な酸素である。現代ではこの活性酸素によってどんな疾患が現れるのかが明らかにされている。ここにその主なものを挙げると、次の通りである。

循環器系では、動脈硬化、心筋梗塞、不整脈など。血液系では、白血病、AIDS、敗血症、高脂血症など。消化器系では、胃潰瘍、肝炎、肝硬変、膵炎など。呼吸器系では、肺炎、感染症、肺気腫など。内分泌系では、糖尿病、ストレス反応などが挙げられる。さらに皮膚系では、アトピー性皮膚炎など。感覚器系では、白内障、網膜変性など。脳神経系では、脳梗塞、脳出血、パーキンソン病など。その他、癌や関節リュウマチ、自己免疫疾患など多くの病気にかかわっていることがわかっている。

 

このように私たちは酸素を利用して生命活動を維持していると同時に、体を傷つける活性酸素に侵されるという厄介な状態に置かれている。見方によっては、酸素を利用している生物はこれら活性酸素からいかに身を守るかよって寿命が決められていると言えるかもしれない。勿論私たちの体内には活性酸素を無毒化する酵素も備えており、それなりの防備体制はある。しかし、それらは加齢とともに体内の酵素活性が低下してくると内在している無毒化酵素だけでは十分でないので、活性酸素の害から身を守る工夫をしなければならない。そのひとつが野菜の持つ抗酸化物質を食べることによって体内の酸化防御体制の不足を補っているのである。我々の体内で起こっているこれら抗酸化作用とはどんなものか、については今や多くの研究者によって明らかにされている。

野菜はなぜ抗酸化物質を持っているのだろうか。それは、野菜が発芽した時からいろいろな危険にさらされており、それらから自分の身を守るために自分自身で作り出しているのである。例えば熱帯地方で育つヤシの実は高温と強い太陽の光にさらされている。しかしヤシの木は次世代の子孫を作るために必要とする栄養豊富な種実を成熟させておかなければならない。種子の中に蓄積しておく栄養分には温度と光によって酸化されやすい油脂も蓄えておかなければならない。この酸化に対して不安定な油脂を安定的に実の中に保つために抗酸化物質であるビタミンEを豊富に種子の中に蓄えているのである。このように野菜や果実に含まれている有用物質は本来、自分の身を守るために作っておいた物質だったのです。野菜が持っている強烈な赤色、緑色、黄色などの色素も、人間の目を楽しませるために備えているものではなく、その多くは病害虫や酸化から自分の身を守るためのものだったのです。葉っぱを傷つけると出てくるあの強い臭いも鳥や虫に食べられないための防御システムであると言われている。これら植物の持つ防御システムのいくつかはそのまま人の体の防御システムにも応用できるものがある。人は自分の体の防御システムが衰えた時に植物が作った抗酸化物質を食事から取り入れて自分の身を守っているのである。このことが、私たちが日常的に野菜を食べておかなければならない生化学的な理由だったのです。

 

 人は自分の持つ正常な臓器が酸化されてその働きが衰えることによって老化していくと言われている。だから歳と共に衰えていく機能を維持するために酸化から身を守る物質を食事から補給し続けなければならない。では、私たちはどんな食べ物から抗酸化物質を取り入れて身を守ることが出来るのだろうか。主なものを取り上げると次のようである。

トコフェロール・ビタミンEを植物油や胚芽、ナッツ類などから。カロテノイド類を緑黄色野菜、果物、藻類などから。ビタミンCとして野菜や果物から。イソフラボンやカテキンなどのフラボノイド類を大豆や緑茶、その他タマネギ・ブロッコリーなどから。フェノール類としてゴマや大豆、香辛料などから。フィチン酸は豆類・穀類・芋類などから。その他、コエンザイムQや微量金属なども私たちの体内で抗酸化作用をしてくれる大切なものである。

 

野菜や果物は色が濃く鮮やかなほど抗酸化物質が多く含まれており、人の体にとって老化防止などに有効とされている。そのような見方から「レインボーフーズ」という野菜の摂り方の目安が提案されている。「レインボーフーズ」の考え方とは、野菜などが持つ色によってその働き方に違いがあるので、色々な色の野菜や果物を取り入れていこう、という考え方です。

例えば、赤色食材としてニンジン、トマト、リンゴなどが代表的であるが、トマトに含まれるリコピンには強い抗酸化力があり、活性酸素を除去する働きをする。にんじんにはβ‐カロテンが含まれており、体内でビタミンAに変化する。ビタミンAは皮膚や粘膜を丈夫にし、免疫力を高め、高脂血症や動脈硬化の改善と癌などの悪性腫瘍の発生を抑える働きが確認されている。リンゴにはポリフェノールが豊富に含まれている。脂肪の蓄積を抑え、癌細胞の増殖を抑制する働きがある。カリウムも含まれており余分な塩分を排斥し、血圧の安定、体内の老廃物の排泄、疲労回復などの効果がある。ケルセチンにも抗酸化作用がある。その他にも赤色食材としてスイカ、イチゴなどがある。

次に緑色食材については緑茶、ブロッコリーなどに強い働きが知られている。緑茶にはポリフェノールの一種のカテキンが含まれており、抗酸化作用によるアンチエイジングや体内の悪玉コレステロールの低下、血栓予防、癌(胃)の予防、脳の老化やアルツハイマー病の予防などに期待されている。ブロッコリーにも抗酸化力が強く、老化防止効果に優れた野菜とされている。その他にも小松菜、カイワレ大根、ピーマン、キウイフルーツ、オクラ、ニラ、枝豆、春菊、ホーレン草、オクラなどにも効果が期待されている。

次に黄色食材として、グレープフルーツが挙げられる。独特の苦みを持つナリンギンに抗酸化作用や中性脂肪分解作用がある。その他クエン酸には疲労回復、食欲増進、痛風の改善効果なども期待できる。

次に白色食材として玉ねぎ、ニンニク、大根、キノコ、長芋などがある。玉ねぎには独特の催涙性で辛み成分である硫化アリルに血栓予防効果、血管の老化防止などの働きが期待されている。さらにケルセチンにはビタミンEより強力な抗酸化作用があり、動脈硬化、高血圧、血栓などを予防するとされている。セレンには抗酸化作用があり、癌の予防や細胞膜内の脂質酸化を解毒する働きがある。セレンの多い食材としてはキノコ類、にんにく、キャベツなどがある。

次に紫色食材であるが、これにはザクロ、ブルーベリー、ブドウ、赤キャベツ、なす、小豆などが挙げられる。ザクロにはポリフェノール類が豊富でアルツハイマー病の予防効果が知られている。ブルーベリーに含まれるアントシアニンが眼精疲労を改善し、ビタミンEとの共働きで白内障を予防するとされている。

次に茶色食材だが、これにはアーモンド、ウコン、ショウガなどが挙げられる。アーモンドには若返りのビタミンであるビタミンEが豊富であり、抗酸化力が強い健康食品である。活性酸素の発生を防ぎ、糖尿病、癌、認知症を予防し、肌のしわ、しみ、白髪なども予防してくれる。ウコンはカレー粉の香辛料であるが、アルツハイマー病の予防効果が知られている。ショウガにはジンゲロールが含まれており、血行を良くし、代謝を高め、脂肪を燃焼させる働きがある。さらに強力な殺菌力、抗酸化作用や、強い抗アレルギー、抗炎症(痛風)作用を持ち、漢方薬や風邪薬としても有効である。  次に黒色食材としてはプルーン、黒ゴマ、きくらげ、ひじき、昆布、こんにゃく、のり、わかめなどが挙げられる。

一方、野菜や果物に含まれる食物繊維を食べると体内の抗酸化物質を補強するだけでなく、体の免疫力を高めることも野菜の大きな役割である。私たちは野菜などに含まれる食物繊維を摂ると大腸内?が酸性に傾き、腸内のビフィズス菌が優勢となって便秘を防ぎ有害物質を作る有害菌が増殖しにくい腸内環境となるからである。

 

ところが、このように野菜が私たちの体にとっていいものだと知っていても野菜を苦手とする人が少なくない。野菜には本来自分の体を守る各種アルカロイドを含んでおり、これらには苦みなどを感じさせるものがいくつかある。人は生まれた時から甘みには体に必要なエネルギーを与えてくれるものと判断して赤ちゃんも喜んで食べるが、苦みがある食べ物には毒があるから忌避すべきだという本能が組み込まれている。だから赤ちゃんは苦みのある野菜は食べない。そこで母親は、子供が3歳になるまでに根気よく野菜に慣れさせておかないと子供は野菜嫌いに育ってしまう。そのままにしておいて大人になってから矯正しようとしてもなかなか難しい。つまり、母親は子供が将来、野菜嫌いにならないように根気よく野菜を食べさせ続けておかなければならないのだ。また、母親の体内にいる胎児は母親が食べた食物の影響を、羊水を通じて受け続けているといわれている。だから妊産婦の偏食は生まれてくる赤ちゃんの食べ物の嗜好に影響を与える、との研究もある。

 

ここでは野菜の大切さに焦点を当てて強調してきたが、もちろんその背景にはバランス良い栄養の摂取が前提となっている。タンパク質、脂質、炭水化物には人の体を形成する大切な働きがあり、それらをおろそかにすることは出来ない。今日の話はそれらを適切に摂ったうえでさらに野菜の摂取もおろそかにしないでもらいたい、という話です。

                            201310月 記

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