亭主の寸話44『魚油の働き』
久しぶりに食用油の話をしたい。今まではとかく動物油脂と植物油脂の働きを中心とした話になり勝ちで、それも動物油脂には飽和脂肪酸が多く含まれていて動脈硬化に結びつきやすいが、植物油脂は不飽和脂肪酸が多くコレステロールの低減などの働きをしてくれる、というものでした。また、一説には大型動物の体温は人間に比べて4、5度高く、その中を流れていた動物油脂が人の体内に入ると、動物より低温の人の体内では流動性が低下して血液がスムースに流れなくなると言う人もいる。同じ植物油でも熱帯で育つヤシ油よりも冷涼な環境で育つ大豆油やナタネ油のほうが低温になっても流動性が高いとされている。いずれにしても動物性脂肪には動脈硬化の心配が付きまとう。では陸上動植物よりももっと低温の環境で生活している魚の脂肪を人が食べるとどのような働きをするのだろうか。
今回はこの魚に含まれている油脂について話をしたい。
その前に、人間にとって油脂がいかに必要なものかを復習しておきたい。私たちにとって蛋白質、炭水化物とともに油脂は大切な栄養素であることは誰でも知っている。この油脂は体内ではエネルギー源になっているだけでなく大切な細胞膜の材料になったり神経細胞、核酸や女性ホルモンの材料にもなっており、不足するといろいろな疾病を引き起こすことが知られている。さらにまた、油脂は油に溶けやすいビタミン類の吸収の手助けもしており欠かすことが出来ない栄養素でもある。しかし、一方では脂肪の摂りすぎも体に弊害をもたらすことはよく知られている。そこで、どのような油脂をどれだけ摂取するのがよいのかについても触れておきたい。
わが国の食品摂取基準によると油脂から摂るエネルギー比率は、29歳までは全体のエネルギーの30~25%に、30~69歳では25~20%、70歳以上では25~15%が適当とされている。また、その摂取油脂の種類では、飽和脂肪酸:1価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸=2:3:2に近づけるようにとも言っているが、これでは分かりにくい。そこで目安として動物性脂肪:植物性脂肪:魚からの油=4:5:1としている。さらに最近ではこの不飽和脂肪酸の中身についても大きな議論になっている。不飽和脂肪酸は脂肪酸の鎖のどこが不飽和になっているかによってn‐3系脂肪酸とn‐6系脂肪酸に分かれており、それぞれ体の中での働きが違っていることが分かっている。これら不飽和脂肪酸のn‐3系: n‐6系=1:4の比率が望ましいとしている。このn‐3系脂肪酸は魚油に多く含まれており、n‐6系脂肪酸は植物油脂などが主体となっている。
ここまでの話では特に不自然さは感じなかったと思いますが、栄養学者や国の機関に危機感が高まっているのは若者の魚離れが目立ってきているところにあります。平成19年国民栄養調査によると50歳以下の世代で魚の消費が激減していることが明らかとなった一方で、魚油に含まれるn‐3系不飽和脂肪酸には大切な働きがあることが次々と明らかになってきたのです。
この魚離れの状態を放置しておくと近い将来には西洋諸国と同様に心筋梗塞や脳卒中などが急増するとして、厚生労働省から発表された今年(2010年版)の食事摂取基準に始めて「n‐3系脂肪酸摂取基準」として「EPAあるいはDHAを1日1グラム以上摂取することが望ましい」との項目が付け加えられた。ご存知のようにこのEPAはエイコサペンタエン酸を、DHAはドコサヘキサエン酸を指して共に魚に多く含まれており、n‐3系不飽和脂肪酸である。
最近の研究では、これらDHA、EPAの摂取不足と関係する疾患として、先にあげた心筋梗塞、脳卒中のほかに、糖尿病、うつ病、アルツハイマー病などが明らかにされている。特にDHAは脳の神経細胞の主要な構成要素であり、DHAと脳神経細胞との関係が次々と明らかにされています。多くの動物実験では、脳内DHA含量の低下と記憶・学習能力の低下が連動していることも明らかにされている。さらに最近10年間の疫学調査でもn‐3系脂肪酸を含む魚を多く摂っている人は認知症になりにくいことも報告されている。
このようなn‐3系脂肪酸を多く含む魚とはどんなものか、一般的に青魚(さば、鮭、ブリ、いわし、さんま)などに多いとされているが、魚は季節によって油を含んでいる量が変化するのでそれぞれの魚の旬の時期のものを選ぶのがよいだろう。また、魚の部位によっても違ってくるが、血合い肉の部分は油分も多いとされているので頭の片隅に入れておくといい。魚も人間などと同じように頭の部分にDHAが多く含まれるようであり、いわしなど頭から食べられる小型の魚もお勧めかもしれない。
世界的に食生活が豊かになるにしたがってマグロなど高級魚に嗜好が集中してきている。そしてマグロの資源枯渇の声があがる一方で国際的に環境問題、経済問題などいろいろな問題を引き起こしている。わが国でも昔から周辺海域でとれていた近海魚のいわし、あじ、さば、さんまなどの大衆魚には見向きもされなくなってきており漁業関係者を嘆かせている。わが国は四方を海に囲まれているので漁業などの経済水域の広さから見れば世界の大国のひとつに君臨している。これらの近海で獲れる季節の魚によって我々の健康が守られているなら大いに活用すべきではないだろうか。しかもこれらがわが国の健康長寿と食糧自給率を高める有力な道につながっているとするなら我が家の食卓をもう一度見直してみる必要があるだろう。