亭主の寸話35 『日本人の味覚と欧米人』
私は1週間以上の海外旅行に出掛けると、後半になると無性に和食の食事が恋しくなることを何度も経験している。歳をとるにしたがってその傾向が強くなってくるように感じている。また、海外のレストランなどで欧米人の食事の様子を眺めていると、彼らは腹いっぱいの食事を終えた直後に大きな甘いケーキを平らげているのには驚かされる。若い頃に欧米人を日本に呼んで、彼らの好みである上等な肉料理に招待しても、食べ終わった後もひたすら甘いケーキが出てくるのを待っているかのようなそぶりに何度も出会ったことがある。彼らとの食事を重ねるうちに我々日本人と欧米人の味覚には根本的な差異があると感ずるようになってきた。
栄養学者たちの議論の中で「味の要素」とはなにか、ということについて日本人学者と欧米の学者との間でお互いに譲れない議論が続いていたと聞く。味の基本として、甘味、塩味、苦味、渋味、酸味までは双方合意できるとしても、日本人学者の主張する「旨味」について彼らは認めようとしなかった。日本人にとって「かつおだし」「昆布だし」は味覚を支える基本的な要素であり、これなしでは料理を美味しくすることができないと皆が認めている。しかし、欧米人にとっては「かつおだし」は魚臭く感じるだけで美味しさを全く感じないようである。
ところがこのことについてネズミを使った実験で確かめた学者がいる。京都大学の伏木亨教授である。伏木先生はまずネズミも「かつおだし」の味を強く好むかどうかを調べることから始まった。そしてネズミも人と同じように「かつおだし」の味に強い執着を持っていることが分かった。ところが「かつおだし」だけを与えてやるとネズミはその餌に関心を示さないが、澱粉や蛋白質のようなエネルギーの元となる食材にまぶして与えると再び強い食欲を取り戻した。どうやらネズミにとって「かつおだし」は澱粉などのエネルギー源と一緒に与えられて初めて強い食欲に結びついていくようなのである。
今度は「かつおだし」を分析して、この中に含まれているアミノ酸、核酸類をその比率になるように調合した「合成かつおだし」をネズミに与えたが、強い食欲とはならなかった。ところがこの溶液に「天然のかつおだし」を少し振りかけてやると再び食欲が強まった。次にネズミの嗅覚をマヒさせて「天然のかつおだし」を与えても見向きもしなくなってしまった。つまりネズミの好む「かつおだし」とは味の素材となるアミノ酸や核酸類のほかにかつおの匂いという要素が必要なのである。これらを人間で行った実験はないが、同じ哺乳類のネズミの行動から人の嗜好を想像するしかない。余談だが伏木先生はネズミにビールを飲ますという面白い実験もしている。
しかし、ネズミを使った実験から見ると、日本人学者が主張する「旨味」とは味+匂いということになってしまい、厳密な味の要素といえるのかどうかあやふやになってくるように思われる。しかし、日本人学者の執拗な主張が認められて、今では「旨味」も味の要素として世界的に認められている。
これら一連のネズミ実験から、どうやら私たちは「だし」の旨味は澱粉食との組み合わせで感じているもののようである。そしてこれらの組み合わせは私たちの身の回りでふんだんに見つけることが出来ます。それは「うどん」であり、「そば」であり、ほとんどの和食がこの味覚の組み合わせとなっている。あるいは別の見方からすると、温帯地方に生まれた我々の身の回りには暖かい気温と充分な太陽の光によって光合成された豊富な澱粉食があり、これらを美味しく食べるために工夫されたのが「だし」だったのではないだろうか。また、長年仏教の影響によって動物食を禁止されてきたわが国にとって、澱粉食に動物の香りをつける「だし」は、動物肉を食べたいという気持ちをやわらげてくれる癒しの部分も含んでいたのではないかとも考えられる。しかし、このような食事のおかげで今ではわが国を世界の中でも最も優れた健康で長寿の国にしてくれているのかもしれない。
一方欧米人の食事を見ると、彼らは肉と乳製品を基本としており、それにパンや野菜、果物を添えたものである。これは、栄養的に見ると蛋白質と脂肪は充分にとってはいるものの炭水化物は不足しがちな食事である。人の体は欠乏した栄養素を嗜好として要求する仕組みになっていることは以前にお話したとおりです。そこで彼らにとっては食後に炭水化物と油脂の塊である甘い砂糖がいっぱい入ったケーキが必要となるわけである。我々日本人もケーキには目はないが、それは甘さが控えられたケーキであって欧米人と同じケーキを注文すれば、ほとんどの人は途中で食べられなくなってしまう。つまり彼らにとってのケーキは栄養素のバランスを保つ必要食であり、我々日本人の食事には炭水化物が豊富に含まれているので甘いケーキを体は要求していないのである。しょせん日本人にとってケーキは食後のアクセサリーかおしゃべりの雰囲気作りの道具に過ぎないのではないだろうか。
世界の人たちの味覚を大きく色分けすると、我々のように「だし」で味付けをして食べる地域と肉と脂で満足している地域に分けることが出来る。野菜や魚、穀物を原料に調味料を作り、これで野菜や汁を味付けしている地域は、日本、韓国、中国から東南アジアに広がる温帯、亜熱帯地方である。この地方では味噌、醤油の類の調味料や魚の旨味を引き出した調味料が沢山知られています。海外で味の素が売れているのもこれらの地域がほとんどのようです。
一方、肉と乳製品に旨味を感じている地域は北アメリカ、ロシア、ヨーロッパと比較的気温の低い地域に広がっている。彼らの地域は光合成による澱粉食が少なく、どうしても畜肉・乳製品に食糧の多くを依存せざるをえない環境にあります。これから見ても、それぞれの地域の味覚は、その地方の環境によって作り出されているとも見られます。我々が冷涼地方の食事を真似することでもないのですが、気がかりなこともあります。
再び、伏木先生のネズミの実験に戻りますが、ネズミの赤ちゃんが「かつおだし」の旨味をいつ覚えるかを調べた実験があります。3つのグループに分けて、1つめのグループには離乳食から大きくなるまで一度も「かつおだし」を与えなかった。2つめのグループには離乳食だけ「かつおだし」を与えてそれ以降は与えなかった。3つめのグループは離乳食が終わってからの少しの間だけ「かつおだし」を与え、その後はだしを与えなかった。この3つのグループの中で大きく成長してから「かつおだし」の旨味に強く引かれたのは離乳食だけ「かつおだし」を与えられたグループだったのです。このことは何を意味しているのでしょう。母親が、子供が小さかったときに家庭でだしのきいた味噌汁や手料理を与えていなかったら、その子は大きくなってからダシの旨味に戻らないということかもしれません。子供の頃に油料理、肉料理で味を覚えた子供はダシの旨味から離れてしまい、その結果として将来の肥満など生活習慣病へと近づいてしまう恐れが出てくるのかも知れません。
もちろんネズミでの実験すべてが人に当てはまるとは考えにくいのですが、ネズミを使ったこの一連の実験から母親の手作りの食事が、その子の人生に強い影響を与える可能性があることを示しています。そして、日本人がだしの味や和食の旨みに惹かれているのも子供の頃に母親の手料理で、かつおぶしやこんぶ、いりこなどから採っただしで育ててくれていたお陰だったのです。例え日本に生れてきてもこのような子供時代を過ごさなければ味の面で国籍不明の大人になってしまう恐れがあることを心しておきたいものです。