亭主の寸話24 『自給率40%の食事2』


 わが国の食糧自給率が40%という状態に対していろいろな見方が出てくると思います。「大変危険な状態だ、なんとか改善しなければ危ない」「工業化によって皆の生活が豊かになったのであり、自給率40%は仕方がない」「しょせん狭い国土で食糧を自給することは無理であり、外国と仲良くして食糧を売ってくれる国を増やそう」「どんな時代になっても金さえ持っていれば農産物は買えるものだ」などなどが予想されます。これらの見方もそれぞれある程度的を得ていると思っています。そんなことは絶対にない、と完全に否定することは出来ないでしょう。しかし、これらの見方を同時にすべてについて認めることも出来ないのです。食糧とはそもそも私たちの命そのものを作る原材料なのです。だから食糧の危機は命の危機を意味しているのです。そうであるならば私たちは食糧について最悪の状態のことも想定しておかなければならないでしょう。

前回には、農水省は、食糧の輸入が途絶えたら国民112,000kcalの食事レベルになると想定しているといいましたが、もっと厳しい状況を多くの専門家は想定しています。そもそも現在の2,500kcal40%なら1,000kcalにしかならないはずです。だから残りの差の1,000kcal分は国内で増産しなければならないことになります。つまり国民皆で可能な限りの耕地を耕しながら、食べる食材をエネルギー効率のいいものに変更する、つまり国内での農業生産を増やしながら食べ物を昔の姿に戻していこうということになります。ところで、こうして皆で実現した2,000kcalの食事って一体どんなものになるのでしょうか。ここでも農水省のシュミレーションから2,000kcalの食事を見てみましょう。

まず、エネルギー効率の悪い作物は作らないようにします。配合飼料で育てる肉類は最も効率が悪いので、草で育てる家畜か残飯の有効利用以外は中止です。葉物野菜、果物もエネルギー効率が悪い食べ物です。そのかわりにイモ類が中心になってきます。サツマイモ、ジャガイモが野菜の代わりになってきます。それは収穫量をカロリー換算するとイモ類が単位面積当たりのカロリー生産がずば抜けて高いからです。石油の供給が順調であれば近海ものの魚介類が蛋白源の柱になることでしょう。

これでどんな食事が出来るのか、やはり2,000年に農水省が作ったデーターを見るとつぎのような毎日の食事が浮かび上がってきます。

朝食、軽めの茶碗1杯のごはん(精米64g分)

  芋1皿(ジャガイモ2個、300g分)、ぬか漬け1皿(野菜90g分)

昼食、焼き芋2本(サツマイモ200g分)りんご1/4個(50g分)

夕食、軽めの茶碗1杯のごはん(精米64g分)

   焼き魚1切(魚の切り身80g分)、芋1皿(ジャガイモ2300g分)

この他に、3日に1杯のうどん(小麦47g/日分)と納豆(大豆16g/日分)

     5日にコップ1杯の牛乳(牛乳44g/日分)

     10日に1個の卵(鶏卵5g/日分)と肉食(肉類8g/日分)

     1日の調味料、砂糖小さじ6杯、油脂小さじ0.7杯、醤油小さじ1.4

この食事での栄養バランスは、

    蛋白質12.0%12.9)、脂肪10.0%29.1)、炭水化物78.0%58.0

    となります。カッコ内は平成18年度の栄養バランスです。

つまり、脂肪分が減って炭水化物が増える食事になります。

この食事メニューを眺めてどうですか。これで1週間我慢するというのではないのですよ、輸入が途絶えたらこれで生き延びなければならないのです。もちろんこの食事が可能になるのは、国内で生産できた食糧が国民全体に平等に行き亘るという前提です。何らかの理由で流通が滞るとさらにひどい食事となることは明らかです。だから前回にも物価統制令、配給制度が復活すると話したのです。

 今の私たちは戦前の2,000kcalの頃の食事とどの程度かけ離れた食事内容になっているのか、戦前の1934〜38年頃の食事と2006年の食事を比べてみると明らかです。

 (11日あたり、g) 戦前     2006年     比

穀類         432     258.1      0.6

   米       370     167.1      0.45

  小麦       23      87.1      3.79

イモ類        106      63.2       0.6

野菜         192     259.7      1.35

果物          42      107.9      2.57

肉類          6      76.7      12.78

鶏卵          6      45.5      7.58

牛乳・乳製品      9     252.6      28.07 

魚介類         26      95.3      3.42

油脂類         3      39.7      13.23

熱量        2,020kcal   2,547.6kcal     1.26

蛋白質        60g     82.3g       1.37

脂質         19g     82.3g       4.33

この表を見れば私たちが豊かさの中でどのような食事内容に偏っていったかが明らかです。米を食べずにパンやパスタに移っていき、それに合わせるように牛乳、乳製品、油脂を好んで食べてきたことが分かります。そしてこの好んで食べていた小麦、牛乳、乳製品、肉などが40%の食事では外れていくことになるのです。

そもそも私たちは今までわが国の食糧生産能力がどの程度か、などは考えもしませんでした。身の回りにはいつも食べ物があふれているし、地球の裏側の食べ物も安い値段でスーパーに並んでいる。最近まで野菜の生産地が日本であるかどうかもあまり気にしていませんでした。中国野菜が危険だと知って初めて生産地を気に留めるようになったのではないでしょうか。私たちは知らないうちに日本の田畑を遥かに越える農産物を食べていたのです。

 これも農水省の試算によるものですが、私たちが外国から輸入している農産物をすべて栽培しようとすると1,200万ヘクタールの農地が必要になるとしています。2005年現在の日本の耕地面積は469万ヘクタールですから、輸入農産物だけで日本の農地の2.5倍の面積が必要になるのです。だから私たちが何気なしに食べているほとんどの食べ物はすでに輸入品によって賄われているのです。

 よく食糧自給率の例として「天ぷらそば」が紹介されます。この典型的な和風そばも外国の農産物で作られているのです。そばは今では中国などから輸入しており国産の比率は17%に過ぎません。てんぷらに使われるえびは8割が東南アジアからの輸入であり、ころもの小麦粉はカナダやアメリカからの小麦で作られており、味付けをする醤油や油の材料の大豆も95%が輸入されています。ころもを溶くときの卵も、その餌は輸入されておりカロリー自給率は9%といわれています。結局、天ぷらそばで国産のものは水だけということになってしまいます。

 朝食でおなじみの「トーストに牛乳、ハムエッグにグリーンアスパラガスとトマトのサラダ」というメニューもその自給率は18%にしかなりません。小麦粉、畜産用配合飼料が輸入品で占められているからです。ましてや昼食を洋食にすると国産比率はさらに下がります。

 これらはわが国の農家の生産力の弱体化によってもたらされたものですが、これは農家だけを責められない根深い原因を秘めております。以前にも茶話会で話題にしたように、1960年代にはわが国の食糧自給率は80%から60%へと急激に低下しました。それは農産物の国際化だと言うことも出来ますが、実態はアメリカ農業に押し切られたということではないでしょうか。その原因を作ったのは皮肉なことに、わが国の工業化による大幅な貿易黒字による国際摩擦だったのです。我々は豊かさのために日本の農業を犠牲にしてきたところがあります。しかも犠牲になっている農業に政府は救いの手をさし伸ばさなかったために農家の後継者たちは農業を離れていったのです。また、日本の消費者も日本の農業に見向きもしませんでした。政府と消費者に見捨てられた結果が今の日本の農業の姿といえるでしょう。

 麻生内閣になって政府は農業政策全般を見直したいとしています。米の生産調整をどうするのか、39haに及ぶ耕作放棄地をどう活用するのか、わが国の農業問題は順送りされてきた大きな問題を抱えています。日本の食糧自給率40%の課題はこれらの問題点を克服することなしには解決することが出来ないでしょう。麻生内閣は耕作放棄をしているような中小兼業農家の顔色などを気にせずに、日本の食糧問題をどう立て直すべきかを大胆に国民に提示してもらいたいと思っています。今回もこの課題の解決を図らずに問題を将来に先送りをしてしまうと我々の子孫の人たちが、今よりもさらに深刻な食糧問題に立ち向かわざるを得なくなるでしょう。

「自給率40%の食事」はもう少し続きます。次に私の考える、私たち消費者の対応と、自給率向上への取り組みについてお話したいと思います。


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