国内で生産されている食料だけで料理するとどんな食事になるのか、についてはテレビ番組などで時々放送されているので、皆の頭の片隅に残っていることと思う。また、自分たちが今食べている食事の国内産比率がどの程度であるかを知りたければ農水省のホームページ「食料自給率の部屋」を開けば簡単に知ることが出来ます。
ところで、外国からの食糧輸入が途絶えるようなことが本当に起こるのだろうか。現在の日本の食糧自給率は40%しかない。もし今このような状態のまま海外からの食糧供給が途絶えてしまえば、私たちの食べ物が半分以下になってしまって大混乱に陥ることは明らかだ。「40%の食事」について我々はある程度の知識を持っていなければならないだろう。今回はまず、このような事態が起きる可能性について考えてみたいと思います。
わが国に海外から食料が入ってこなくなる状態とは、それは地球レベルで食糧を巡る大紛争が発生していたり、食糧が手に入らず現在以上に餓死者が出る状態になっていることでしょう。そんなことが現実に起こるのだろうか。21世紀は「飢餓との戦いの世紀」といわれており、人々に充分な食べ物がゆき亘らなくなる時代だと警告されています。そんな危険な状態が起こらないことを期待しながらも、その可能性について一応は知っておきたいと思っています。いままでにも地球の食糧生産の限界について触れてきましたが、ここで改めてまとめてみたいと思います。
食糧危機の可能性は次のような原因に集約されます。
1、 食糧の片寄り。国連が発表しているデーターによると2008年時点で地球上の食糧不足人口は9.6億人であるとしている。しかもこの食糧不足地域で現在、人口が爆発的に増加していることが事態を深刻にしているのです。人類の25%である先進国の人たちが世界の食糧の45%を食べ、75%を占める開発途上国などの人たちへは55%の食糧しかわたっていないのです。この不均衡が今後の食糧紛争の危険性を含んでいると考えられています。
2、 食糧増産の限界。では人口増に見合った食糧の増産は可能か、という問題になるが、これが難しい。それは、@ 農耕地の限界。食糧事情が苦しい開発途上国では農地の開発に力を入れていますが、その一方で壊滅する農地が次々に発生しており、農地の拡大につながっていない。先月話したような過度の灌漑や放牧による砂漠化、地下水の過度のくみ上げ、化学肥料などによる土壌の塩類集積、農耕地の市街地化・宅地化などによるものなどが挙げられます。また、熱帯雨林の伐採による農地の拡大は地球環境を保護する面から制約を受けており、耕地の拡大余地が少ない。
A 農業用水の限界。世界気象機関は「2025年には、水不足が激しい地域に住む人口は40億人で世界人口の半分に達する」と予測している。このことはなにもアフリカに限ったことではなく、いまや水不足はアメリカ、中国、オーストラリア、インド、南米など世界の食糧生産を賄っている足元で起こり始めている。2009年に入っても、中国では50年に一度といわれる大干ばつに見舞われており、小麦などに大きな被害が予想されています。また、穀物輸出国の南米アルゼンチンでも旱魃で小麦・トーモロコシなどに大幅な減産が予想されています。今後バーチャルウオーターなど水を巡る紛争が起きることが想定されます。 B 中国・インドの爆食。いままでも茶話会で何回も取り上げたように、中国など経済進展国の食糧消費の拡大や肉食化による穀物の需要拡大はすでに世界の食糧需給に大きな圧力となっています。中国、インドなどの巨大人口国が穀物や畜産物の消費拡大に走り出すと世界の食料はたちまち底をついてしまうことになり、限られた食糧を巡る国際的争奪戦が起きそうである。 C バイオ燃料の圧迫。昨年(2008年)の半ばまで進行していた世界的な穀物の高騰はバイオ燃料による穀物需給の不均衡によって起こっていた。われわれの茶話会でも繰り返しているように、私はバイオ燃料が地球の温暖化に有効であるとは考えていない。国連機関でもバイオ燃料が一部の国の利益に片寄り多くの国の食料不足に影響を与えていると警告している。しかし、アメリカを筆頭にブラジル、EUなどが先を争うようにバイオ燃料に突き進んでおり、多くの開発途上国の国々から穀物が手に入らない不満として既に沸き起こっている。 D 地球の温暖化。IPCC(気候変動による政府間パネル)では地球温暖化による食糧生産への影響について警告を発している。しかし、地球の温暖化が食糧生産にどの程度影響を与えるのかについては意見が分かれているように感じている。私はこの温暖化による作物への影響については楽観的である。そして、そもそも温暖化が進んでいるのかどうかについても怪しいものだとも思っている。この温暖化の見方については改めてお話したいと思っています。 しかし今後、地球規模で食糧の需給がますます逼迫して行き、食糧をめぐる紛争の可能性が高まってゆくことについては疑う余地がない、と思っています。
3、 農業国からの農産物輸出停止。わが国の食生活は農産物が安定的に輸入できることを前提として成り立っています。逆に、世界の農業国も安定的に輸出できることで利益を確保しているのです。しかも世界の物流体制が整備されている現代では一部の地域に農業不作が起こっても、それが一時的な価格の高騰を招くとしても、そのことが全面的に食料の調達が不可能になるということには考えにくい。ところが過去において大豆など一部の作物について何回か農業国の輸出停止が起こり日本の台所を慌てさせたことがある。世界的な不作が起きると食料が高騰するが、このとき農業国の政府も自国の食品の値上がりを静めるために輸出の停止を行って国内の消費者の不満をなだめようとしたのです。自由貿易を旗印にしているアメリカでも国内の消費者からの圧力で数回にわたって大豆の輸出禁止(1973年、1993年)を行っている。昨年は中国をはじめとしていくつかの国で油脂、穀物の輸出規制が現実に行われている。地球上の穀物需給が慢性的に逼迫してくると各農業国で農産物の輸出規制は当然現れてくることでしょう。
このような危機に対応するわが国の根本的な対策とは、農水省も唱えている自給率の向上である。農水省はこのために数年前からわが国の自給率を当面の目標として45%に、10年後には50%へと高めていくことを掲げているが、現実の国際環境は逆方向に圧力を強めている。それは2008年末にも暗礁に乗り上げたWTO(世界貿易機関)の多角的貿易交渉の進行である。各国の思惑が複雑に絡んで難航しているこの一連の交渉も大きな流れは農産物の自由化に向かっている。そしてこの方向は日本をさらなる食料自給率低下へと押しやる力となって働いてくることでしょう。
政府としては一時的な食糧の供給ストップに対して、国内での食糧の備蓄を進めている。充分な備蓄があれば短期間の食糧輸入の途絶えは克服できるという考えである。備蓄で食いつないでいる間に更なる対応に繋げていこうというのである。現在備蓄食糧の対象となっているのは米、小麦、大豆と飼料用穀物である。どの程度の備蓄が適当かは財政危機の中であり難しい判断になっており、わが国にとって荷の重い安全保障費用となっていることは事実である。たとえば、米1トンの備蓄にしても低温倉庫に貯蔵する費用や古米や古古米となって飼料用に転用するときの損失費用などを計算すると毎年相当額の費用負担となっている。では、どのくらいの量を備蓄しているかというと、米で1.4ヶ月分、食用小麦で2.3ヶ月、食品用大豆で2週間分、穀物飼料で1か月分程度である。これでなんとか急場をしのいでいこうというのである。わが国は商品の流通がスムースであるので家庭内での備蓄はあまり行われていないが、スイスなどはミネラルウオーター、ろうそく、トイレットペーパーにいたるまで2週間ほどの家庭内備蓄を奨励していると聞いている。
日本政府は2002年に「不測時の食糧安全保障マニュアル」をまとめている。ここでは予想される食糧不安の事態を「レベル0」,「レベル1」,「レベル2」とし、レベル0は事態の悪化が予測できたときの対応、レベル1はある特定の食品供給量が平常の8割以下になることが想定される対応、レベル2は1人1日あたりの供給熱量が2,000kcalを下回ると予測される対応、としている。ここでは、2,000kcalの食事とは第2次世界大戦前の食事レベルとだけにしておきましょう。詳しいことについては後回しにします。
このレベル2の事態になると、当然のこととしてゴルフ場はすべて掘り返されて畑になり、野菜よりもまず単収カロリーの高いサツマイモを作るようになります。耕作放棄地となっている田畑も復活させ、物価統制令、配給制度が復活することになります。食料自給率40%の恐ろしさがまざまざと目の前に現れることになるでしょう。しかし、ここで日本の農業がさらに困難な事態に直面していることが目の前に出てきます。それは、今まで農業を支えていた有能な農業生産者がすでにいなくなり充分な作物の栽培ができないことが明らかになることです。長い間日本の農業を支えてきたのは昭和ヒト桁生まれの人たちであり、その次の世代は都会のサラリーマンになってしまっているのです。衰退産業としての農業に若者は見切りをつけてしまったのです。ここにきて日本が工業立国に力を注ぎ農業を犠牲にしてきたツケが表面化するでしょう。
最近のデーターによると、以前に予想されていたアフリカなど開発途上国の人口増加のスピードが比較的穏やかである、という見方もあり、食料不安の可能性がどの程度に和らいでいくのか分かりませんが、食糧生産というものは非常に不安定なものであり、食糧環境は悪化の方向にあるということは念頭に入れておかなければならないでしょう。「自給率40%の食事」についてはさらに続きます。