最近、高齢者が集まると決まって話題となるのが呆けの話である。高齢化に伴って現れる痴呆は老人たちにとっても気の重くなることなのでしょう。先日、かつて私が所属していた公益法人で公開講演会が行われ、浜松医科大学名誉教授で医学博士の高田明和先生が「50歳からの元気な脳の作り方」という話をされました。高田先生の明快な話し方と気になっていた脳の最新情報で会場は真剣な雰囲気に包まれました。その後、講演会に参加できなかった人たちから講演内容を教えてもらいたいとの要望が私のところに集まってきました。皆さんには高田先生のお話の概要をお伝えしましたが、それに加えて私が知っている食品から見た脳の活性化についてコメントを加えておきました。今日は食べ物から見た脳の活性化についてお話してみたいと思っています。
まずは高田先生の脳の活性化についての講演内容をかいつまんでお話しておきましょう。従来は脳細胞の数は年齢とともに減少するといわれていましたが、病的なアルツハイマーでは脳細胞が減少することもあるが、一般的な老化では脳細胞の数はそれほど減らないことがわかってきたということです。記憶が衰えるのは、脳神経の間を連絡しているシナプスが衰えてくることによるものだそうです。このシナプスもいつも使っている回路は衰えなくて、使わなくなった回路が衰えていくらしい。また、短期記憶を長期記憶に組み替える海馬という部分の細胞は80歳を過ぎても増加するものだそうです。これらの脳細胞を活性化させておくためには次の5つに注意をしておくことが大切だといわれました。それは、@体を動かすこと、A刺激ある環境に生きること、B楽しく脳を使うこと、C悩みを持ち続けないこと、D脳の栄養に注意することなどです。
脳は従来言われていたように幼児期に完成してしまいその後徐々に衰退していく、という単純なものではなく、脳細胞のつながり具合は60歳くらいがピークとなるために若い人よりも高齢者のほうが優れている部分もあるということらしい。さらに心を豊かにする言葉を発していると、それによって脳細胞は活性化され、アルツハイマー病などを防ぐことが出来るのだそうです。以上が高田先生のお話の概要です。
巷にも高齢者の痴呆を防ぐ話題が氾濫しています。絵を描いたり俳句を作るといった創作活動が脳を活性化するとか、地域の人たちと楽しいおしゃべりをするとか、ウォーキングが脳神経を刺激するとか、いろいろな方法が取り上げられています。しかし、食べ物による脳の活性化の話題はなかなか聞かれません。そこで今回は最近の栄養学の分野で話題となっているいくつかの脳を活性化させる食べ物を取り上げてみたいと思います。もちろんこれらを食べたからといってそれだけで脳が活性化されるというものではなく、これらはあくまでも補助的な働きに過ぎないと思っていてください。
まずは大豆や卵に含まれているレシチンの脳に与える効果です。レシチンとはリン脂質と呼ばれる、油脂にリンが結合している物質で、そこにコリンという物質がさらにくっついたものがフォスファチジールコリンと呼ばれ、セリンがくっつくとフォスファチジールセリン、イノシトールがくっつくとフォスファチジールイノシトールと呼ばれる物質となります。これらは体の中で重要な働きをしていますが、フォスファチジールコリンとフォスファチジールセリンは脳にとっても大切な油脂です。フォスファチジールコリンは脳神経細胞の間で情報を伝達しているコリンという物質の供給源となっています。数年前まではこの物質を補強すれば痴呆の予防になるのではないか、と盛んに研究されたときもありました。しかし脳細胞はそんな単純なものではなかったようです。むしろ現在ではフォスファチジールセリンに注目が集まっているようです。この物質を投与した動物実験や、人による研究が進んでおり記憶力や集中力の増加が確認されています。ところが、このフォスファチジールセリンは食品中には微量しか含まれていません。意識してこれだけを摂取することはなかなか難しいでしょう。強いて取り上げるとすればこの物質の含有量が多い卵黄がまず挙げられます。しかし卵黄を摂りすぎるのもコレステロールや動物性脂肪の偏りなど気にかかることもあります。植物性で体によいとされている不飽和脂肪酸によって出来ているフォスファチジールセリンとしては大豆レシチンがあります。大豆の中に含まれるこのレシチンは微量ですが安心して摂取できるものといえるでしょう。
もう一つ脳の働きに有効とされている栄養素にDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)という油脂があります。DHAが脳の働きに有効であるということは早くから言われてきました。この油脂は人の体内で合成できないために必須脂肪酸とされており、青みの魚に多く含まれていることからイワシ、サンマなどを食べることから摂取することが出来ます。このDHAも脳組織に多く含まれているもので不足すると学習能力や視力の低下を引き起こすといわれています。また、脳の情報伝達にもかかわっており、記憶力の維持やうつ病の改善にも関与していることが分かっています。子供の頃に青魚の目の周りの肉を食べると頭が良くなる、と周囲の大人からけしかけられてイワシなどを食べていたことを覚えていますが、今ではこれらの効果が疫学調査で確認されています。
同じ必須脂肪酸であるアラキドン酸も脳の栄養素として注目を浴びています。アラキドン酸は体内で複雑な変化を起こし、アラキドン酸カスケードといわれいろいろな働きに関係しています。その中で脳の働きを守り、記憶力の回復を促す機能があるとされています。そのほかにも気持ちを明るくする効果や行動力を高める効果なども報告されています。これらのアラキドン酸を多く含む食べ物は豚や牛のレバー、卵黄、魚油などです。
脳の中にはレシチンなどのリン脂質のほかにも糖脂質など各種の複合脂質が多く含まれていて脳の働きを支えています。そしてこれらは油の中に溶け込んでいる物質ですので、油の摂取を意識して避けている人たちにとっては体内に取り込まれる量が少なくなります。私たちの体に必要な油脂の多くは自分の体内で合成することが出来ないために食事として摂取しなければならないのです。私たちは油脂が脳にかぎらず体全体に必要な栄養素であることを改めて認識しておく必要があるでしょう。油脂の摂取を避けていると脳の働きだけでなく免疫機能などにも支障を起こしてきます。油脂は避けるのでなく、摂り過ぎに注意することが大切です。動物油脂など飽和脂肪酸に偏らないように心がけることも必要です。また、食べ過ぎによるメタボが脳梗塞などの危険性を高め脳の損傷を招くことにも気をつけておかなければならないことでしょう。
高齢者は油分の少ないあっさりした食事になりがちですが、むしろ蛋白質と油脂を欠かさないようにすることこそ脳の活性化にとって大切な食の心得なのです。