亭主の寸話 L『田んぼの復活を考えてみる』


 これまでの2ヶ月間は、私たちが直面している食糧について話をしてきましたので、今月は門外漢ではありますが、私なりに田んぼの活用方法について考え、わが国の食糧自給率の回復の道を模索してみたいと思います。

 現在のように日本の食のあり方について多くの国民が真剣に考えたことは戦後の食糧難以来60年ぶりかもしれません。中国から輸入した冷凍餃子などに多量の農薬が混入していた問題、バイオエタノールの原料に穀物が転用されたり中国の穀物需要の急増などによる世界の穀物需給の逼迫に起因した各種食料品の高騰など食の安全・安心について真剣に考えさせられる問題が目の前に突きつけられています。今までのように私たちの毎日の食べものを外国に頼っていていいのかどうか、一人ひとりがこの問題に向き合ったことでしょう。海外に6割を超える食糧を依存しながら国内には多くの耕作放棄した田園が点在していたり大型干拓地にも広がる米の作付け制限などいろいろな不自然さがクローズアップしています。やはり国内の耕作地をフルに活用して、それでも足りない分については海外から買ってくるという本来の姿に近づけていくことが大切でしょう。しかしそこにはいくつかの課題が横たわっています。

現在の日本の農業を支えている人は65歳以上が7割を占めているといわれています。そこには深刻な後継者問題と農地の流動化問題が存在します。自分が耕作できなくなっても先祖伝来の農地を手放せない老人たち、農業だけでは生計が立てられなくて都会に出て行く若者たちの姿からはわが国の農政のあり方の欠落点を感じざるを得ません。現在の日本の農業を眺めたときにいくつかの不自然さに気がつきます。米が余って減反政策をしながら、米以外の穀物、たとえば小麦、大麦、トーモロコシ、大豆などはほぼ全量を海外に依存しているために穀物全体の自給率は28%しかないという現実、そしてそれでも農家は5月に田植えをして8月に稲の収穫をし、残りの2/3にあたる8ヶ月間は田んぼを遊ばせているといういびつさはどう解決すべきなのでしょう。農業関係者は、国民がもう少し米を食べてくれると水田が復活するのに、といいますがこれは消費者を自分の都合に合わせて考えているだけで解決には結びつきません。食生活の変遷には一つの流れがあります。まず、粗放農業でも収穫できる雑穀やイモ類で命をつなぐところから始まって、次の段階ではそれまで高嶺の花であった白米に辿り着きます。米が行き渡ると、次は副食比率が高まり肉、卵、油脂の消費量が増えてその分米が減っていきます。さらに進むとアルコール飲料や嗜好品の消費が増え最後は食の簡便化・グルメ化に向かっていきます。現在の日本はすでに第4段階まで進んでおり、これを逆流させることは不可能です。だから国民に米の消費は炊飯米に限定する、と枠をはめてしまえば米の消費量は減少するばかりです。米からアルコール飲料を作って楽しんでくれてもかまいません、自家消費に限りどぶろくも自由です、と米のすべての消費制限を解除してあげることです。税金欲しさに米の使い方に規制を設けると米離れがさらに進むでしょう。急速な経済発展をしている中国でさえ既に一人当たりの米の消費量が減り始めたといわれています。かつては私の郷里の味として誇っていたうどんも、遥かかなたのオーストラリアが旱魃になると首根っこを締められたようにしょんぼりしている姿などは自然に出来たものではなく、わが国の政策が作った姿であり、ある意味で国民の選択した道であったのかもしれません。

 日本は工業立国で国の経済を急速に立て直してきました。海外から鉄鉱石をはじめいろいろな原材料を輸入して国内で加工し、それを輸出しながら外貨を獲得していきました。1980年代になるとこのことが諸外国との貿易摩擦の原因となり、GATTOの場に持ち出され調整を迫られたのです。そのとき政府は加工品の輸出を控えるという選択を取らずに、海外の農産物を輸入して貿易収支のバランスをとる道を選択したのです。いわゆる農産物の自由化です。これによって国内で生産できるものであっても、安いという理由で海外の農産物が流れ込み、国内から麦、大豆、ナタネ、トーモロコシなどが姿を消していったのです。これが日本の農業が衰退し、田園風景が荒廃するきっかけでしょう。ですから日本に美しい田園風景を維持していこうとするならば、今までと違った政策を採らなければならないのです。一つの道は海外に向かって輸出する量を控えて、余計な農産物を買わなくてもバランスが取れるようにすることです。しかし、この道は多くの国民の不満を生むことになります。わが国のGDPが縮小し国内経済が停滞する上に、農産物の価格が上がるからです。

 私は、わが国には多くの、他国に誇るべき農業資源があると考えています。それは、植物の生育に適した温暖な気候ときれいで豊富な水、国土が狭くて田舎と都市の距離が近いことなどです。この恵まれた自然環境を活用できることは何よりもわが国の潜在能力といえます。また、美しい田園風景を保つことは国民の精神文化を支えてくれています。今、都会では自殺者が増えており、東京都も自殺を未然に防ぐキャンペーンを展開しています。自殺に追い込まれる背景は雑多でしょうがストレスから精神的な病気を招いていることも多く、私たち人間には経済効率至上主義とは違った道が必要なのです。ここに最近グリーンツーリズム(農村滞在型休暇)が定着しつつある理由があります。一方、産業界からは大量の人たちが吐き出されてきています。この人たちはビジネス経験も豊富で厚生年金で老後の生活を保障されている人たちです。現在はこの人たちは行き場がなく、町のカルチャーセンターで絵を描いたり海外旅行で楽しんでいますが、それまでの毎日と比べて充実しているとは感じていないことでしょう。この人たちの何割かが田園復活に参加してもらうことが現実的な道ではないだろうか。そのためには彼らが参加できる環境づくりが必要です。

 新しい参加者を田園に呼び込むためには次のような施策が必要になるでしょう。まず第一に、自分が参加できる田園がどこにあるのかを知り、自分の夢に合致した田園を選択できる方法が必要です。現代はパソコンによる情報検索が発達しているし、産業界で活躍していた人たちはこうした検索には慣れているはずです。第二には、自分の農地をこの人たちに貸与できるシステムが必要です。田舎には自分で野良仕事が出来なくても農地を他人に預けることを嫌う風潮があります。農家の人たちが安心して貸与できる公的な仲介者を作る必要があります。さらに進んで考えるなら、将来この人たちが農地を購入して定着したいと思ったときに、耕作意欲のある人に農地が移転できる法改正が必要です。私も子供のときに、我が家の田んぼが農地解放で手放され、祖父が肩を落としていたことを覚えています。しかし田んぼが耕作者に移転したことにより農業は活性化し、日本の経済は発展したと思っています。現在再び耕作しない所有者の手に田んぼが留まっており、このことも農業停滞の一因になっているように思います。次に農業の技術情報です。初めて田園に足を踏み入れる人にとって作物をどのように作るのか、水の管理や雑草の管理、作物の病気や害虫対策など問題は山積です。現在の国の農業改良普及員は農家の指導はしてくれますが家庭菜園に属するような素人は相手にしてくれません。多くの人を田園に引き入れるためには国の組織として対応できる体制を整備しておくことが必要です。次に日常的な田園管理のサポート体制です。都会に住んでいる人に毎日の水管理や草取りを義務付けるとしり込みしてしまいます。国の農業機関が過去の実績から、たとえば稲作の中の水管理の費用は収穫物の何%を占めているのか、除草の方法によってその費用はそれぞれ何%になるのかを公表し、利用者が栽培方法を選択できるようにしておくことも必要でしょう。その作業を地元の人に依頼するといくらの出費になるのか、を判断して栽培作物を選択したり自分の労力の出し方を考えることが出来ます。そうすれば無農薬有機栽培の農作物の価値を消費者も実感できるのではないでしょうか。次に耕作機械や農機具です。各地方ごとに農機具のレンタル制度や中古品マーケットを設けておいて新規参入者の初期投資のコストを軽減してあげることが必要です。

 最後に自分が選んだ田舎までの交通費です。都市に住んでいる人に出来るだけ僻地の田んぼまで出かけてもらおうとすれば、それに要する交通費を考えてあげることも大切です。山里を維持してもらえることは国全体の利益になることですから、国も相応の援助をする必要があります。現在、60歳以上の夫婦がJRで国内旅行するときにはジパングで30%の割引を利用することが出来ます。今回は個人の趣味の旅行とは違い国土の保全という国の目的にも合致した作業に参加してもらうことですから、耕作地の最寄りの駅の証明書を発行してもらっておけば、その駅までの最短コースの往復旅費は60%割引にするという特典が必要です。割り引かれた60%のうちの30%は交通機関が負担し、残りの30%は国が負担するのです。これが実現すれば都会の近郊の農園だけでなく景色のいい、空気のきれいな遠くの田舎へ出かけてみよう、帰り道でいろいろなところにも途中下車で寄り道してみよう、という楽しみも沸いてきて一気に山間部の農地にも人気が集まってきます。

田園復活の要点のみを羅列しましたが、それぞれの内容についてきめ細かな対応が必要でしょう。また、都会の子供たちに小学校の高学年になった時に一定期間田舎での農業体験を義務付けていくことも、将来の農業生産の後継者育成に欠くことのできない施策となるでしょう。現在では人生80年の時代です。75歳まで耕作できる農業体制とはどういうものか、を基準として考えればわが国の食料自給率も少しは向上するのではないかと思われます。あるいは、そのようなシステムを発表した県に就農希望者が集中するのではないかと思われますがいかがでしょう。


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