大豆が歩んだ近代史 その26

「大豆の魅力と可能性、シリーズを振り返って」

 

大豆は不思議な生命力をもった植物だと思わずにはいられません。大豆がこの世に生まれてきたのは今から5千年ほど前に中国、朝鮮半島とほぼ同時に我が国においても雑草のツルマメから変身してできたものなのです。しかしこの雑草のツルマメから大豆に変身するまでには縄文人たちがいかに長い時間をかけて野生ツルマメの栽培を繰り返していたことか、そしてその間に大きなツルマメの種子を選んで種まきするという努力をどれだけ繰り返してきたことか、これら彼らの努力の結晶が現在の大豆だとみることができます。当時の縄文人たちがこんな小粒の豆であるツルマメになぜ固執したのか、考えてみると不思議です。恐らく身近にあった豆などを片っ端から種まきしていたのかも知れませんが、大豆が最後まで残ったのにはどんな魅力が彼らの心をとらえたのでしょうか。勿論彼らはツルマメや大豆に、自分たちの体に必要な栄養が詰まっていることは知りません。多くの果物や種子の中には生でも食べられるものも多かったと思いますが、大豆は硬い種皮に覆われていたので長時間水に浸漬しておかなければ食べられません。さらに生の大豆には自らを守るいくつかの酵素が含まれているので加熱してそれらを失活しないと食べられません。こうしてみると大豆は手間のかかる種子だったかも知れません。そんな豆に固執していた縄文人の気持ちが知りたいくらいです。

 

こうして生まれてきた大豆には人の健康になくてはならない大切なたんぱく質、油脂、各種ビタミン、さらには高齢化に伴って必要になってくる更年期障害に役立つイソフラボンや認知症予防に効果のあるレシチンや体のさびを防いでくれるビタミンEなどまでも含んでくれているのです。まさに私たち人類の為に準備万端整えてくれているかのようにさえ見えます。しかもそれらを長期保存が可能な種子の中に閉じ込めておいてくれていたので必要な時にいつでも利用できる優れものなのです。このように1粒の中に最大限の栄養をバランスよく備えている大豆だからこそ、将来の宇宙旅行に供えた宇宙食としてNASAでは大豆を材料にした食品を検討しているのでしょう。でも宇宙旅行でなくとも今後地球上でどんな非常事態が発生するか知れません。そのことを考えると大豆はこれからも人類にとって重要な役割を担ってくれるものと思われます。

 

我々の過去の歴史の中では大豆は戦争という非常時で大きな力を発揮してきました。それは日露戦争に始まり、さらには第1次、第2次世界大戦において大豆の争奪戦が起こったほどです。また後年の朝鮮戦争においても大豆を有効に利用することによって戦局を有利に展開されていたことなどがわかっています。このように戦時の非常時において限られた食糧の中で生きていかなければならないのは、今後もいつ起きるか分かりません。あるいは将来月や火星で生きていかなければならない時の状態も地球上での非常時と似ていると言えるでしょう。そのような時には大豆が再び重要な役割を担うのかも知れませんね。

 

私たちの身の回りには多くの大豆食品を見ることが出来ます。豆腐、豆乳、納豆、味噌、醤油など数えていけば数限りなく出てきます。しかもそれらの大豆食品の多くは歴史も古く、我々の祖先の人たちが大豆の調理に工夫してきた姿が想像されます。我が国の記録の中で最初に大豆食品が登場するのは大宝律令(701年)においてとされています。ここには大豆を原料とした「醤」「豉」「未醤」などの発酵食品と思われる記録があります。これらのことからも我が国では飛鳥時代の古くから大豆は民衆にとって重要な穀物であったことがうかがわれます。そして大豆は稲作と共に育ってきました。コメは大豆と一緒に食べることによって米に不足している栄養が補給されてバランスが補強されることになります。東アジアの人たちが永年コメを常食として利用できたのも大豆が身近にあったからということも出来ます。コメと大豆はお互いに欠けている所を補いながら二つが揃って完全食になったのです。

 

このシリーズの中でも詳しく触れることが出来ませんでしたが、大豆をはじめとするマメ科植物には空気中に安定して存在している窒素ガスをマメ科植物と共生する土壌微生物が取り込んでくれて、それを植物の根に栄養分として供給してくれる特技を持っています。だからこれらマメ科植物が身近に生えていた土壌には窒素栄養分が豊富にあり、小麦などの穀物の収穫を支え、古代文明が栄えたのではないかと考えられています。こんな優れた共生微生物がもっと広く活用出来たら、地球上の生態系は更に安定し、増加する人類も飢餓の心配もなく栄えていくのではないかと想像してしまいます。

子供たちに人気のあるパンダは竹や笹だけを食べていますが、体内に多くのタンパク質を蓄積して丸々と太っています。また、ユーカリの葉だけを食べているコアラも体内に充分なたんぱく質を作っています。どうしてだろうと不思議に思ってしまいますね。これら動物ばかりでなく、パプアニューギニアの高地に住む土着の人たちはサツマイモだけを食べて筋肉質の体を作っていることもわかっています。専門家たちはこれらの動物や人の腸内には窒素固定菌が棲み付いていて窒素ガスを体が利用できる窒素化合物に変えているのではないかと考えているようです。もしこれらの人や動物の腸内フローラに窒素固定菌が棲み付いているのなら、我々も腸内フローラを改善して体内に窒素分を取り込み、体内の生合成メカニズムでタンパク質などの窒素で出来ている栄養分を取り込める可能性があるのかも、と想像してしまいます。現にパプアニューギニアの人たちにはそれが出来ているからです。

 

もう一つ、このシリーズでは触れなかった大豆の可能性として、大豆には「レクチン」という物質を種子の中に含んでいます。この物質は複合糖鎖と呼ばれる構造を持っており、現在は人の血液型の判定剤などとして利用されています。しかしこれら複合糖鎖はさらに多くの可能性を含んだ優れた物質だと考えられています。私たちの体内にはこれら複合糖鎖と反応するアンテナが沢山存在することも知られています。血液の表面にある糖鎖もその一つです。また、口や消化器系の粘膜にもこのレクチンが多く存在しています。今後このレクチンがどのように可能性を広げていくのか、研究者たちの更なる成果を待つことになりますが、大豆と人類をつなぐもう一つの可能性として楽しみにしています。

 

アメリカ大豆のサステナビリティ農法

大豆栽培はいつの時代も環境に大きく影響を受けてきました。今後も大豆が私たちの健康を守ってくれるためには、大豆が順調に育つ環境を維持していかなくてはなりません。それは適正な気温、適度な土壌水分、そして土壌に含まれている栄養分や土壌微生物などの条件がそろっていなければならないでしょう。そのための環境づくりが今後の大豆栽培にとって大切になってくると考えられます。

現在、アメリカの大豆農家は「持続可能な大豆の生産」を標語に環境に適応したバランスの取れた大豆生産へと視点を置いた大豆生産体制作りに取り組んでいます。これらの取り組みは2015年に始まっていますが、それは、環境を破壊するような場では大豆を栽培しない、大豆生産者の健康と福祉を守ること、AIなど新たな技術を駆使したきめの細かな生産管理をすることなどを柱にして生産していこうというものです。このことによって2025年までには、2000年度に比べて土地の利用効率を10%向上させると共に土壌の浸食をさらに25%削減する、エネルギーの利用効率を10%向上させること、さらには温室効果ガスの排出量を10%削減するなどの具体的目標を掲げてその実現に向かっています。これらはこれからの地球環境を視野に入れた新しい時代の大豆生産の姿と言えるでしょう。そしてこのような取り組み姿勢は、さらには大豆を越えて広く地球上の農業全般に適応されるべき姿ではないかとも考えられます。

 

これで大豆がたどった近代史を終わります。

 

 

 

参考文献

  加藤 昇 「満州に始まる日本の大豆搾油事業」 月刊油脂Vol73.2-7 幸書房

  加藤 昇 {アメリカ大豆と大豆産業の発展史} 月刊油脂Vol73.9-Vol74.1 幸書房

朱 美栄 「20世紀初頭から第2次世界大戦終結に至るまでの日系製油企業の満州進出とその展開」 

  加藤 昇 「ダイズが歩んだ道」 ARDEC 55

 「大豆の栽培」 南満州鉄道株式会社農務課編 大正13

 「満州農業図誌」 満鉄総裁室弘報課編  昭和16

石田武彦 「中国東北部における糧桟の動向」 北海道大学経済学部編

安冨歩  「満洲暴走 隠された構造」  角川新書  

駒井徳三 「満州大豆論」 東北帝国大学農科大学編 明治45

菊池一徳 「アメリカ・ダイズ産業発展史」 財団法人杉山産業化学研究所

クリスティン・デュポワ「大豆と人間の歴史」 築地書館

加藤 昇「大豆の話」、「(新)大豆の話」 落照亭

 

 

                        2022.4

 

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