大豆が歩んだ近代史 その25

「新しい時代を迎えた大豆」

 

 ここまで見てきたように近代史の中で大豆は数度の戦争の中で多くの人々の飢餓を救う役割を果たしてきたことが分かりました。そしてその役割は今後も変わりなく発揮していくものと思われます。それは大豆が人の生命にとって大切な栄養素であるたんぱく質と脂質を豊富に含んでいるからでした。しかし、我々は第2次世界大戦以降において世界を巻き込んだ地球規模の大きな戦争を起こしていません。だから現在の大豆の主な働きは、油脂は調理用の他、インクや潤滑剤などの生活必需品に使われ、タンパク質は伝統的な大豆食品の他は、動物肉を生産する飼料として平和裏に使われています。

 

 しかし、ここにきて私たちは新たな危機に直面しています。それは地球を取り巻く気候変動と地球環境の破壊という、生活をしていく基盤となる根底が崩れようとしているのです。さらには近い将来に向かって急速に進もうとしている人口増加と、それに伴う食糧難という問題です。現在の世界の人口、77億人が2050年には100億人に達するのではないか、その時に必要な食糧を果たして私たちは調達することが出来るのか、世界はこの課題に直面しているのです。現在懸念されている温暖化現象は、地球上での人による経済活動が原因で空気中の炭酸ガスなどの温暖化ガスの濃度が高まったことや、無秩序な森林伐採などによる炭酸ガスの固定化能力の弱まりなどによって引き起こされているのです。そしてそれが更なる気候変動を誘導し、それらによって食糧生産への危機が現実味を帯びつつあるのです。これらの問題が私達人類に与える影響は今までの世界戦争に匹敵するか、それを上回る大きな危険性をはらんでいると言えるでしょう。それらはすでに干ばつや暴風雨、水害などの異常気象による災害や、穀物や漁業の減産となって現れており、今や目の前に迫った切迫した課題となっているのです。世界は今、この問題にどう取り組むか大きな決断を迫られています。そして国際社会は地球温暖化を防ぐために世界全体でこの問題に取り組む決意をしたのです。現在、世界は持続可能な地球に向けての取り組みに取り組んでいます。 そしてこの危機への対応としてまたもや大豆に期待が集まっているのです。

 

 人類は狩猟生活から畜産農業へと転換して、牛や豚、鶏を家畜として飼育してその肉やミルク、卵を食料とする生活を選んできました。しかし今になって、これら動物肉を生産することによって多くの温暖化ガスを発生させていることが明らかになってきたのです。豚肉1kg生産するための飼料生産、飼育、肉食処理などの過程で発生する温暖化ガスは、炭酸ガス換算にして約7.8キロが排出されていることになるそうです。また、牛を飼育した場合は、生理現象として起こる「ゲップ」や、牧草などを口に戻しながら食べる「反すう」などで温暖効果ガスであるメタンガスを多量に排出することも環境破壊につながることが知られています。メタンガスの温室効果の影響は炭酸ガスの25倍と強いのです。

 

世界の人たちは経済、社会が安定するにつれて、ますます肉食に頼る食生活を選ぶようになっています。国連食糧農業機関(FAO)のデータによると、世界の赤肉や加工肉の取引高は1993年から2018年の25年間に2.5倍に増加していることが明らかにされています。そしてこの兆候に二つの危険要因が内在しているとされています。それは、これらの家畜の飼育には多量の穀物や水などの有限の資源が消費されており、そのことが地球環境に大きな負荷を与えていることが明らかになったのです。またこれらの穀物飼料を運搬するための石油燃料も温暖化に加担しているのです。さらにこれらの飼料穀物を増産するために熱帯雨林の伐採が進み、そのことによって森林による大気中の炭酸ガス吸収力が弱まっていることが温暖化に拍車をかけていることもわかってきました。

 

国連は2017年の世界人口は約76億人でしたが、その10.8%に当たる81500万人が飢餓に苦しんでいると発表しています。こうした状況のもと、毎日約4万人、1年に換算すると1500万人近くの人が餓死していることになりますが、その主な原因は食糧不足というのです。

そこで現在地球上で生産されている穀物量を見てみると、世界の穀物量は年間で28億トン余りに達しています。これを人口一人当たりに換算すると約368キログラムになるのです。他方、人間の生存に必要な穀物量は一人当たり年間150180キログラムだとされている。つまり穀物の生産量は、76億人の生存に必要な量の22.5倍に達しているのです。それなのに飢餓が発生しているのは何故なのか、そこには食糧の偏在という問題があります。

 

 皆が穀物を食べていると地球上に飢餓が発生しないはずですが、これらの穀物の多くを牛、豚、鶏などに与えて人はその肉や卵や牛乳を得る道を選んだことがその原因なのです。その結果地球上に食糧不足が発生しているのです。食糧生産効率が悪い家畜に穀物を飼料として与えていることによって穀物の供給量が足りなくなり、そのために食糧の分配が平等に行われない現象が起こっているのです。世界の穀物の約40%が世界人口のわずか20%前後を占める工業先進国で消費されている。そしてこれらの相当部分が牛や豚の飼料となっているのです。

 

 ここで最も飼料効率が悪い牛肉について見てみましょう。先に見た通り牛肉1kgを生産するのに穀物が11kg消費されており、さらに大量の水が使われているのです。つまり現在、生産された穀物の1/3は人の胃袋に入るのではなく、動物の飼料として使われているのです。こうして世界は2.5億トンの肉を生産して先進諸国で消費されています。つまり発展途上国で飢餓人口が多い理由は、世界で生産される穀物の大部分を牛や豚、鶏を育てる飼料として使われていることが原因だと言われています。そしてこれら畜産業は人類に飢餓を引き起こしただけでなく、自然環境にも大きな負荷をかけているのです。

 

 その代表的な問題として、畜産に利用されている水について見てみましょう。アメリカのカンザス州一帯は現在、広大な穀物生産地帯ですが、この地域はオガララ地帯と呼ばれている地下水の上に拡がっており、これらの地下水を使って穀物を生産し、そこで収穫された穀物で牧畜をしているのです。その活動が続いたことにより、近年その地下にある帯水層の枯渇が進んでいることがわかってきています。帯水層の水面はここ50年で60m以上下がっていると言われており、現在の地下水の水面は地下100mと言われています。このペースで地下水を使い続けるとあと10年でここの地下水はなくなるとも言われています。

 こうした地下水の枯渇はアメリカだけの話ではなく、全世界に広がっていると言われています。それら地下水の枯渇は2030年から急増して2050年には世界の7割の地域の地下水で起こると予想されています。地下水は自然に地下の水層に溜まってくるペースで使用していけば、バランスが取れて長期の利用が可能ですが、自然に溜まる貯水量を上回るハイペースで地下水の使用が続けば、短期間に枯渇を招いてしまいます。この状態が各地で起こっており、現在世界の穀物生産にとっての大きな問題になっています。

これに見るように穀物生産に必要な水資源に不安がある中で、その穀物を更に飼料効率の悪い肉や牛乳に置き換えて摂取しているのが現在の姿です。生産された畜産物や農産物には、それらを生産するときに使われた水が裏に隠れており、これらはバーチャルウォーターとして現在、強い関心が集まっています。農産物の輸出入の裏にはこのような隠れた水問題も並行して隠れているのです。つまり農産物の輸入は農業用水の輸入でもあるのです。

 

例えば下に記したようにトマト1個を収穫するまでには53.5リットルの水が使われています。つまりトマト1個を輸入することは、それを生産するときに使った水を輸入したことに匹敵するのです。そのような見方で見ると次に掲げた食物を輸入した陰には大量の水が隠れており、それらの水を生産地から持ってきたことになります。   

 

 農産物

バーチャルウォーター

 農産物

バーチャルウォーター

トマト1個

53.5リットル

パン500

804リットル

コーヒー1杯

132

チーズ200

635.6

ワイン1本

652.5

牛肉1kg

15415

 

こうして計算すると、多くの農産物を輸入して食料自給率37%となっている日本は、年間に海外から輸入している農産物のバーチャルウォーターは約80兆リットルとなります。これは日本の年間の水使用量とほぼ同じ量といわれています。つまり日本は海外の限られた農業用水を多量に使った農産物で、国内の水を使わずに自らの食糧をまかなっていることになります。つまり、海外の農業用水の枯渇は日本の食糧不足に直結している問題でもあるのです。

 

 このような危機状態を脱する道としては、まず@熱帯雨林を守って降雨による天然の水を極力利用する。A劣化しつつある農地を回復させる努力をする。B食品ロスや廃棄物を減らす食生活を組み立てる。C牛肉や豚肉の消費量を7割ほど減らして大豆ミートなど穀物を利用する、などが求められています。こうすることによって温室効果ガスが89%減少することが出来ると試算されています。つまり、気候変動、温暖化ガス排出、食糧問題、水問題、飢餓人口などは一つのながりとなっているのです。このように肉の生産には多量の穀物の他に大量の水が消費されており、持続可能な食糧生産とは言えないのです。

 

 

 現在の日本人の食生活を温暖化ガス発生との関連で俯瞰してみると次の通りです。

 

消費量割合 (kg%)

温室効果ガス排出量(kge%)

肉類      5

        23

乳製品    6

        13

魚介類    4

        7

穀類     20

        19

野菜     19

        10

飲料     29

        10

    (出典、地域環境戦略研究機関、2017

 

 これで見るように私たちが食べているたった5%程度と思われている肉類から出る温室効果ガスは全体の23%という大きな弊害をもたらしているのがわかります。さらに肉類の摂取が多くなることによる健康への悪影響も話題となっています。近年に発表されたアメリカ、ミシガン州立大学の研究によると、ハムやソーセージ、ベーコンなどの加工肉や牛や豚、羊などの赤肉の食べる量が増えると大腸癌の発生率が高まり、またこれらの肉と一緒に摂取する動物油による飽和脂肪酸が動脈硬化などの循環器系疾患を誘発することも指摘されています。また、すでに紹介したように国連食糧農業機関(FAO)では、世界の赤肉や加工肉の取引高は1993年から2018年の25年間に2.5倍に増加していることが明らかになっており、それらによる影響として大腸癌、2型糖尿病、虚血性心疾患などの増加も指摘されています。

 

 そしてこれらに対する対応策として現在、動物肉に代わるものとして大豆ミートの利用がクローズアップしているのです。

 

動物肉に代わる大豆ミートへの期待

 すでに見てきたように現在、人類は地球上に住む住民全員が満足に食べられるだけの穀物を生産しているのです。しかしそれらの穀物の多くを家畜に与えており、そのことが現在の食糧不足や飢餓の原因につながっていると言われています。 ちなみに牛肉を1kg生産するのに必要な穀物量は約11s、豚肉では7sと言われています。穀物と牛肉では味覚も違い、エネルギー発生量も違っていますが、今後の人口増加を想定した時に、11kgの穀物を牛に食べさせて1kgの肉を食べていたのでは、食糧を巡る争いが発生することは容易に想定されます。むしろ私たちが必要とするタンパク質をこれら動物肉に頼るのではなく、植物タンパクでカバーする道を開いておくことこそ必要なのです。タンパク質は、それが動物由来のものであれ、植物由来のものであれ、我々の体の中で果たす役割は同じです。むしろ動物肉に付随する動物脂肪には体内で動脈硬化を引き起こす原因にもなりますが、穀物から摂る植物性油脂にはコレステロールもなく、むしろ植物油の不飽和脂肪酸は血液の循環をよくする働きもしてくれるのです。

そこで多くの人たちが注目しているのが大豆から肉様組織を作る「大豆ミート」です。「大豆ミート」は大豆タンパクを肉の組織と同じ状態に固めてあり、これに味付けし、調理すれば肉と変わらない料理に仕上がるというものです。大豆には動物肉と同等のアミノ酸が含まれており、しかもそのアミノ酸は肉や魚と同じ「アミノ酸スコア100」という人の体に最も必要とされる効率の良いアミノ酸構成で出来ているのです。さらに大豆に含まれる油脂には動物肉にない、人の体に必要な必須脂肪酸を多く含んでいるので、肉よりも健康的な蛋白源だと言えます。そして私たちの食生活を家畜から得られる動物肉から「大豆ミート」に変更すると、それだけで地球上に食糧が残り、飢餓が消えていくことになるのです。さらに枯渇の恐れがあるとされる水の保存にも効果があります。大豆を栽培して大豆ミールを生産したときの水の使用量は、牛を飼育して食肉にする場合の1/8とされています。さらに温室効果ガスの発生量も炭酸ガス換算で1/85と環境負荷も圧倒的に少ないのです。

 

このように大豆を原料とした植物肉の「大豆ミート」は動物肉と比較しても圧倒的に環境にやさしい食品になっているのです。さらに「大豆ミート」の強みは「高タンパク質」のほかにも、「低脂肪」「低カロリー」となっていのです。 動物肉はコレステロールが多く、動脈硬化などを起こしやすい飽和脂肪酸が多いために健康的な食生活から程遠いと考えられるようになってきたことも消費者が大豆ミートを意識する原因になっていると考えられます。そして大豆ミートが低脂肪だということが大きなポイントになっているのです。さらに大豆ミートには動物肉にないイソフラボンという物質を持っています。大豆イソフラボンは女性ホルモンの一つであるエストロゲンと似た構造を持っており、女性のホルモンバランスを保ってくれるという役割を行ってくれているのです。

 

 

大豆ミート

牛肉

豚肉

鶏肉

タンパク質

18.6

16.2

19.5

16.6

脂肪

1.2

26.4

15.1

14.2

カロリー

128kcal

295kcal

211kcal

190kcal

 この表に見られるように「大豆ミート」は現代の食生活に求められている、「高タンパク」、「低脂肪」、「低カロリー」をすべて揃えた食材となっており、脂肪の摂取を控えたい人にとっては理想的な食材と言えるでしょう。さらに動物肉と違って大豆ミートには食物繊維が豊富で、便秘の予防や改善に有効とされる「不溶性食物繊維」と、血糖値の急上昇を抑える「水溶性食物繊維」の両方をバランスよく備えており、腸内環境を整えて免疫力アップに寄与することも大きな特徴です。しかも前にも指摘したように、現代の問題点である気候変動、温暖化ガス排出、食糧問題、水問題、飢餓人口の減少をすべて捉えたものとなっているのです。

 

さらに大豆ミートには「動物をむやみにと殺さない」という動物愛護の視点からも注目が集まっています。食肉になる動物も生き物なので、多くの動物の命を奪うことへの問題意識が根底に流れており、それを避けることからも動物肉に代わる大豆ミートへと指向が向いているのです。これらはいくつかの消費者調査からも浮かび上がっています。いろいろな調査から、消費者が「大豆ミート」を選択するときに意識していることを見ると、最も強いのが「低脂肪、高タンパクでヘルシー」という健康効果です。それに続いて「食物繊維が豊富」というもう一つの健康効果が選ばれています。さらに「環境にやさしい」ことと「食糧問題に貢献」することが並んで評価されており、消費者はこれらの判断から「大豆ミート」を意識して選んでいることを知ることが出来ます。

 

 これら大豆ミートが現在の製品に至るまでには60年ほどの試行錯誤の歴史を持っています。筆者も60年前にエクストルーダーと言われる機械を使って脱脂大豆を原料にした「組織状タンパク」を試作していた経験があります。この組織状タンパクこそ、現在の大豆ミートの最初の姿なのです。その当時の組織状タンパクと較べて現在の「大豆ミート」は原料である脱脂大豆からの脱臭効果、組織状蛋白の肉様組織の精密度、味付け技術などに格段の進展が見られます。現在の大豆ミートには、「ドライタイプ」、「レトルトタイプ」、「チルドタイプ」、「冷凍タイプ」などがあり、また形状で見ると「ブロックタイプ」、「ミンチタイプ」、「スライスタイプ」「フレークタイプ」、「顆粒タイプ」など各種があり、それぞれの調理にマッチするように使い分けられるようになっています。最近ではスーパーマーケットの肉売り場などにもこれらの商品が並べられており、消費者は動物性脂肪を気にせずに食べられるとして、また食べた食感も肉と変わらないとして人気が高まっているのです。

 

そしてこうして我々消費者が従来の動物肉から大豆ミートに変えることによって、現在地球環境を意識して取り組んでいるSDGsの多くの項目をクリアすることが出来るのです。これら消費者の期待を集めて2020年の世界の市場規模は86億ドルとみなされていますが、2021年から2026年に向かってさらにCAGR 17%の成長拡大が想定されています。我が国では、大豆ミートの生産量は2010年の2.4万トンから2020年の3.3万トンへと10年間で40%ほど伸びていますが、この他にも海外からの輸入製品もあり近年急速に消費を伸ばしているところで、2030年には国内の代替肉全体の市場規模は780億円に達すると見る向きもあります。

 

こうして今、大豆には新たな時代の救世主としての大きな期待が集められているのです。

 

 

バイオ燃料として期待される大豆油

2021年の植物油の18%がバイオ燃料として使われており、その主な油脂は大豆油とトウモロコシ油なのです。そして今後はこの傾向がさらに進むと見られています。その中でも特に今後さらに大きな需要が見込まれているのが航空燃料です。

世界全体で、民間航空機で旅行する人の数は1960年の1億人から2017年の40億人以上へと爆発的に増加しています。そして旅客と航空貨物の両方での航空機による二酸化炭素排出量は全体の2.4%を占め、さらに飛行中に飛行機から放出される水蒸気やその他の温室効果ガスに起因する温暖化を加味すると人類起源の温暖化の8%を占めると推定されています。

 

現在の地球を取り巻くこれらの温暖化に対して各国ではその対策に神経を尖らせているところです。いかに自国の経済活動を維持しながら、その中で温暖化ガスを減らしていくか、その道に自国の未来がかかっているのです。この問題に向かって今や世界は動き出しています。各国の政府はそれぞれに温暖化ガスの削減計画を発表し、その実現に真剣に取り組んでいるのです。その中で多くの注目が航空燃料に集まっています。民間航空部門は2014年に合意したパリ気候協定には含まれていませんでしたが、国連の国際民間航空機関(ICAO)は、国際航空からの炭酸ガス排出量についての取り組みに合意しています。これによって2020年以降は純炭素排出量を基準にしてより効率的な航空機へ、持続可能な航空燃料へと切り替えることが求められているのです。

 

アメリカ、バイデン政権では2021年になって、2050年までに航空業界の化石燃料使用量を排除するとの目標を掲げる行政命令に署名しています。そしてアメリカが30億ガロン(113)の持続的な航空燃料(SAF)を生産し、今までと比べて2030年までには航空排出量を20%削減するという目標を設定しましたが、アメリカエネルギー省の試算によると現在の生産量は年間450ガロンしかないとされており、目標達成には多くの持続的な航空燃料が必要との認識に至っています。アメリカでは二酸化炭素排出量削減政策は一部の州ですでに始まっていますが、全体的な取り組みはこれからが本番と言えるでしょう。この政府の意向に沿った方向で各航空会社ではその対策に取り組んでいます。

2025年までに持続的な航空燃料をスタートさせていくためには、現在アメリカで生産されている120億〜140億ポンドしかない油脂量を400億ポンド(1,800万トン)まで引き上げていく必要があるとしています。そしてその多くを大豆油が引き受けなければならないだろうとしています。アメリカには多くの搾油業者があるので、これらを国内で調達することが出来るのではないかと、その可能性に期待がかかっているのです。

 

2016年から、ユナイテッド航空はニューヨーク市を出発するフライトやロサンゼルスとサンフランシスコ間の定期通勤便に30%のバイオ燃料を含むジェット燃料を使用し始めていますが、今後さらに発展させてシカゴ、ワシントン間のフライトには100%再生燃料を使用する方向で検討しているようです。

サウスウエスト航空は2030年までに総燃料の10%を持続可能な燃料に変えることを打ち出しており、その体制に向けてネスレ社との間で供給契約を取り交わしており、2023年末までに1,900万リットルを持続可能な航空燃料に置き換える予定にしています。そして2050年までに発生する炭酸ガスを再生するカーボンニュートラルに到達することを目標としているのです。

 

この持続可能な航空燃料をどこに求めるのか、その原料としてアメリカ国内で生産される大豆油に焦点を当てているのです。国内で利用できる廃油や他の植物油、さらにはタローのような動物脂も検討の対象にはなりますが、その量には限界があります。こうして今や大豆油は「持続可能な航空燃料」の原料としての大きな期待が集まっているのです。それは今までのトゥモロコシを原料に作っていたエタノールよりもさらに大きな規模になる可能性があります。もはやアメリカ大豆の最大の顧客は中国ではなく国内の航空業界ということになるかも知れません。

 

その為には2022年のアメリカ大豆の作付面積を、2021年度の3,500haから増やして3,660haにすべきであり、今後も毎年200285ha増やす必要があるとしています。そして今後の再生可能ディーゼルの需要拡大に対応するためには国内の大豆栽培面積を、4,860haを上回る作付面積にするだけでなく、単収の増加にも力を注ぐ必要があるとしています。アメリカでは大豆に対するゲノムテクノロジーの応用が、ゲノム編集技術を中心に急速に発展しています。2020年までの時点ではそれらは主として「高オレイン酸大豆油」作成へと技術は集中していましたが、これらへの技術展開はすでに過去のものとなり、今では次の課題へと視点は移って来ています。今後はこれからの時代の要請に沿った形で「大豆油増産」へとゲノムテクノロジーが活用される可能性が拡がっていくと考えられます。そしてその大豆油の生産量に見合った形で国内の搾油能力の増強が図られていくものと考えられます。ここを中央突破しないとバイデン政権がかかげた2050年の航空燃料の脱化石燃料化の目標は達成が難しいのではないかと想像されます。

 

 そしてこの流れにアメリカの石油企業も合流する構えをとっています。化石燃料の石油に代わる「持続可能な航空燃料」は石油企業にとって見過ごすことのできない時代の流れだからです。すでにいくつかの石油精製工場がバイオベースの燃料生産に舵を切っています。そしてこれらの企業も大豆農家とのつながりを強めていこうとしています。それは次の時代の原料となる大豆を確保しておかなければ今後の事業展開が不可能だからです。その動きの一端として、Chevronがバンジと提携してロサンゼルスの施設を拡張したり、Love’sがヘイスティングス、ネブに工場を建設するためにカーギルとの合弁会社へと取り組んだり、MarathonADMと提携してスピリットウッドに大豆工場を建設することなどの動きになってすでに表れています。またフィリップス社はシェルロック大豆搾油工場に投資して、2022年の末にはここで生産される大豆油をすべて引き受けるとしています。

このような動きが始まると、誰もが大豆の品種改良として含油量の多い大豆品種を求めるようになってくるのは当然のことでしょう。現在の一般的な大豆は油分が20%で、脱脂大豆部分が80%とされています。当然皆の目はこの比率に向いていき、大豆の品種改良への圧力となっていくでしょう。まさに大豆の歴史にとって一大変革の時代と言わざるを得ないでしょう。

当然、大豆油だけでなくキャノーラ油にも期待がもたらされてくるでしょうが、現時点ではEPAはまだキャノーラベースの再生可能ディーゼルを承認していません。したがって大豆油が再生可能ディーゼルと持続可能な航空燃料の70%を賄わなければならないだろうと考えられています。そのためにバイデン政権は国の交通システムからの二酸化炭素排出への取り組みを加速させており、大豆生産者は低炭素燃料基準(LCFS)への活用を容易にしているのです。そのために今後はトウモロコシの作付面積が減少して大豆の栽培面積が増大していくのではないかと見ているようです。

 しかしこの考えに大きな疑問符が突き付けられています。それは地球上の人類が十分な食料を得られていない中で、大切な食糧である大豆から得られる油脂を燃料として燃やしてしまって良いものか、と言うものです。限られた地球上の資源をどのように活用するのが望ましいのか、多くの議論を巻き起こしながら大豆に対する期待は、大きく沸き上がっていくものと考えられます。

 

‎‎                      2022.5 

 

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